7話 分岐点
「フハハハハッ! この国が神からの預言とやらを世界に流布しているのは分かっているのだ! 全てを破壊せよ!」
遠くの方で悪魔達の指揮を執るひときわ大きな悪魔。あれが大悪魔バアルと言って、この世界のボスである魔王ルシフェルの配下で最も強い四大悪魔の内の一体だ。
そしてこの国は神からの預言を受け取る唯一の国家であるとして序盤からそのような最強の悪魔が攻め入ってくるのである。
「団長さん!」
前方には先程俺と剣を交わした騎士団長の姿がある。こちらはこちらで騎士達の指揮を執り、悪魔達の攻勢を抑えている途中である。
「勇者様! ご無事で何よりです」
「助太刀します!」
「気持ちはありがたいですが、相手はあの『炎帝バアル』でございます。聖なる装備を手にしていない今の勇者様では到底勝つことが出来ない相手なのです。勇者様はどうかお逃げください。それが王から、そして神から私への命令なのです」
「いえ! 私は勇者です。こういう時にお役に立てなければ一体何のためにこの名前を背負っているというのでしょう。私も戦います!」
そう言ってライアは剣を構える。俺もその隣で剣を構える。さっきからゲームのシナリオ通りではないことが起きている。
もしかすればあの大悪魔バアルにだって勝てるかもしれないしな。やってみる価値はある。
そんな俺の淡い期待は次の一瞬で消し飛ばされるのであった。
「炎龍衝波」
バアルが技を繰り出した瞬間、炎を纏った激しい衝撃波が俺達を襲ったのだ。その威力は留まる事を知らず、次から次へと周囲の建物を破壊し、燃やしていく。
そして俺達も例外ではなく、気が付けば元立っていた場所から数十メートルは離れたところで地面に転がっていた。
体中が痛え。今の一撃で一気に体力を削られてしまったみたいだ。
俺の隣にはライアの姿がある。ライアも俺と同様に、先程の衝撃波で吹き飛ばされてしまったのだろう。
ていうかまさかここまで絶望的な相手だったとは思わなかった。
ゲームをプレイしていた時の技術があればワンチャン現段階でも倒せるんじゃないかなんて思った俺が馬鹿だった。
無理だこれ。半端な装備じゃ近づけもしねえよ。
「ライア、大丈夫か?」
「うん、何とか」
ボロボロになった体に鞭を打って立ち上がり、前方を見渡す。
「おいおい、嘘……だろ」
気が付けば来た時に見たような豪華な屋敷が立ち並んでいた王都の様子はない。半分ほどは既に焦土と化し、何もない状態である。
どんだけ強いんだよあいつ! まさにムリゲーじゃねえか!
「勇者様、我々は直に滅ぶでしょう。一刻も早くお逃げくだされ」
いつの間にか俺達の隣に立っていた騎士団長がそう言ってくる。俺達と同じく先程の攻撃を食らったのだろう、その鎧には所々損傷しているのが見える。
「ですが勇者の私が逃げてしまっては何のために……」
「お言葉ですが今の勇者様ではあ奴を倒すことは不可能でしょう。それほどに強いのです、あのバアルという悪魔は。どうかお逃げくだされ。あなたはこの世界で唯一、魔王を倒すことのできる希望なのですから」
そう言うと騎士団長は声を上げて悪魔達が暴虐の限りを尽くす町へと向かう。
「私も……」
「待て、ライア」
騎士団長の後に続こうとしたライアを俺は引き止める。
どう考えても今のライアじゃあいつには勝てない。さっきの一撃でようく分かった。
「マゼルス、止めないで! 私は勇者よ! 目の前の命を救えない勇者なんて意味無いでしょ!」
「いや、お前は生きていないと駄目だ。この世界に勇者は一人しか居ないんだぞ? お前が死んだら誰が聖なる装備を使って魔王を倒すんだ? 生き残るのも勇者の役目だ」
そう言っている間にも兵士たちが悪魔達にやられていくのが見える。逃げ遅れた町の者はもう殆ど悪魔の手にその尊い命を踏みにじられてしまったことだろう。
「倒したら良いんだよ!」
「そりゃあ倒せたらそれに越したことはねえ。でもさっきの一撃で分かったろ? 今の俺達じゃあ死ににいくようなもんだってことが」
俺の言葉にライアはグッと口を閉ざす。最早勝てないという事は頭では分かっているのだろう。しかし、感情では町の人達を救い出したいという気持ちでいっぱいなのだ。
何て優しいのだろうか。だが火の海と化してしまっている今の王都で生きていられるのは恐らく騎士達だけだろう。
「団長さんが命を懸けているのもお前を逃がすためだ。心苦しいけど今は耐え忍ぶ時なんだよ」
「そんな……」
未だ渋っているライアの手を掴み、俺は走り出す。
無理やりにこの場から離れさせる。勇者が魔王を倒すのが役目なら、勇者を逃がすのが俺の役目だ。
街から離れるように駆けていく。そして俺は次に起こる出来事を完全に理解していた。
