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灼熱の銀の球体  作者: 佐屋 有斐
第一部三巻「聖なる魔術式」
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二十二章



 第二十二章 魔術式の捜索





 黒い表紙に現れた文字は、読み終わると程なくして薄らと消えていった。空気に触れたため、ゆるやかに熱を失ったためだろう。表紙に文字が定着することはなく、ただの無地の黒い表紙に戻っていった。

 ベッケル・オーギュレイの告白文を読み、真実が明るみになったにもかかわらず、ルーネベリ、バルロー、カティエンはどこか後味の悪い気持ちでいっぱいだった。

 眼鏡を外したルーネベリは言った。

「オーギュレイは俺たちがこの告白文を読むことを知っていたんだな。『追究者』とは俺たちの事を指しているんだろう。だが、『友人』、『助言者』についてはさっぱりわからないな。友人はオーギュレイの支援者だと考えればいいが、助言者は一ヶ月以上前に突如現れ、未来を語ったと書いてあった。一体、何者なんだろう。告白文の最後に、友人は事実を知らないという意味深な言葉があったが、どの事実についてオーギュレイは言っているのか。……『謎は謎のまま伏せておきたい』か。どうもすっきりしないな」

 バルローはルーネベリの肩を軽く叩いて、言った。

「まぁ、オーギュレイの目的だけでもわかったからよかったじゃないか!散々、走りまわって何も出なかったよりはずっとましだろう。オーギュレイはハロッタ・トーレイの遺物を探しているんだ。他の事はどうでもいいだろう」

「納得はいかないが、その通りだな。今すぐにでもオーギュレイの目的を皆に伝えなければならないな。助言者がオーギュレイに告白文を書かせた理由は不明だが、俺たちに知らせたのにはきっと理由があってのことだろう。いずれわかる日がくるといいが……」

 ルーネベリは気持ちを入れ替えるように一息つくと、カティエンの方を向いて言った。

「通話機を持っていますか?」

「えっ、あぁ。持っている」

 カティエンは学者服のポケットから円盤型の通話機を取り出し、ルーネベリに手渡した。ルーネベリは通話機を握りしめて言った。

「先生の元へ行こう。オーギュレイの目的や魔術式に守備力があることを伝えれば、随分と助けになるはずだ」






 ベッケル・オーギュレイの魔術式はいまや理の世界中に溢れていた。地面や壁、細い暗がりにある隙間という隙間を飛びまわっていた。研究室群や大学だけではなく、やがて魔術式は住宅地にも現れ。理の世界の住人達は机の下やベッドの下に隠れ、通話機を通して知人友人と連絡を取り合った。

 彼らは連絡を取り合ううちに、大研究発表会の行われていた巨大ドームでクーとデューが魔術式に関する連絡網を作っているという話を耳にし、自ら参加を求めた。こうして、学者のみならず、住人たちもまたこの連絡網に加わることとなった。

 各地からの連絡で理の世界に溢れた魔術式の動向を詳細に知ることができるようになり、すっかり平静を取り戻したクーとデューは、巨大ドームの入口付近に適当に置いた簡易机を長方形になるようにきちんと整えた。簡易机の上に置かれた三十個弱の通話機すべてが複数の管で連結され、大小様々な機材とも繋がっていた。何十人もの学者たちがそれぞれの通話機の前に座り、自前のノートにペンでひたすらメモを取っては、紙を引き千切り、隣にいる学者に渡した。メモを渡された学者たちは大きな声で魔術式の発見情報などを告げつづけた。

 情報が流れてくるほど、今では科学道具によって垂直に宙を浮いた地図に第一室の監査長クライト・ブリンが赤い点を描き、地図上に赤い点が増えていった。赤い点は地図全体に散らばっていたが、主に第七理化学大学の敷地内と、第一室、第二室それぞれ四つのドームに集中していた。そして、なぜか他の四つのドームと、チャーグ・キーデレイカの敷地には一つも赤い点はなかった。この事を学者たちは皆不思議に思い、赤い点のないドームに属する学者たちへ連絡を取りつづけた。地図の傍を魔術式が何度も素通りしていたが、もう誰も気にはしていなかった。

