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灼熱の銀の球体  作者: 佐屋 有斐
第一部三巻「聖なる魔術式」
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十三章



 第十三章 古い魔道具 





 オーギュレイはポスターや地図の貼られた壁際を指差した。

「そこにある机の中です。屈んで机の下へもぐってみてください。左の脚の内側は引き戸になっています。魔力を取りだした後、魔道具はそこにしまっておいたはずです」

 ルーネベリはシュミレットを見て、肩をすくめて「探してみます」と言った。

さっそく、オーギュレイの言った木の机の前に立ったルーネベリは、ゆっくりと床に膝を着き、腰を大きく曲げ、首をも屈めて座り込んだ。すると、なるほど、上から見てはまったく気づいていなかったが、机の脚は天板のずっと奥の方にあった。それも机の脚幅は優に二十センチ以上もあり。手前から見ると、太い長方形の木片がドンドンと左右の天板から床へと伸びており、大きすぎてバランスの悪い天板をじっと支えているように見えていた。

 オーギュレイが言われなければ、ルーネベリのような巨体の持ち主では、この奇妙な机の脚をこんなにも簡単に見つけることはできなかったかもしれないと思った。

「もしかしたら、ここはオーギュレイの隠し戸だったのではないか?」――などと思いながら、ルーネベリは机の下へ大きな体を押し込むように半分ほど入れて、机の左側の脚の内側を見てみた。

 影のかかった机の内側、ほんの少しだけ出っぱった鈍く光る金メッキの丸い取手が見えていた。

見つければ早いものだ。ルーネベリは取手を引っ張って、戸を開けた。

 戸を開いて、まず目に飛び込んできたのは二段の本棚だった。下の段には七冊の黒い本がびっしりと隙間なく並び、上の段にはちょこんと小さなガラスの箱が置かれていた。箱にはまるでプレゼントするための物のように、花の飾りがついた薄い水色のリボンがついていた。

「あぁ、きっと魔道具はこれだな」

 ルーネベリは指先で小さなガラスの箱をひょいと掴み、戸を閉めようとしたとき、ふと、下の段にあった本を見て手がとまった。下の段の本は七冊ともすべて黒い布張りの表紙だった。

 黒い七冊の本うち、六冊の背の部分には書名と著者名が明確に白印字されていたが、右端のたった一冊だけには文字ではなく、金箔でマークのようなものが押されていた。本の背の一番下に押されたマークをルーネベリはじっくりと見下ろした。



               挿絵(By みてみん) 



 四角い囲いのなか、“I”のような文字を挟み、右と左、外側だけ欠けた丸のような模様が長い金の棒を隔てて飾られている。まるでなにかのシンボルマークのようだった。

 ルーネベリは独り呟いた。

「これは……。先生の持っていた全魔道具協会の本とまったく同じマークだ」

 この本は誰の本なのだろうか……。一体何の本なのだろう……。

 見入られたようにじっと金色のマークを見ていたルーネベリは、ガラスの魔道具を、戸を開いたままの手に移し持ち、マークの押された黒い本に手を伸ばそうとした。見てみたい。読んでみたい。強い誘惑が、強い好奇心がその目に映る本だけを見ていた。ルーネベリは密かに息を飲み込んだ。

「魔道具はそこにありましたかな?」

 突然降ってきたシャットの声にルーネベリの手はまたとまった。

「もしかして、なかったのか?」というバルローの声に、ルーネベリははっとした。

 ――あぁ、今は、本を読んでいる場合ではなかったのだ。何をやっているんだ、俺は……。

「どうかしたのかい?」

 さらにシュミレットの声が聞こえ、さすがに返事をしないわけにもいかず、首を捻ったルーネベリは言った。

「えぇ、ありましたよ。今、そちらに持っていきますから」

 ルーネベリはつい今しがたまで手に取って開いてみようと思った本の方を振り返り、ため息をついた。今は本を読むのは諦めるしかなかった。魔力の抜けきった魔道具を賢者様に渡しに行こう。そう思いながら、ルーネベリは本棚の戸を閉めた。

