五十二話 一年ぶりの場所
51話で、父さんの手紙を見つけました。
今回、骨隆々村へ到着します。
何度も訪れたはずの場所へ——
父さんのいない旅で、初めて向かいます。
森の家を出て、街道をさらに歩いた。
見覚えのある風景が、少しずつ増えていく。
「この道だ」
俺は足を止めずに言った。
「覚えてるんですか」
リナが少し驚いたように聞いた。
「覚えてる、というか——体が、勝手に進んでる感じだ。父さんと、何度も歩いたから」
記憶の断片が、いくつか蘇ってきた。
父さんの大きな手を握って、この道を歩いたこと。
父さんが「もうすぐだぞ」と言いながら、いつもより静かな声だったこと。
道端の同じ木、同じ曲がり角。
体が、迷わずその通りに動いていった。
「墓参りに、よく来てたんですか」
セラが聞いた。
「うん。父さんは、月に一度くらい、必ず母さんのところに行ってた。俺も、いつも一緒に連れていかれてた」
「連れていかれてた、というのは……」
「最初は、子供だったから、正直よく分かってなかった。ただ、父さんに連れられて、知らない村の跡地に行くだけだった」
俺は少し息を吐いた。
「でも——だんだん、分かるようになった。ここが、母さんの眠ってる場所だって」
道の先に、崩れた家々が見えてきた。
木々に埋もれかけた、古い村の跡だった。
見慣れているはずなのに、今日は——いつもと違って見えた。
「……ここだ」
俺は足を止めた。
「骨隆々村」
胸の奥が、少しだけ重くなった。
「……一年、来てなかったんだな」
呟くように言った。
父さんが亡くなってから、一度も足を運んでいなかった。
旅に出て、色々なことがあって——気づけば、一年が経っていた。
「大丈夫ですか」
リナが心配そうに聞いた。
「……大丈夫。ただ——久しぶりすぎて、少し変な感じだ」
「変な感じ?」
「いつも父さんと二人で来てた場所に、今日は父さん抜きで来てる。それが、なんか——実感が湧かない」
セラが静かに言った。
「無理に、一気に受け止めなくていいと思います」
「……そうだな」
俺は深呼吸して、村の中へ足を踏み入れた。
村の中は、記憶にある姿より、さらに朽ちていた。
家々は、ほとんど崩れていた。
蔦が絡まり、時間の重みが、あちこちに積もっていた。
「一年前も、こんな感じでしたか」
リナが聞いた。
「いや——もう少し、原型を保ってた気がする。この一年で、また崩れたのかもしれない」
俺は村の中を、ゆっくり歩いた。
崩れた井戸。
壊れた家の柱。
見慣れた景色のはずなのに、今日は違って見えた。
かつて、父さんと二人でこの道を歩いた時、父さんはいつも静かだった。
普段の陽気さが嘘みたいに、村に入ると、表情が変わっていた。
(父さん、あの時、何を考えてたんだろう)
今なら、少し分かる気がした。
「……母さんの墓、こっちだ」
俺は迷わず、村の外れへ向かった。
小高い場所へ続く、細い道。
何度も歩いたその道は、記憶の中の景色と、ほとんど変わっていなかった。
草が伸び放題になっていたが、道の形自体は、ちゃんと残っていた。
小高い場所に、小さな石が一つ立っていた。
「……あった」
近づくと、石には文字が刻まれていた。
風化していて、読みにくい。
でも——はっきりと、読み取れた。
「エリナ」
その名前を見た瞬間、胸の奥が、静かに締め付けられた。
「……母さん」
俺は膝をついた。
石の前に、静かに座った。
いつも、父さんと二人で座っていた場所だった。
でも——今日、隣にいるのは父さんじゃなかった。
「……久しぶり」
声が、少しだけ揺れた。
「一年も、来られなくてごめん」
石は、何も答えなかった。
でも——それでも、話し続けた。
「父さん、死んじゃったんだ」
胸が、また重くなった。
風が、静かに吹いた。
「俺、旅に出た。色んなことがあった」
俺は少し息を吸った。
「仲間もできた。リナと、セラと、ルシェ」
三人が、少し離れた場所で、静かに見守っていた。
「みんな、いい奴らだよ」
俺は石を見つめた。
「母さん。俺、闇の力があるんだ。父さんが遺してくれたものらしい。まだよく分からないことだらけだけど——ちゃんと、向き合ってる」
「神のことも、少しずつ調べてる。父さんが遺した手紙に、ヒントが書いてあった」
俺は懐から手紙を取り出し、そっと墓の前に置いた。
「これ、父さんが俺に遺してくれたやつ。母さんにも、見ておいてほしくて持ってきた」
しばらく、そのまま動けなかった。
「……守れなくて、ごめん」
その言葉は、母に向けたものだったのか、それとも——父に向けたものだったのか。
自分でも、よく分からなかった。
「母さん達が守ってくれたから、俺は今ここにいる。だから——」
俺は石を、そっと撫でた。
「ありがとう、母さん」
少しして、リナがそっと隣に来た。
「……お花、供えませんか」
「花?」
「この辺りに、何か咲いてないか探してみます」
リナは村の周りを歩いて、小さな白い花を摘んできた。
「……これ、リンゴの花に似てますね」
「リンゴの花……」
俺は少し思い出した。
「父さんが、いつもここに供えてた花だ。母さんが好きだったって」
「じゃあ、ぴったりですね」
リナは花を、石の前にそっと置いた。
「エリナさん。初めまして。ハエルさんの、仲間の一人です」
その控えめな挨拶に、俺は少しだけ、心が軽くなった。
セラも、静かに近づいてきた。
「……私からも、一言よろしいですか」
「……ああ」
セラは石の前で、少し頭を下げた。
「ハエルは、強くて、優しい人です。あなたの願いは、ちゃんと届いています」
ルシェは少し離れた場所で、腕を組んで見ていた。
でも——その目が、静かに石を見つめていた。
「……あんたの父さん、ここに毎月来てたって言ったな」
「ああ」
「……律儀な奴だな」
ルシェは小さく呟いた。
「そういうところ、律儀すぎて——ちょっと、切ないな」
その言葉に、俺は少し驚いた。
「ルシェ……」
「……なんでもない」
ルシェはそっぽを向いた。
しばらくして、俺は立ち上がった。
「……ありがとう、みんな」
「当然のことです」
セラが言った。
俺は石を、もう一度見た。
「母さん。また来るよ。今度は——もっと早く」
そう言って、村の中を振り返った。
「……もう少し、この村を見て回りたい。父さんが、何か残していないか」
「そうですね」
セラが頷いた。
「森の家に手紙があったなら、この村にも何かあるかもしれません」
ルシェが前を向いた。
「じゃあ、日が暮れるまで、もう少し探してみるか」
「ああ」
四人は、村の中を再び歩き始めた。
夕日が、崩れた家々を赤く染めていた。
その光景は——一年前と同じように、静かで、どこか穏やかだった。
(父さんの墓は、確か——森の近くの丘だったな。帰りに寄ろう)
俺は心の中で、次に向かう場所を思い浮かべた。
その思いを胸に、俺は探索を続けた。
52話、読んでくださってありがとうございます。
ハエルにとって、エリナの墓は初めての場所ではなく、父さんと何度も訪れた場所でした。だからこそ、涙よりも「実感が湧かない」という静かな戸惑いが、今回の中心にありました。
ルシェの「律儀な奴だな……切ないな」という一言。魔族である彼女なりの、静かな敬意だったと思います。
次回も、村の探索が続きます。
またお会いしましょう。




