ノウ・ザ……
階段を抜けた先は、まだ道が続いていた。
ゼイガルニクは何も言わずにただ歩いている。
出た先は、王都の隅に流れる小さな川と、アーチ状に造られた橋があるところだった。
外は暗く、月明かりだけが王都を照らす。
ゼイガルニクの背後、リアスは疲れ切った様子で立っている。空を見上げ、月を見ていた。
絶望。したのかと思いきや、その瞬間リアスは手を翳した。
「五行属性魔術『乱花』」
「ッまさか」
リアスは内に秘めた使える魔力を全部吸い取り、一つの術式に流す。
リアスの手のひらの前にピンク色の光の粒が円を描く。
その瞬間、鋭く、柔らかく、硬く、滑らかな光が放たれた。
それはリアスが研究してきた成果だった。
「大した物だ」
だが、ゼイガルニクは剣でそれを防いだ。
実力の差は凡人には埋められない。頭は良くても魔力がなければ私は戦えない……。
なんて惨めで弱い。
渾身の一撃すら軽々しく防がれるほど、私の力は弱い。
「だが、いけないな。舐めているだろう小娘」
リアスは本能的に死を感じた。殺される。
殺意がゼイガルニクには宿っていた。
腰が抜けていた。動けない。こんな時に限って手足に全く力が入らないのだ。
ゼイガルニクが一歩。また一歩と近づく。
「来ないでッ。……まだ終わらせたくない」
まだ生きていたい。
その瞬間。風が吹き抜けた。
それと同時に声が響く。
『ならば足掻け。そして己の歩むべき道を見据えろ』
その声が響くと橋の上に、黒スーツ、白髪赤眼の謎の男が立っていた。
「貴様は何者だ。畏まってパーティー帰りか?」
ゼイガルニクは見上げて言った。
その男は低く頭に響く声で言う。
「私の名は日月」
「ヒヅキ……何処かで聞いた名だな。貴様は何が目的だ」
「我々はただ世界の調和を遂行する。それだけだ」
「ふざけた事を言うものだ。世界の調和だと?現実を見てから言うことだな」
「不可能と言いたいのか?」
「ああそうだ不可能。世界を調和など、神にしかできないのだ」
「そうか」
「どうした?怖気付いたか?」
「いや、ただ懐かしいと思った。それだけさ」
「何を言っている」
「何でもない。ただ世界はそれでも流れる。不可能などと、そんなちっぽけな考えも、全てを抱えて世界は巡って行く」
「ただの格好つけかな?」
「理解は難しいだろう。そしてする必要もない」
「そうか。ならばもう良いだろう。早く来い」
「そうか」
その一瞬。
すでに日月は、ゼイガルニクの横に立っていた。
「なッ」
ゼイガルニクは後退し、剣を構えた。
今の一瞬。誰もその動きを追うことはできなかった。
「実力はあるようだな」
ゼイガルニクの剣が、日月の刀とぶつかり合い鈍い金属音を立てている。
卓越した剣技は洗練されていて、それと同時に力強さもあった。
そして一振り。
「反撃もできぬかッ」
ゼイガルニクは力強く踏み込んだ。
ただ動かない。
「何ッ」
ゼイガルニクは、更に速度と力を増し、何度も何度も剣を振る。
ただ届かない。
ゼイガルニクの剣技は確かな美学がある。だからこそ美しいと感じれるものではあった。
リアスはただ美しいと眺めていることしかできなかった。
あれほどの剣を見たことがない。確かにゼイガルニクの剣も美しく洗練されている。
だが、日月の剣はその上を行く。
ただ受け流しているように見えるが、ゼイガルニクの重心を崩すように動いている。
そして無駄がない。一切の無駄がないのだ。
ただ必要な動きを最小限に、自然にこなす。完璧を当たり前で出せる、極められた技。
簡単に出来ることじゃない。
それを自然とやって見せている日月は規格外だ。
「貴様。ほとんど魔力を使っていないな?」
「なぜそう思う?」
「魔力特有の癖がなかった」
