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灼熱の銀の球体  作者: 佐屋 有斐
第一部三巻「聖なる魔術式」
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十二章



 第十二章 術式製造機





 オーギュレイは研究室に入って来た六人を見て、頭だけ軽くさげた。

「座ったまま出迎えてすみませんね。まだ調子が優れなくて」

 シャットはわかっていると頷いた。

「そのままで結構ですよ。しかし、尋問は明日にしたほうがよろしかったかな。仰るとおり調子がまだ戻られていないようで、顔色があまりよくありませんな。もう少し休まれてはいかがですか?」

「ありがとうございます。でも、大丈夫です。先延ばししてもいいことはありません。できることなら早くすませてゆっくりと休みたい」

 シャットは研究室を見まわした。

「椅子はどこにありますかな?」

「隣の部屋に。普段は物置きにしまっています。監査長が来ることはデューから聞いておりましたが……」

 オーギュレイはルーネベリやシュミレット、バルロー、キートリー、バリオーズを見て言った。

「こんなに大勢だとは思わず。なにもご用意していませんでした。せめて、皆さんにお茶でもお出ししたいところですが、私には助手がいませんので」

「あぁ、おかまいなく。お茶なら俺が淹れますから」

ルーネベリがそっと片手をあげて言った。

「椅子は隣の部屋ですね。ちょっと行って取ってきます。お茶は後で勝手にやらせていただきますね」

 オーギュレイはルーネベリの方を向いて、元気のない笑みを浮かべた。

「ありがとう。隣の部屋へ通じる扉は……」

「わかりますよ。こちらの壁ですね」

 ルーネベリはこの部屋の事ならすべて知っているといわんばかりに簡易キッチンのある方ではなく、ポスターや地図の貼られた壁側に向かった。

 木の机の左横、ちょうど、女性の絵が描かれた色紙の左側にはなにもない白い壁が見えていた。ルーネベリはこの辺りだろうと思った。壁を近くで見ると、天井から床へと真っ直ぐに伸びた線が無数に走っていた。研究室の壁は無地ではなかったのだ。壁に手をついたルーネベリは壁を押した。カパッと不似合いな音を立てて壁は奥へと開いた。通じた隣の部屋には背もたれのない丸椅子が五脚ずつ四列に積み重さなって置かれていた。ほかにも奥の暗がりに棚が七つほど置かれているのがわかる。

 どれも本や小さな機械などが押し込められているようだ。ガラス張りの棚からは鉄の棒筒や黒い奇妙なわっかが見えていた。この部屋には窓だけはなかった。灯りは天井からぶら下がった一つのランプだけだった。ルーネベリは振り返って言った。

「やはり、研究室はどこも同じですね。俺はこの部屋を宿舎代わりにしていたので懐かしいです」

 オーギュレイは言った。

「君も学者なのかな?」

「えぇ、そうです。第一室にいましたが、今は事情があって少し離れているんです。――椅子は、六脚でいいですね」

「僕は結構です」とシュミレットが言うと、バルローも「俺も立ったままでいい」と言った。

 シュミレットとバルロー、二人の目線はオーギュレイや研究室の隣の部屋ではなく、長いテーブルの上の広げられた巻物に向けられていた。巻物の魔術式が何の魔術式なのかを見ているのだろうか。熱心に二人は魔術式を見つめていた。

 ルーネベリは首を傾げ、「では、四脚もってきます」と言って、隣の部屋から椅子を軽々と四脚の椅子を研究室へ運び入れ、座っているオーギュレイ氏の前に置いた。

 シャット、キートリー、バリオーズは礼を言いながらルーネベリが運んできた椅子を横にならべた。椅子が並び終わると、ルーネベリは簡易キッチンの方へ向かった。バリオーズも後から手伝いにやってきた。コンロから透明なヤカンを手に取ったルーネベリが壁にあいた四角形のへこみの丸い黒のタイルの上にヤカンを置くと、透明なヤカンの底が数センチだけタイルに沈んで、底から水が湧きあがってきた。不思議なからくりだ。ルーネベリはヤカン一杯に水が溜まるのを待つと、コンロに置き。ボタン一つで火をおこした。その間、バリオーズは簡易キッチンの棚からポットと茶葉と古紙、それに透明なカップを七つ見つけだして狭い台の上に並べた。