 何度かの連絡で、新しい情報を得た学者から一枚のメモを受けった黒い眼鏡の学者が叫んだ。

「デュー、第二室群『機械応用学研究所』に属する学者からの連絡です。機械応用学研究所と工学研究所のドーム内をくまなく捜索したところ、魔術式が一つも発見されなかったそうです」

 簡易机に囲まれ、四角形にすっかり開いたスペースに第一室の室長クー・ボルポネと、第二室の室長デュー・ドランス、そして、ザーク・シュミレットが椅子に座っていた。デューは言った。

「魔術式が発見されていない研究室があるのか?」

 別のメモを受け取った青い目の学者が叫んだ。

「第一室、空間学研究所、地学研究所も同様です。研究室にいた学者たちは外に出てきてはじめて騒ぎを知ったようです」

 腕を組んだクーは言った。

「チャーグ・キーデレイカ付近の情報は?」

「泉付近についての連絡は一つも入ってきていません」

「スヴファベッツとの連絡は?」

「取れません。自宅にいらっしゃらないようです。ひきつづき、話しかけます」と、青い眼鏡の学者が答えた。

 クーは頷き、地図の方を向いてじっくりと眺めていた。デューもまた地図を見ながら、赤い点の集中している第二室のドーム群を眺めた。

 地図上、横に一列に並んだ第二室群。一番左手、大学側にある研究室が一番目のドームとすれば、一番右手の最後尾のドームが六番目にあたるだろう。赤い点は一番目から四番目のドームに集中していた。

  挿絵(By みてみん) 

 第一室の方は縦に三つのドームが並び、それが二列並んでいた。計六つのドームのうち、赤い点は左の列の一番から三番目と、右列最後尾、三番目のドームの右隣にある四番目にだけついていた。どちらの研究室も五番目と六番目のドームには魔術式は現れていないのだ。

         挿絵(By みてみん) 

 デューは地図上の第五番目と第六番目のドームを指差して言った。

「機械応用学研究所と工学研究所は数百年前に建てられた比較的新しいドームだ」

「空間学研究所、地学研究所も同じだ。新しい建物には魔術式が現れていない。どういうことだ?」

 地図を眺める二人に、黒い髪のほっそりとした学者がおずおずと手をあげて言った。

「クー、第一室の物理学者たちが魔術式にたいする実験の許可を求めてきています」

 金髪の女学者も声を張りあげて言った。

「第二室の工学者たちも同じことを言っています。約一時間半以上経過しても同じ動作を繰り返し、浮遊しているだけの魔術式をぼけっと眺めているのはまっぴらごめんだそうです」

「大学の学生も我々に協力したいと連絡がはいっています。どうしますか?クー、デュー」

 クーは椅子から立ちあがり、言った。

「観察は終わりだ。各々の情報から、魔術式は我々に害を与えるつもりはないようだが、このまま放っておいてよいのかもわからない状況だ。第一室の実験を許可しよう。しかし、慎重に頼むぞ。膨大な数の魔術式たちは、元は一つの魔術式からできたものだ。すべての魔術式が繋がっている可能性もある」

 デューも椅子から立ちあがった。

「クーの言うとおりだ。第二室も実験を許可するが、一度に一斉に実験するのではなく、順序良くしなさい。大学の学生たちには、協力する気持ちはありがたいが、まだ指示を出せる状況ではない。よって引き続き、情報をこちらへ寄こすようにと伝えなさい」

 学者たちは「はい」と頷き、奇術による通話の担当している学者の耳元で二人の言葉をそっくりそのまま伝えた。クーとデューは椅子に座り、深く息を吐いた。クーは言った。

「まずは第一室と第二室の実験の結果次第だな。何事もなければ、すべての学者に実験を許可しよう」

「そうしょう」とデューが相槌を打つと、二人を静か見ていたシュミレットがクスリと笑った。デューが険しい顔つきでシュミレットを見た。

「どうして笑う?だいたい、君がなぜ我々の隣に座っているんだ」

 シュミレットは言った。

「僕がここにいるのは、親切な学者が席をつくってくれたからだよ。そして、僕が笑ったのは、君たちの指示があまりにも手順通りだったからだよ」

 デューは拳を握り、怒り込めて空振りした。

「癪に障る奴だ。手順通りで何が悪い!」

「そうだね、本来なら君たちの判断は正しいと思うけれど。刺激を与えてしまえば、向こうは身を守ろうとするとは思わないかい。相手は工学者ベッケル・オーギュレイの作った魔術式なのだよ。専門知識の豊富な学者たちの大勢いるこの世界で、簡単に欠点を暴かれるような魔術式を作ったとは僕は思えないよ」

