彼女たちの仕事(2)
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歩く魔術師という諺がある。
かつては価値の持ち腐れを意味し、現在では沈滞せずに活動する〝戦士〟を意味していた。
遠い時代の貴族たちは豪語した。
奇跡という力を従えながら、なおも足を使うというのは本末転倒に過ぎる、と。
そんなはずはないと、民衆は彼らの妄言を否定した。
選ばれた者のみが得られる才ではなく、誰もが習得できる技術であれば、旧来から続く世俗の問題は平行して持ち越されるのは明らである、と。
果たしてどちらが正しいのか。移ろう日々によってそれは証明された。
――両者ともに、その考えが甘かったことに。
人類史の転換は暗黒時代から始まった。
手軽に起こせる奇跡という産物は命の価値を暴落させる。新たに出来ること、出来てしまうことが常識という砂上の倫理を容易く崩壊させたのだった。
社会を整えることを急務とせねば、人は黄金の夢に蝕まれ滅びるだろう。
そう当たり前のように論じられ、法は整備された。
結果として現代では他言語や各種運転資格あるいは携行武具の取り扱いのように、魔術は法と常識に則した教養的な技能という制限が設けられた。
その中の一つとして〈S.S〉。主に魔術を使用することで問題を解決する個人、及び集団はそう呼ばれていた。
物々しい名称だが未認可で行われていた賞金稼ぎという過去の流れから、一般的に代行者もしくは何でも屋として世間では認知されていた。
彼らが請ける依頼は様々であり、それこそ社会に大きく影響を与えるものから遺失物の捜索まで、各々の実力を証明する〈証〉を元に仕事をこなしていた。
例えば――
任務コード〝六ほ‐三Bイ八〟
概要/集結スル ■■■■■■ニ対スル 斥候オヨビ監視。
ナヲ 本件ニ対スル評価ハ 〝緋種〟 トスル。
仕事を探す〈S.S〉への依頼内容は契約前の段階では制限がかけられていた。
制限レベルは依頼主の任意となるが、闇雲に重要な情報を伏せた定型文では必要な人材を集めることが出来ず、期限を待つだけとなってしまう。
その為に〈証〉という形で〈S.S〉の適性と実力が区分されており、それをもとに依頼者側も必要とされる特性を見定め、彼らをまとめるギルドへと情報を流すこととなっていた。
もっとも一般公開されている依頼の殆どは、経験のある魔術師にとってはちょっとしたアルバイト程度の内容と報酬であり、速やかな事態の収拾を望まれていたり、直接的な敵対勢力が存在するものが掲載されることは極めて稀だった。
つまり高い実力を持ち、それによって人脈を築いているはずの魔術師が、わざわざ公開されているような安い依頼を引き受けるというのは例外ともいえた。
そういったこともあり一部のカテゴリにのみ、引き受け手が現れなかった救済措置としてさらなる下請けを挟み、ランク〈探索者〉たちへ回されることになっていた。
その際は集団で行うパートワークとして工程は細分化され、人海戦術による安全な作業という〝簡単な仕事〟として切り分けられることとなっていた。
だが逆に何らかの含みがあり、手出しが躊躇われるようなものが長期間残ってしまっていたのならば――当然彼らでは手に負えない。
人を増やした所で逆手に取られ、内部不和から情報は混濁し、事態は複雑化し、状況は悪化する。逆にそうなってしまえば内々に協力関係のある魔術師へと直接指令が飛び、彼らの力を頼ることで保険となっていた。
日付を逆にたどり、新しくはないが適度に埋もれている、なおかつ報酬額の降順で整列。
「怪しいから報酬はそれなり、か。これでいいかな」
日付と期限。
報酬及び必要性が認められている諸経費。
契約破棄の条件。
仕事の内容以外にも依頼者の簡単な経歴。これまでの取引からの信用性――例えば契約後の条件変更や報酬の未払いや遅延を起こせば後々に影響する。他にも幾つかの項目が簡易的に分類評価され、一定期間での更新が行われることとなっていた。
そして――設定されている難易度は依頼者側の申告による推量である。
非公開の依頼であるならばさらに深い資料が存在するが、一般公開されているものであればこの程度でしかない。
「それで依頼者は……」