 透明のヤカンに入った水はすぐに沸騰した。ルーネベリが茶葉を包んだ古紙を入れたポットに湯を注ぎ入れると、瞬く間にポットの中は淡い黄色に染まった。出来あがったお茶を透明なカップに注ぐと、まるで砂金が輝いているかのように茶葉の粉がカップの中で煌めいた。




 ルーネベリとバリオーズはカップを長いテーブルの方へ運んだ。巻物やら資料やらを脇に押しやりカップを置いていると、椅子に座っていたヴィク・シャットが黒い学者服のズボンのポケットから小さな穴のない白いボタンのようなものを取りだした。どうやら、ルーネベリたちがお茶の用意が終わるのを待っていたようだ。

 シャットは取りだしたボタンの平らな面を押した。すると、中から数枚の書類がボタンを軸に扇のように広がって出てきた。シャットが押したボタンは科学道具の一つのようだ。

 扇状に並んだ書類の一枚を引き抜いたシャットは、ボタンを持ったままボタンの側面をトントンと叩き、書類の反対側に飛び出てきた扇状に並んだペンの束から一本を選び掴んだ。そして、またボタンの平らな面を長く押していると、ポタンの中へ書類とペン束は引っ込み。ボタン自体が真っ平らに伸びてしまった。シャットはすっかり伸びて大きくなってしまったボタンの上に紙をのせて、ベッケル・オーギュレイを見た。

シャットは尋問をはじめようとしていた。

 最後のカップをオーギュレイの傍の窓枠に置くと、ルーネベリとバリオーズも席についた。シュミレットとバルローだけは巻物を見ていたが、シャットは気にもせずにオーギュレイに言った。

「ニ、三、あなたにお尋ねしたいことがあります。正直にお答えしていただければ、私たちはすぐにでも帰ります」

「わかりました。なんでもお聞きください、私はなにも包み隠さず、お答えします」

 オーギュレイは透明なカップを手に取り、一口飲み込むと、「協力は一切惜しみません」と呟いた。シャットは茶を飲むオーギュレイと書類とを見て、言った。

「ご協力感謝します。まず、一番にあなたにお聞きしたかったことです。あなたはあなたの魔術式があの場で消えることをご存知でしたかな?」

「いいえ、想像だにしていなかったことです。お恥ずかしながら、私は魔術式が消えたことに精神的な衝撃を受けたため、失神までしてしまいました。あんな出来事が起こるなど、予測すらしていませんでした」

「あなたは魔術式が講演のさなかに消えるような状態ではなかったというですかな」

 オーギュレイは「はい」と頷いた。

「講演がはじまる前、魔術式は完璧な状態を保っていました。魔術式の入った容器の中には魔術式が消えてしまう原因となる元素などは一切入れず、細心の注意を払っておりました」

 シャットはなるほどと頷き、なにやら書類に書き込むと、オーギュレイに言った。

「あなたは魔術式紛失に関して、ご自身で過失がなかったと思われますか?」

「私の魔術式が消えるものだと知っていれば、講演の途中でも、講演を延期したことでしょう。……しかし、私に過失がまったくなかったとは思ってはおりません。魔術式が消えたのは、術式製造の過程でなんらかの不手際があったからでしょう。三つの術式製造は機械です。中の部品が破損していたということも考えらます」

「機械の破損ですか。確かに原因になりうる。術式製造機をこちらで調べさせていただいてもよろしいですかな。どちらにあるのでしょう?」

「機械ならそのテーブルに置いております。ちょうど背の高い、黒いローブを着た方の隣に……」

 全員が長いテーブルの前に立っていたシュミレットとバルローの方を向いた。シュミレットが「君」とバルローに声をかけると、バルローは知らぬ間にテーブルにかかっていたぼろぼろのローブの裾を捲りあげた。ローブを取り除かれたテーブルには真っ黒な四角く箱のようなものが一つ置いてあった。言われなければ気づかないところだった。