 クーはシュミレットを見て、ドンと簡易机に手を置き立ちあがった。あまりの衝撃に椅子が大きな音をだしたので、学者たちが一斉に顔をあげた。

「実験をやめるようにいいなさい」

 デューが叫んだ。「どうしてだ!こんな、よくもわからない人間の話を聞いて……」

「デュー!」クーはさらに大きな声で叫び、その後一転して、心を落ち着かせるように声を低めて言った。

「失礼な物言いをするもんじゃない。学者たちのためだと思い、助言してくれているだけだ。学者たちの身になにかあっては大変だ。実験をやめさせ、分析しなおそう。その後にでも実験を行えばいい。魔術式を一つ隔離し、遠隔操作による実験方法もある。ただちに許可を撤回するよう皆に伝えなさい」

 デューは強い口調で言い返した。

「第一室が君の決定に従っても、第二室は君に従う理由はないぞ。第二室の室長は私だ。私は実験の許可を撤回はしない」

「デュー、君に無理強いはしないが、すでに金銭的な負担額は大きい。その上、人的被害があれば、第七世界の信用は完全に失ってしまう。我々の研究の大半は支援によって成り立っている。支援者なしでは、職を失う学者が理の世界に溢れてしまうことだろう。我々はより物事を現実的に捉えなければならない」

 クーは通話機の前に座る学者たちに言った。

「ぼうっとしていないで、すぐに連絡しなさい」

「はっ、はい」動揺した学者が頷いたとき、カチンと音を鳴らして機械が勝手に動いた。奇術を通しての会話から、音声へ切り替わり、音の乱れた若い女性の叫び声が聞こえてきた。

『た……、助けて……!』

 皆に緊張が走った。


「一体、どうしたんだ。どこの研究室の者だ?」と、クー。若い女性は言った。

『がく……じゃないです。大学の学生です……しようとしたら、魔術式が……』

「何をしようとしたんだ。まさか、魔術式に何かしたのか?」

『……いいえ、ち……ちがいます。私たち……じゃなくて、学者のか……』

 デューは叫んだ。

「やいやい、音声をどうにかできないのか。もっと鮮明に聞こえるようにしなさい」

 通話機の前に座る学者たちは必死に通話機に繋げた機械のダイヤルをまわし、微調整しだした。あれやこれやとやっているうちに、乱れた音声は徐々にぶれることがなくなり、段々と通話機に話しかけてくる女性の声がはっきりとしてきた。女性は言った。

『聞こえていますか?機械が魔術式をガラスの箱にいれて捕まえようとしたら、そこらじゅうの魔術式が火を吹いたんです。火が何人かの服にうつって燃えていました』

「火を吹いた?」

 デューは「攻撃してきたのか」と言いたげにクーを見た。シュミレットは言った。

「君たち、周囲を見てみなさい。クーが言ったように、一つはすべてと繋がっているようだよ」

 その場にいた皆が顔をあげると、空中を浮遊していたはずの魔術式が動きをとめて、大きな楕円の身体をこちらへ向けていた。目がないのにもかかわらず、まるでこちらの動きを伺っているようだった。皆恐ろしくて、固まってしまった。ただ一人、落ち着いた様子でシュミレットは通話機の向こうの女性に向かって言った。

「そちらの君たちは無事なのかい?」

『わかりません。皆が近くのドームに逃げていくのを見たっきりです。私も今、ドームの中に逃げてきたところです。でも、ドームの中にも魔術式が浮いているんですが、とまったまま動きません。学者さん方が捕まえようとした魔術式は火を吹いたのに、どうして?』

「外の魔術式は追いかけてはなかったのだね。なるほどね」

 なにやら頷いたシュミレットは、通話の相手にそのままドームの中にいるように言うと、椅子から立ちあがった。学者たちの目線だけが動いた。

「少し考えてみたのだけれどね、ベッケル・オーギュレイの魔術式はこちらから働きかけなければ攻撃してこない。追っても来ない。だとすると、目的は人ではないのかもしれないね」

