PV10万感謝小説
「賢者シュミレットのある日」
十三世界の三大賢者のひとり、魔術師賢者ザーク・シュミレット。この話は、彼がまだ助手のルーネベリ・L・パブロと出会う百年程前のたわいのない話だ。
百年前だというのに少年の姿のままのシュミレットはその日、バベルニア・ラスキン卿の手紙を受けて第三世界のアルケバルティアノ城の一角にある魔術師の塔にある客間の深緑のソファに腰掛けていた。
シュミレットと対面して座っているのは、手紙の送り主であるバベルニア・ラスキン卿だ。齢は六十歳を超えていた。年季の入った茶色いローブを纏い、頭は綺麗に剃り上げ白い口髭を鎖骨あたりまで垂らしていた。
バベルニア・ラスキン卿というのは、百年後の世界における第五「魔」の世界の副管理者アニドル・ラスキン卿の曽祖父にあたる人物だった。当時、バベルニア・ラスキン卿といえば古い魔術に対する新解釈を提唱し、幾つもの魔法書を世に出した有名な作家であり。そして、彼はその当時におけるザーク・シュミレットの数少ない友人でもあった。
バベルニアは客間の周囲を首をゆっくりと動かして、目で見て堪能していた。客間には、歴代賢者が残した幾つもの魔術式が額に入って絵画のように飾られていた。バベルニアはそれらの魔術式と、その魔術式を組んだ魔術師の名前を目を凝らして眺めていたのだ。
「バニア。君は、部屋を見るためだけに僕を呼び出したのですか?」
冷たく厳しい口調でシュミレットがそう言うと、バベルニアはほほと笑った。
「いつ見ても素晴らしい魔術式に目を奪われてしまうわ。誠に素晴らしい」
「君ならいつでも来ても構わないと、いつも僕は言っているよ」
「こんな貴重なところへ、一人でなど来れますか」
「君の友人を連れて来ればいいのではないかな?僕は留守にしているだろうけれどね」
ははと、バベルニアは明るく笑った。
「ご冗談を。友人たちがここへ来ようものなら、貴重な魔術式を手垢だらけにして台無しにしてしまいます。私はここへこうやって、シュミレット様とご一緒できればそれでもう満足です」
シュミレットは首を傾げた。
「ーーそれで、要件とは?」
バベルニアは白い髭を撫でて言った。
「いやはや。シュミレット様に会っていただきたい若者がおりましてな」
「若者?魔術師なのだろうね」
「えぇ、まだ若造ですが。なかなか見応えがるのではないかと」
「僕の助手に推薦しているのかな?」
「えぇ、仰る通り」
シュミレットは呆れたように言った。
「どうせ、頼まれたのだろうね。何を対価に頼まれたのかな?」
「最近見つかったクレテトラインの魔術古書と交換に」と、バベルニアは悪びれもせずにニコリとして言った。
シュミレットはクスリと笑った。
「魔術師バーニスト・クレテトライン。ちょうど七千年前に奇術式と魔術式の混合術式を提唱して魔術師たちに邪道だと忌み嫌われた人物だね。彼の未発見の著書が見つかったなんて驚きだね。ーー条件は、紹介だけなのかな?」
「えぇ、紹介するだけで私の元に魔術古書が手に入ります」
「なるほどね。それじゃあ、その写しは当然、僕の元にも送ってくれるわけだね」
バベルニアは笑いながら首を横に振った。
「写しじゃなく、原本です。全五千ページです。欠けている箇所をなんとか埋めれば、原本はいずれシュミレット様のものです」
「原本は貴重だよ。君の息子は欲しがらないのかな?助手たちも」
「息子たちは駄目ですな。魔術式研究よりも魔道具の方に行きました。ハロッタ・トーレイかぶれですわ。私の弟子たちは、研究に熱は入れておりますが、古書の保管に関してはお恥ずかしながら素人以下です……」
「まったく、君は。紹介だけではなく、僕に古書の保管まで押し付けるなんて」
「シュミレット様ほど私の気持ちをわかってくれる人はおりませんな」
「君は昔から僕を上手く扱っているようにしか思えないけれどね」
ははとバベルニアは笑った。
「それでは、どちらも引き受けてくださるんですね」
「そうだね。ただし、僕からも条件をつけよう」
「何でも仰ってください」
「君の家にあった白花のレリーフの椅子を僕に譲ってくれないだろうか」
バベルニアは突如、真顔になった。
「あの椅子を……?」
「魔道具職人バンベスト・ギルバルド作の特別な椅子だよ。ずっと手に入れたいと思い、競売に使いを出したりもしていたのだけれど。君の家で見つけた時は心底驚いたよ」
「シュミレット様は誠にレヨー・ギルバルド一族がお好きですな」
「彼の著書は僕の一番のお気に入りなのだよ。君世代にはわからないかもしれなけれどね。僕が子供の頃は、彼のことを知らない魔術師はいなかったのだよ」
「そうですな、私はあまり知りませんな。シュミレット様にお聞きするまではほとんどギルバルド家の名すら聞いたことはありませんでした。今では、私の魔術式研究に必要不可欠な考えを持つ方です」
シュミレットは頷いた。
「僕は昔からなかなか筋がいい。君ならば、いつでも賢者の座を譲るつもりだよ」
バベルニアは「はは」と笑った。
「ご冗談を。シュミレット様ほどの御仁がいらっしゃるのに私のような若輩者がその座に座ろうなど身の程知らずもいいところです」
「何を言っているのかな。君は十分その素質があるよ。僕よりもダビ様は君を気に入っているよ」
「買い被りなのです。ダビ様には会うたびにもっと外に出ろと怒られてしまいますな。本に囲まれてばかりの人生を送るなとーーあれはもう何十年前でしょうな。最後にお会いした日が懐かしいです」
シュミレットは言った。
「僕はダビ様とこないだ会ったばかりだよ。僕の家に突然、やってきて、窓が少ないと狭い部屋の中で大きな魔術式を使って僕の住んでいるアパート全体を無断で作り替えてしまったのだよ。結局、大家がカンカンになって怒ってね。僕は引っ越すことになってしまったよ。ダビ様は昔から派手なことばかりするのだよ」
「はは、お変わりありませんな」と、バベリニアは大きな声を立てて笑った。
END.
HPの時を含めてトータルはもう分かりませんので、なろう様でのカウントになりますが。
この度に、皆様のおかげでPV10万達成しました!
ありがとうございます。
いつの間にか月1更新に近くなり、鈍い更新になってしまいましたが。
最後まで書く!を目指して引き続き、小説の方応援していただけましたら嬉しいです。
まだまだ続きます。
2024.512