 バルローは「これが術式製造機か?随分と小さいんだな。本かと思った」と。軽々と手に取ろうとしたが、機械は思いのほか重く持ちあがらなかった。オーギュレイは言った。

「他の二つも、テーブルに置いております。術式製造機はシャットさんの書類ケースと同じように科学道具です。正しい扱いをしなければ、開くこともできません」

 バルローが「じゃあ、どうやって開けるんだ?」と言った。

「今開けるのでしたら、テーブルの上の物をどかしてください。三つの機械は思っている以上に大きいのです」

 バルローは「わかった」と頷くと、広げられていた巻物をくるくると巻き、資料やノートを次々と床に置いていった。シュミレットはその様子を少し離れて見守っていた。まったく手伝うつもりはないらしい。椅子に座っていたルーネベリはしかたがないなと溜息をつきながら立ちあがり、バルローを手伝うためにいくつかの機材を床に移動させた。

 テーブルの上にはいつしか三つの色の違う箱とカップばかりが残っていた。バリオーズが立ちあがり、紅茶の入ったカップすべてを窓際へ運んで行った。残りの、すでに使い終っているカップはルーネベリが簡易キッチンに運んだ。

 黒と半透明な箱と、灰色の箱がテーブルの上に置かれていた。これで準備は整ったようだ。オーギュレイは次にその箱を順番どおりに並べるようにバルローに言った。

「灰色の箱を一番奥のテーブルの端に。透明な箱はちょうど真ん中に、黒の箱は手前に置いてください。そして、奥の機械から順に四つ角を押してください。角を押す順番は関係ありません」

 バルローはさっそく言われた通りに、灰色の箱の四つ角を指で押した。まったくなんの変化も起らなかったが、順を追うように透明な箱の四つ角、黒い箱の四つ角を押していった。しかし、やはり、なにも起こらなかった。バルローはオーギュレイの方を向いて言った。

「なにか俺、間違えたのか?言われた通りにやったんだけどな」

 ルーネベリがもう一度やろうと言いかけたところ、シューという音がテーブルから鳴った。バルローがテーブルを振り返って、驚いた顔をした。テーブルの上に置かれていた三つの箱がゆっくりと上へ伸びて右横や左横、左右同時に膨らんでいったのだ。一、二分ほど経った頃には、三つの機械は想像していた以上に大きくなってしまい、その場にいる全員が機械を見上げなければならなくなっていた。

 三つの機械は大きくなってからも変わらず四角い箱のままだったが、ユサ・ヤウェイの機械と同じように幾つもダイヤルがついていた。ダイヤルの上にはかならず横長にのびたメモリがついていて、さらに細かな設定ができるようになっているのがわかった。これが機械の全景なのかと思っていると、最後に灰色の箱と透明の箱の中央側面から隣の箱へのびる筒がでてきた。筒は隣の箱にまで到達すると、カチリと音を鳴らし連結した。三つの機械はこれで一つになったようだった。

 バルローは感嘆の声をあげた。

「こりゃ、すごいもんだな。ちょっと触っただけで、こんなに大きなものが勝手に組み立てられるのか。科学道具ってすごいんだな」 

 オーギュレイは言った。

「三つの機械は私のテーブルの長さに合わせてつくったので、他ではこうもうまく結合されません。シャットさん、開く時は、ご注意してください。うまく連結されなければ、筒が破損してしまう恐れが……」

 シャットは頷いた。

「気をつけましょう」

「お願いしますよ。あれが壊れては困るのです。筒一つをつくるだけでも時間がかかってしょうがないのです。気をつけてください」

 オーギュレイはそう言ってから目を伏せた。もともと疲れていた様子があったが、さらに青ざめているように思えた。椅子に戻ったルーネベリは、先ほど訪ねてきたジロルド・カティエンという男のことを思い出した。カティエンはオーギュレイを怒鳴りつけていた男だ。なぜあれほどまでに激怒していたのかはわからないが。これはなにかあるのではないかと踏んだルーネベリは、オーギュレイに言った。

「あの、俺からもお聞きしてもよろしいでしょうか」

「なんでしょう?」

「ジロルド・カティエンという方は、あなたの研究の中で一体どんな事をした方なのですか」

「……カティエンくんは、第一室の物理学者です」

「物理学者?」

「そうです。魔術式を製造する過程を簡単にお話すると、魔術式は魔力によって作られていますが。この魔力というのは、とても気紛れなもので、外部からの圧力ではすぐに元にもどってしまう。魔術式を作りあげるというのは非常に困難なことだったのです。そこで、私は外部ではなく、内部から、魔力そのものの圧力で魔術式を作りあげたのですが、それも簡単な事ではありませんでした。魔力の圧力を利用するためにはカティエンくんの知識が必要で、彼に協力をしてもらっていたのです」