 シュミレットは簡易机を軽く押して、一人通れるスペースをあけると、ドームの奥の方へ歩きだした。

「やい、どこに行く?」デューはぎこちなく腕を伸ばしてそう言った。シュミレットは振り返り、言った。

「僕の勝手だと言いたいところだけれど、オーギュレイの研究室に行きます。ルーネベリが何か情報を得たかもしれないけれど、彼は通話機を持っていないのでね」

 隣からメモを受け取った男性の学者がすっと右手をあげて言った。

「研究室に向かわれる必要はありません。たった今、数個の通話機を経緯由してご本人からご連絡を受けました。魔術式の目的がわかったそうです」

「何?」

 クーとデューは同時に「彼はなんと言っているんだ」と言った。次のメモを受け取り、学者は言った。

「メモによりますと、物理学者ベッケル・オーギュレイの魔術式はハロッタ・トーレイの遺物を探しているそうです。魔術式には守備力が備わっているそうなので、何もしないでほしいとのことです。これからこちらへ向かわれるそうです」

「何もするなと言っても、今更遅い!火を吹いたと言っていたぞ」

 眉間に皺を寄せたデュー、クーの反応は打って変わって明るいものだった。

「魔術式が繰り返し見せる不思議な行動は、遺物を探しているからなのか。理解したぞ。あぁ、さすがパブロくんだ。お手柄だ!ハロッタ・トーレイの遺物か。そんな噂を父から聞いたことがある。だが、そういえば、理の世界を探しまわっても見つからなかったはずだぞ。ないものを探しているのか?」

 魔術式を恐々と見ていた黒い眼鏡の学者がか細い声で言った。

「クー、デュー。魔術式が動き出しました……」

 皆が周囲を見まわした。空中でとまっていた魔術式は、ぞろぞろと天井高く飛びあがると、一塊に纏まって天井付近を渦巻くように飛んでいた。光りながらガラスを纏い渦巻く魔術式のほんの一部が、入ってきた時と同じようにドームの出口へと高速で飛んでいった。

 デューはその光景を見て、「あぁ、どこに行くんだ!」と叫んだが、魔術式が答えるはずもなく。魔術式の大群はその後も、数回にわけてドームの外へ、次から次へと飛び去って行った。

 クーは言った。

「このドーム内を探し終えても、何も見つからなかったようだな。しかし、今度はどこへ行くつもりだ。魔術式が発見されていないドームへ行くつもりか?」

 金髪の女学者が席を立ち、言った。

「クー、魔術式がハロッタ・トーレイの遺物を探しているのなら。理の世界中を探しまわっても見つからなければ、スヴファベッツの命を狙う可能性が高いのではありませんか?」

「スヴファベッツ?」と、デュー。学者は言った。

「管理者は世界の記憶を持っていると聞きます。魔術式が人を狙わなくても、管理者まで狙わないという保障はどこにありますか。管理者は人であって人ではないのだから……。管理者を殺せば、記憶が手に入ります。記憶の中にはきっとトーレイに関する記憶も」

 シュミレットは間、髪を容れずに言った。

「君は魔術式が管理者の命を奪うといっているのかい。“生”を持たない魔術式が管理者を?魔術式もまた媒体なのだよ。未だかつて、魔力の持ち主が既に亡くなっている魔術式が管理者の命を奪うことはなかった。生なきものが生ある管理者を……」

 顔面蒼白になったデューが学者たちに「スヴファベッツとまだ連絡が取れないのか!」と叫んだが、誰もが連絡が取れないと首を横に振った。誰一人として、スヴフアベッツ本人と連絡を取れる者がおらず、彼の様子を知る者もいない。先ほどまで落ち着いていたシュミレットもさすがに慌てるしかなかった。

 自らの記憶を消したベッケル・オーギュレイは、ハロッタ・トーレイの遺物を探し出したいがために身勝手にも管理者の命を奪うつもりなのだろうか。管理者が人ではないため、痛みを知らないとでも思っているのだろうか。禁術だけでなく、禁断の領域にまで手を伸すつもりか。

 シュミレットは指先をくるりと動かした。足元には時術式が浮かび、頭上にも同じ術式が浮かんでいた。

「彼の元へ向かいます。連絡があるまでは誰も来てはいけない」









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