 巨体を滑らせ、机の下から出てきたルーネベリは取ってきたガラスの小さな箱をオーギュレイの方に見せて言った。

「これですよね?」

「えぇ、それです」

 オーギュレイが頷いたので、ルーネベリは床から立ちあがって、ガラスの箱を術式製造機の隣にさりげなく置いた。

 ルーネベリはガラス箱にはあまり関心を寄せていなかった。やはり、先ほどのあの黒い本が気になっていたのだ。なぜ全魔道具協会のマークが印された本がここにあるのだろうか。魔術式を作るために必要だったのだろうか。テーブルの上にあれほど資料があったというのに……。

 ルーネベリが一人考えていると。傍に近づいてきたダネリス・バルローがガラス箱をじっくりと眺めていた。

「綺麗な箱だな。元はなんの魔術式が仕込まれていたんだろう」

 シュミレットは言った。

「魔力を取ったのなら、もう何の魔道具だったのかすらわからないね。けれども、この箱にはまだ魔力が僅かでも残っているはずだよ。生物学者、ソリンダ・プリメルに鑑定してもらいましょう」

「ソリンダ・プリメルをご存知でしたか?」と、シャットが言うとシュミレットが言った。

「会場で彼女の講演を聞いてね。彼女が魔力を判定できると聞いて、興味深いと思っていたところなのだよ」

 急にバルローがガラス箱からオーギュレイの方を向いて、言った。

「なぁ、魔力をどうやって取りだしたんだ?」

 オーギュレイは淡々と言った。

「前もって塩の砂を入れた容器を用意し、魔道具を一面だけ解体して出てきた魔力を摘出しました。手で解体するほうが機械で摘出するよりもずっと早いのです。その後は、術式製造機の、灰色の機械に塩の砂と液体の入った容器を入れます。容器を入れると、機械が塩の砂や液体に含まれる魔力だけを取り出してくれる仕組みになっています。解体した魔道具は、私も綺麗だと思ったので、元の形に直しました。魔道具としては役に立たちませんが、鑑賞する分にはとても見た目が良いものなので私としては残しておきたかったのです」

 シュミレットは言った。

「それじゃあ、君は箱の一面からしか魔力を取りだしていないのだね。魔道具からすべての魔力を取りだしたのかと思っていたよ」

「全部など……」

 そんなことはけしてありえないと軽く笑うと、オーギュレイは気分が悪くなってきたのか、咳をして、頭を抱えた。椅子の上で唸ったオーギュレイにシャットが「大丈夫ですか?」と気遣ったが、オーギュレイは「大丈夫です」と答え、顔をあげてシュミレットに言った。

「私の作る魔術式には、多くの魔力は必要としていません。むしろ、その逆です。魔力が多すぎては扱いに困るのです……」

「なるほど、なるほど。そうか、なんとなくわかった」と、勝手に頷いたのはバルローだった。

 なにを思ったのか、バルローは椅子に座っているキートリーを近くに呼び寄せた。そして、綺麗なガラス箱の魔道具を見て、二人してこそこそとなにやら話をしながら眺めていた。






「魔道具についてはよくわかったよ」

 そう言ったシュミレットはバリオーズの方を向いて言った。

「そろそろ、君にも聞かなければならないね。君が紛失したレンズについて教えてくれるね?」

「はい」

「君がレンズを失くしたのは何時ごろかな?」

「オーギュレイさんの講演の前日の晩です」

「確かですか?」

「えぇ、確かです。いつも、帰宅すると、私は真っ先にシャワーを浴びるんです。研究で使う薬剤の匂いが身体にうつってしまうので、妻に配慮してのことでした。私がシャワーを浴びている間、妻はいつも私の眼鏡を拭いてくれていました。特別な眼鏡だと知っているのに、私がろくにも掃除しないので、妻が代わりに拭いてくれていたんです。

 あの日の晩も、妻は私の眼鏡を拭いてくれていました。私が浴室から出てくると、眼鏡を拭いていた妻が眼鏡のレンズが一枚ないと私に教えてくれました。私はてっきり研究室で落としたのだと思い、慌てて研究室に戻って探していたのですが、見つからず。廊下を探していると……」