依頼主はとある公共団体だが、確かこの手の仲介業も行っていたはずだ。つまり依頼者は直接ではなく、何らかの事情があって仲介屋を挟まねばならなかった。
大本の依頼人の正体は途中破棄の常習者。確かに契約の前後問わず、都合で依頼を取り下げた回数が多い。結果として現在は仕事を発注するための信用値を失効していた。
そして決着がついたはずのケースに対して、僅かな間をおいて同じ条件での依頼を提出するという〝再調査〟を行っている回数も多いようだ。
経過を裏付ける追跡調査ではなく、新たな依頼という形式であれば、担当する魔術師の顔ぶれは変わることとなる。普通はこのような場合はより専門技術をもつ〈S.S〉を指名するのだが、不可解な発注手段をとっているようだ。
この経歴から読みとれる痕跡は何かを隠しているのかもしれないし、特に意味はないのかもしれない。
だが依頼者自らが状況を掻き乱し、非合理的な手法を指揮する。当然だが、こういうことを繰り返し行えば、対応する魔術師からの心象は良くないものとなる。
「心配性か偏執狂か、はたまたワケアリか。さあどれだろ」
依頼時の情報が不明慮であるものは何かしら事情を隠していたり、ただ依頼者の怠慢であったりする。その中に疑問点あるならば、個人的な人脈やこれまでの経験を用いて実情を掘り下げなければならない。それこそが〈S.S〉としての適正を判断する秤ともなる。
そしてランクの低い仕事にみせかけた破滅の手札を回避するにも必要なことであった。
依頼を受けた〈S.S〉に対し、新たに開示されたのは対象の名が〈ゼ・トトガリ〉であること。そしておおよそに居場所が特定された地区コードと痕跡を辿る嗅覚という〈賢盤板〉という情報であった。
〈ゼ・トトガリ〉。その名は過去の手配書には存在してはいなかった。
今件の不明集団が仮に世界規模の実力を持つ魔術師を擁していても、実績がなければ難易度ランクは低いものとみなされる。そして手配書にはない初期調査であれば、存在証明をすることがこの依頼の意味であり、現時点での人員や設備の把握はあくまで付随する情報でしかない。
それでもこんな世界には、よくわからないものが闊歩していても不思議ではない。
例えば、それは――仮面を付けた宵闇の怪人であったり、銀色の光を纏い飛翔する奇蹟の超人であったり、通りすがりの魔王であったり、パートタイマーの正義のヒーローであったりする。
「メンドクサイことにならないと、いいんだけど」
指定場所へと届けられた手掛かりを角度や距離を変え、目の前で掲げてみた。
〈ゼ・トトガリ〉に対して設定されている報酬総額は破格と言っていいものだった。
「やっぱり条件は途中経過の報告義務、か」
内訳として成功報酬に対し、少額の経過報酬という調整がとられていた。妥当なことではある。
依頼種目は情報収集である。集めた情報をもとに、何かを行うことになるのだろう。
条件として提示されている各項目を調べ上げるのだが、その全てを必要として求められてはいないはずだ。
依頼者は契約破棄の常習者ならば提示されている項目のうち、いくつかを埋めた時点で中断を言い渡される可能性が高い。もしくはストッパーとしていくつかは存在しない条件さえ含まれているかもしれない。
そうして依頼人が本当に知りたかったのは何なのかは担当した〈S.S〉にさえ秘匿される。そういうことも十分ありえることだった。
その後支払われるのは途中経過としての少額の報酬と、依頼のキャンセル料は――今回のような調査任務に対してでは、ほぼ交通費程度となるだろう。
以上を合算したのがこの依頼の本来の報酬となる。
この手の仕事は、はっきり言って割に合わないことが多々あり、かといって放置する訳にもいかないが故に〈探索者〉という保険が存在する。
この〈ゼ・トトガリ〉に対する調査も本来であれば、一定期間受け手が現れないままに残され、〈探索者〉による調査が行われるはずだったのではないだろうか。
だがしかし。
2018/07/31【修正】文法や誤字修正。スマン
2018/07/28【修正】文法や誤字修正。一部ちょろっと設定が変わっています。
2018/07/16【投稿】なんか月一投稿みたいになってますね。何とかペースアップしたい