「なるほど、そうですか。知識といえば、オーギュレイさん、あなたはここにいるバリオーズさんからも得ていますよね。なんと言いましたか……、バリオーズさんの研究時に偶然発見した物質だとか」

 バリオーズが小声でルーネベリに「ウェルテルですよ」と言った。

「あぁ、そうでしたね。ウェルテルです。ウェルテル。確か、翼人にしか目視できなかったという不思議な物質だとか。そのウェルテルは何のために必要だったのですか」

 オーギュレイは急に真顔になった。

「申し訳ないが、ウェルテルとは何ですか。私はそんな名前を聞くのは、はじめてですが」

「えっ?ですが、バリオーズさんが……」

 思ってもいなかったオーギュレイの返答になんと言っていいやらわからず、ルーネベリはバリオーズの方を向いてしまった。バリオーズもオーギュレイがそんなことを言うのは思ってもいなかったのか、首を横に振りながら、立ちあがって言った。

「オーギュレイさん、お忘れですか!私の研究室まで来て、散々、私の壊れた機械をご覧になっていたじゃありませんか」

「機械?なんの機械ですか。まったく話が見えませんね。私はあなたの元になど行っていませんよ」

「来たではありませんか。私はあなたにウェルテルについてお聞きするまで、ウェルテルが一体何なのかすらわかりませんでした。あなたが私に教えてくれたんですよ」

 オーギュレイは目を大きく見開いて、たいそう驚きながらバリオーズを見上げた。

「なにを仰っているのか……。私はウェルテルなど知らないのに、どうやってあなたに説明するんですか。いい加減な事を言わないでください」

「いい加減なことだなんて!」バリオーズは呆れはてたように首を振りつづけ、ぱっと椅子に座っているルーネベリを見て言った。

「ルーネベリくん、私は嘘などついていません。本当に、オーギュレイさんは私の研究室に訪ねてきたんです。そして、私の機械をじっくりと見て、私に論文まで見せてくれました。まさか、オーギュレイさん、あなたが嘘をつくだなんて」

「私は嘘などついておりませんよ。嘘をついているのはあなたでしょう」

 オーギュレイはバリオーズに対して不快な表情を浮かべていた。また、バリオーズも嘘つき呼ばわりされて腹を立てたのか、腕を組み、首をひたすら横に振ったままオーギュレイを見つめていた。双方、自分の発言が正しいと一歩も譲ろうとはしなかった。どちらが正しいかなどわかるはずもないルーネベリはどうしたものかと思った。困ったことに、どちらも嘘をついているように見えないのだ。ルーネベリがなんと言おうとか考えていると、オーギュレイの術式製造機を興味津々に眺めていたバルローが同じように製造機を見つめていたシュミレットに向かってまったく関係のないことを言った。

「なぁ、友人さんよ。魔術式は魔力で作ったんだよな。だったら、誰の魔力で作ったんだろうな」

 バルローのその言葉に反応したのは、オーギュレイだった。オーギュレイは言った。

「魔力は古い魔道具から取りました。誰のものかはわかっておりません」

「そっか、古い魔道具なら持ち主はわからないか」

「君、なにか気になることでもあるのかい?」と、シュミレットが聞くと、バルローは頷いた。

「魔力が誰のものかわかれば、その魔力の持ち主の元に魔力が返ってくるんじゃないかと思ったんだけどな。古い魔道具ならずっと大昔の人のものかもしれないんだろう。だったら、誰のものかわかってもしょうがないか」

「魔力が返る?……なるほどね」

 シュミレットはクスクスと笑った。

「君もいい事を言うものだね。魔力を摘出した魔道具はどこにありますか?」










今年はじめての更新です。

「聖なる魔術式」は全二十四章なので、ちょうど半分のところまでやってきました。更新は遅いですが、残りの十二章も頑張って書き進めたいと思います。

よろしくお願いします。



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