 ルーネベリが言った。

「どうして研究室に戻ったんですか?」

「私が眼鏡を外すのは研究室にいる時か、自宅にいる時だけだからです。眼鏡をかけているときにレンズを落としていれば気づいたはずだと、あの時はそう思いましたからね」

「そうですか。話をつづけてください」

「はい。……廊下を探していると、若い男の学者が私に話しかけてきたんです。何を探しているのかと聞かれたので、私はレンズが無くなったことを話ました。彼は建て終わったばかりのオーギュレイさんの講演会場で私が失くしたレンズを見たと言いました。なんでそんなところで私のレンズを見たのか、一度も講演の会場予定地には行ってはいないのにおかしいなとは思ったのですが、私はとにかく講演会場に行って探すことにしたんです。 

 結局、そこでも見つけることはできませんでした。過去再現の際、私の姿がステージ上にあったのは、こういう経緯があったからでした。私はレンズを探していただけで、まったく魔術式が紛失したことについては関与していません。とんだ言い掛かりです」

 話を聞いたオーギュレイがシャットに「魔術式が紛失?今のは、聞き間違えですか」と言った。シャットは微笑んだが、答えなかった。

 シュミレットはバリオーズに言った。

「君に話しかけてきた若い学者は、君の顔見知りではないのだね?」

「はい、まったく知らない若者でした。二十代のはじめ頃でしょうか。白い学者服を着ていたので、どこかの学者の助手かなと思いました」

 ルーネベリはふと思い、言った。「バリオーズさん、あなたのレンズは一体何が特別だったんですか?」

 バリオーズは黒い髪を掻いて、苦笑いした。

「いやぁ、物が物なので、あまり言いたくはなかったのですが……。私のレンズは、『広範囲不可視光線受容レンズ』、または『広範囲不可光線受容変換レンズ』と言って、第十四世界の水竜の鱗と第十一世界で採掘される青水晶を合成して作られるレンズなんです。何千年も昔から作られてきたレンズなのですが、なんせ水竜の鱗には冰力が含まれているので、合成加工できる者たちはかぎられています。ただでさえ作れる者が少ない上に、このレンズを作った者たちは世に知られていない者たちで、どこに住んでいるのかもわからないんです。

 手に入れるのがとても困難な代物なんです。私は義父の伝手で手に入れましたが、そう何度も手に入れられる代物ではないんです」

「それで特別なレンズですか。バリオーズさん、さらにお聞きしたいんですが。『広範囲不可光線受容レンズ』で魔力を見ることは可能ですか?」と、ルーネベリ。バリオーズは頷いた。

「もちろん可能ですが、『広範囲不可光線受容レンズ』は見えていないものを私たちが認識できるように色をつけてくれるというだけで、どれがどれなのかという細かな識別はできなんです」

「区別ができないということですか?」

「あらかじめ、魔力はこの色だとわかっていれば別ですけどね。私の行っている研究では、すべての不可光線が研究対象に影響を与えすぎていないかどうかを判断するためにレンズを用いているだけなので。詳しいことはわかりません」

「なるほど。お話を聞いていると、すばらしいレンズに違いないということだけはわかりました。この理の世界にあなたのレンズを欲しがる人は沢山いるでしょうね。落としたのではないのかもしれませんよ」

「ルーネベリくん、私のレンズが盗まれたとでも言うのですか?」

「その可能性もあるということですよ」

 シュミレットが「そうだね」と言った。

「彼の言う話も一理あるわけだよ。君のレンズが特別だと知っているのは、どれくらいいたのかな?」

「妻を含めた、ごく数人だけです。ルーネベリくんも知っての通り、学者同士、お互いの研究テーマや結果を話し合うことはあっても。使っている機材など、詳しい話をすることはほとんどありません。ただ……」

「ただ?」

 ルーネベリが首を傾げると、バリオーズはオーギュレイの方を向いて眉を顰めた。

「お忘れになっているようですが。オーギュレイさんがウェルテルについて教えてくださった時、私はオーギュレイさんに私のレンズについてお話したんです。公開前の論文を見せて頂いたので、私も何かお見せしなければならないと思ったので」