「フハハハハハ、勇者を逃がすはずがないだろう」
突如として聞こえてきたゾワッと背筋をなでるように響く不敵な声。次の瞬間、俺達の前の前に現れたのは大きな黒い翼をはやし、手には三又の槍を持ったあの大悪魔であった。
ついに来たか、このイベントが。
「水色の髪に金色の瞳。怪しい魔力を感知したと思ったら当たりであったな! フハハハハハッ! まだまだ未熟な勇者など我の敵ではないわ!」
全てを破壊しつくすかのような威圧感。周囲には俺達を取り囲むように配下の悪魔どもが並んでいる。
来るのは知っていたため、何も驚くことはない。
冷静な判断の下、俺は道を塞いでいる配下の悪魔を一体斬り伏せる。
「ここは俺に任せて逃げろ! ライア!」
「マゼルス! それはダメだよ! あなた一人なんて置いていけないわ!」
「ライア、考えてくれ。こんな所でお前が死んだらこの世界に遺された人たちはどうなる? 日々、広がっていく恐怖に抵抗できないまま怯えながらやがて死んでいくんだぞ。ライア、悪いがお前をこんな所では死なせねえ」
この後の展開は嫌というほど頭の中に残っている。遠くからかすかに聞こえてくる馬の大地を蹴って走ってくる音。
それは騎士の中の生き残りだ。
俺はなおも残ろうとするライアの首筋に手刀を打ち込む。
「マ、ゼ、ル、ス」
「すまないな、ライア。また会おう」
「勇者ライア様! お助けに参上し……」
俺が生きていたらな、そんなことを考えながらこちらへと迫ってくる騎馬めがけてライアを放り投げる。
「そいつが勇者だ! 早く逃げろ!」
「あ、あなたは……いえ、これ以上何も言いません。ご無事で」
あいつが正式な勇者の最初の仲間である騎士オルスラーンだ。
「おいおい、私が勇者を逃がす訳がないだろう」
「お前の相手はこっちだ!」
そう言って俺は明らかに力量差のある大悪魔に斬りかかる。あの時、勇者を逃がしたゲームの無謀な幼馴染マゼルスと同じように。
上手くいってくれよ。
脳裏に没となったであろう設定を思い浮かべながら俺は必至で斬りかかるのであった。
♢
「ふむ、まさか人間如きがこれ程の力を有しているとは。お陰で勇者には逃げられるわ我が配下はこのザマだわで散々だな」
辺り一帯が焼け野原になっている。周りにはバアルの配下である悪魔達が死屍累々となっており、その真ん中に俺は体力が尽きてその場に膝をついていた。
魔法も装備も貧弱なまま結構頑張った方じゃないか? これは。
一応バアルの行動パターンはすべて把握していたため、もしかすれば勝てるんじゃないかなんて思って滅茶苦茶頑張ったけど、バアルは回復するわ防御力高すぎて攻撃は通らんわでほぼ無敵状態じゃねえかよ。
没設定のルートに進むのは中々気が引けていたから、勝てるなら勝ちたかったんだがな。
仕方ないか。
本来であればマゼルスはここで最後、バアルの振りかざす三又の槍に貫かれ、死亡する。
しかし、俺は元よりこのまま死ぬつもりはない。
勇者を助けて俺も生き残る、そのルートはあの没設定しかないのだ。
「本来であればここで貴様を屠って終いだが、貴様の強さはここで失うのは惜しい。魔法も使わず我と戦える者などそうは居ないだろう。どうだ? 我と共に来ないか?」
普通なら首を横に振り、死を選ぶだろう。だが生憎俺に死ぬつもりなどない。
俺はここで生き残る選択肢をするためにここまで過ごしてきたのだ。
ここからあの没設定どおりにいかなければジ・エンド。これに懸けるしかねえ。
「……ああ、お前と共に歩もう」
俺の返答が意外だったのかバアルは目を見開き、俺の方を見る。
しかし、俺の目を見て本気だと悟ったのか、スウッと右掌をこちらに向けて差し出してくる。
「まさか貴様がここで屈するほど貧弱だったとは思わなかった。だが一度誘いを提示した手前、無碍に断るのも癪だ。一つ条件を付けよう。貴様がこの手を握り、契約を使えれば我が配下にいれてやる。その代わり使えなければ即刻貴様をこの槍で貫いてやる。さあ、どうすってはやっ!?」
「話が長えんだよ。契約なんざこちとら余裕で使えんだこの野郎が!」
俺はバアルの長話を途中で遮り、本屋に寄った際に得た魔導書で覚えた魔法、契約を用いてバアルの手を握る。
バアルから強大な魔力が流れてくるのを感じる。そして徐々に俺の体が人間の体から悪魔の体へと作り替えられていくのを感じる。
「ふん、その不遜な態度も気に入った! 今日から貴様は我がバアル軍の副将である!」
そうしてマゼルスが唯一生き残る没ルート、『悪魔転生』が見事成功するのであった。
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