「感覚が鋭いみたいだな」
この世界の人々は魔力を使う。従って、頼りすぎてしまう事もあるのだ。だからこそ、変な癖がついてしまうのだ。
「正解と言うことか」
日月は未だ魔力を意識しても気づかないレベルの少量で戦っていた。
そんなことはもう人に成せることではない。
それは世界の理に反する。ゼイガルニクはそう怒り奮い立った。
ゼイガルニクもまた力を求めた。だが、人には限界と言うものがある。
幾ら手を伸ばそうと、届かない。嘆いても、努力を積み重ねても、報われない。残酷だが、それがこの世の摂理。
この世はそうなのだから仕方ない。そう決めつけるしか方法はない。
だからこそ今目の前でその外側にいる、理から外れた存在が、認められないのだ。
「仕方ないか、まだ未完成ではあるが仕方ない」
ゼイガルニクは紫色の結晶のような粒を取り出した。
「龍の血か」
「あれが龍の血……」
「研究を重ねて、最高品質を追い求めた、我々の集大成。これを取り込み私は限界を超える!」
あの日夢見た頂きへと、登るのだ。
「残念」
「は?」
日月のその鋭い赤い瞳がゼイガルニクを捉えた。
その結晶は割れていた。
そしてゼイガルニクの顔の横に刀はあった。
日月は微笑んだ。
その瞬間。音もなく一瞬にして姿を消した。
まるで最初からそこには何もいなかったかの如く、消え去る。
「クソッ」
日月はゼイガルニクと少し距離を取り、ただ見つめていた。その姿はどこか不気味で、異質な雰囲気を纏っていた。
そして、一度ゼイガルニクは距離を取る。
「敵わぬ。それが確信になっている。やはり、やはりこの世界は私を見放した」
「諦めか?世界のせいにするとは哀れな」
「貴様に何が分かる」
「分かるさ。かつては私は力を求めた。けれどそれには限界があった」
「容易く分かるなどとッ!」
「それでも目指し続けた。そしてようやく、その理想の入り口に立った。これで終わりにしよう――」
僕の目指す力。それは武力、技術力、精神力、霊力、超能力。何でもよかった。ただ、何があろうとも敗れない力。
その力の前には無意味と化す、残酷的なまでに、絶対的な神様のような力に僕は憧れた。
けれどそれを得るのは夢物語ですらない。絶対的なまでの不可能として僕に降りかかる。
体を鍛え、技を磨き、精神を極め、目に見えぬものを追う。幾ら過酷な修行を重ねようとも、それは決して叶わない夢。
それももう昔の事だ。
僕は剣印を結ぶ。
「今、この身をもって神格を宿そう。新たに目覚める神。その真なる力を崇め祀れ」
「何を……」
「太外勅令律煞呪」
その言葉が発せられた瞬間。
一瞬だけ完全な無が訪れた。
ただの静寂。そのはずなのに、鈴の音が聞こえたような気がした。
ただ直ぐに、ゼイガルニクには目を疑う事になる。
日月の前に、拳程度の小さい白い球、黒い球が浮かんでいた。暗闇の中に薄らと光るその球の粒子が、空気中に溶けているように見える。
「太陽は月を制し、月は太陽を制す。その二つが重りし時、光と破壊をもたらし給へ」
陽の白い球、陰の黒い球が、ゆっくりとお互いに近づき、互いの粒子が反発し合うように、ただゆっくりと溶け合う。
二つは重なり、物理を超えた物として存在していた。
まるで日蝕のように。
「これは一体何が……」
「これで終わりだ……ノウ・ザ・ゴット」
その球がゼイガルニクに向かって放たれた。
ゼイガルニクの手前まで近づくと、ただ真っ白に視界は染まった。
神々しい白い光は音も消し去る。
その光が止むと、ゼイガルニクが立っていた場所は巨大な穴が空いていた。
「何が起こったの……」
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