 オーギュレイも顔を顰めた。

「あなたのレンズ?そんなものを見せてもらった覚えはありませんよ。見せていただいていたら、私は譲ってほしいと言ったでしょう」

「譲ってほしいと、実際に仰っていましたよ。私は当然のことながら断りましたけど、お帰りになるまで何度も仰っていたので、私はレンズの代わりにデューに頂いて自宅に持ち帰るために研究室に置いていた凛酒の瓶を何本か差し上げたんです。そうです、凛酒をお渡ししたのを覚えていませんか?」

「凛酒?」

「凛酒のことも覚えていないのですか。私はオーギュレイさんが大変喜んでくださったのをよく覚えています。あなたは凛酒がお好きだと仰ってました」

 バリオーズはルーネベリとシュミレットにも言った。

「あなた方も凛酒を私の家でお飲みになりましたよね。あの凛酒と同じものです。同じものをオーギュレイさんに贈りました」

 オーギュレイは凛酒の話をされて、思いつくことでもあったのか。「凛酒が好きだと、そんなことまで私が言ったのですか?」と、言った。バリオーズは大きく頷いた。

「私が贈った凛酒がこの部屋のどこかにあるのではないですか。それとも、自宅の方にあるのか、よくわかりませんが。思い出してください。お願いします。このままでは私が疑われたままになってしまいます」

「凛酒は……」と、なにかを言いかけたオーギュレイに、皆は目を向けていた。オーギュレイはしんどそうに俯いて、手で顔を覆った。

「……凛酒は、一昨日の晩、カティエンくんと祝い酒として飲んだことを覚えています。しかし、どこで手に入れたものかまではまったく思い出せません。それに、あなたと会った記憶がまったくありません。あの凛酒はあなたから頂いたもの?」

 バリオーズを見上げ、オーギュレイは記憶を思い起こそうと必死に首を横に振った。

「私が買い置きしていたもの……?私は酒を常飲しない。頂き物はたいていすぐに人にあげてしまう。あれはどこで手に入れたのか……。カティエンくんが持ってきたような……。いいや、彼は手ぶらだった。どこで手に入れたのかまったく記憶にない」

 混乱したように譫言をオーギュレイは言いつづけた。そんなオーギュレイをしばらく見ていたシュミレットは首を傾げ、バリオーズに言った。

「君たち。つまり、バリオーズくん、君は彼にウェルテルについて聞き、レンズを見せたのだけれど。彼は見せてもらってもいない上に、ウェルテルの話を聞いていないと言うのだね。面白い話だね」

「面白い話などと仰らないでください。私はもう、参っているんです。どこが面白いと言うんですか!」と、声を張りあげてバリオーズが言うと、シュミレットは意地悪くクスリと笑った。

「だって、そうでしょう。ここには記憶のある人間と、記憶のない人間がいるのだよ。実に滑稽ではないですか」

「先生、こんな時になにを仰っているんですか。皆、事実がわからず、どうしたらいいのか困っているんですよ」とルーネベリが言えば、シュミレットが言う。

「どうしたらいいのかは明確じゃないか。僕らは消えた魔術式の行方を探さなければならない。二人の話を聞いて、やはりそうすべきだと思ったよ」

「魔術式を探すって、どういうことですか?」

「そもそもウェルテルという物質をバリオーズくんが見つけた事が切欠なのだよ。彼がウェルテルを見つけなければ、彼が巻き込まれることはなかった」

「先生。……もしかして、ウェルテルが何かご存知なのですか?」

「そうだよ、僕は知っていますよ。そして、魔術式が消えた理由も今さっきやっと検討がついたのだよ」

 あっさりとそう言ったシュミレットに対して、バリオーズが言った。

「ギルバルドさん。ウェルテルとは何なのですか?私は何を見つけてしまったのですか」

「君には可哀そうだけれど、君が発見したものは実際にはたいしたものではないのだよ。ウェルテルとは空気中に含まれる伝達物質。奇・魔・時術式が空中で光る時、ウェルテルがそれぞれの力に反応して光を発している」

 バリオーズは言った。

「光を発するだけの物質なのですか?」

「そうだね。でもね、光を発するだけではないのだよ。ある人物の考え方によればね……」 









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