メインシナリオの裏側の、裏側5
アレ。道具。駒。
人形。能面女。
マトモに『私』を認識されなくなって、何年経っただろう。
初めは意味が分からなかったし、疑問にも思ったし、腹も立ったし、悲しかった。
でも、そんな感情はもう、どこからも湧いてこない。悪し様に言われても笑われても、何もない。
今、目の前に居る人間達が、突然死んだとしても、私は何も感じないのだろう。感情というものが、元々無かったように。
私は、薄情な人間かもね。
そう自嘲気味に呟けば、彼は首を振った。
『鈍くなってるだけだよ。これ以上、傷付かないように』
人には限界がある。体を酷使し続けると壊れてしまうし、心だってそうだ。体は、休んで治療したら治る。でも心は、根深い。
『一度壊れたら、元通りにはならない。だから守る為に、切り離してるんだよ』
そう思うようにしてる。第三王子は力無く笑った。
彼は、私の婚約者だ。あくまで、候補だけれど。顔合わせした時、お互いにすぐ分かった。同じだ、と。
私も、彼も、『愚か者』を演じていた。彼も、そうしないといけない事情があるのだろう。
だから、彼に対してあるのは愛情じゃなく、友人。同士のような想いがあった。
傍から見れば、私達の関係は良好だろう。いや、例えそうでなくとも、周りが勝手に進める。私達はいつだって、置いてけぼりにされるのだから。
『……もし、君を大事にしてくれる人が現れたら、気を使わないで言ってね。僕が破棄したって事にすれば、きっと大丈夫だから』
そんな人、現れるのだろうか。笑わない、気の利いた話もできない私を、大事にしてくれるなんて。
私達が話すのは、いつも未来の話。今を忘れられるなら、なんだっていい。
彼と会う時間は、いつも短く感じられた。『外』を知る機会は、彼との時間以外は無い。楽しい時間は、あっという間に過ぎてしまう。
『……本当の、道化にならないといいね』
楽しい時間は、いつもこの言葉で締め括られる。
演じ過ぎて、機を見誤らないように。現実に戻り、私達は『愚か者』になる。
彼が変わったのは、邪香の一件が起こった後だった。
あれは、父と兄が目論んだ事らしい。勿論、他にも加担した者はいるだろう。それを知った時、私が抱いたのは間違い無く、怒りだ。そして、自分もあの人達の血を引いているのだと思うと、嫌悪すら抱いた。
『気にしないで。君は知らなかったんだから。それに、僕はこうして生きてるしね』
彼はあっけらかんとしていた。笑みすら浮かべて。
以前の彼とは全然違う、笑い方だ。私が、ニセモノなんじゃないかと疑う程に。
『変わろうって、思ったんだ。ううん、変わらなくちゃならない。僕は、あの子に相応しい男になりたいんだ』
あの子。
こうして会える迄、時間が掛かってしまったが、手紙のやり取りはしていた。彼から返事が来たときは、無事を喜んだものだ。『あの子』は、手紙でも出てきた。
彼を助けた、東の領主の子。曰く、素直で明るくて笑顔が可愛くて、嘘が下手くそで時々辛辣だけど、いい所は褒めてくれるしダメな所はちゃんと言ってくれるしというかアメが多過ぎてたまに出てくるムチの破壊力半端ないけど、どんな情けない姿見せても見捨てずに、一緒に並んでいてくれる優しい子。……だという。
その時の手紙の量は、いつもの二倍はあった。文字からでも分かる程の熱量だった。
『…心配なんだ。あの子は僕の時のように、誰かの為に動いてしまうから。何もできないまま、あの子が居なくなったら、絶対後悔する。だから…もう、やめようって決めた』
あぁ、彼は出会ったのだ。大事だと思える人に。
不思議と悲しみはなく、私の心は喜びに満ちた。でも少し、羨ましくもあって。『あの子』に興味が沸いた。
『そうだね。きっと君も、あの子に会ったら、色々変わるよ。面白くて変わった子だから。でも…、いくら君でも、渡さないからね』
本当に、彼は変わった。諦めきった金色の目だったのに、人ひとりとの出会いで、こうも変われるものなのか。私はその日から、集められる情報は全て集めてもらい、『あの子』を知る事に没頭した。
私付きの従者は、元は母に仕えていた。この人達は、私を蔑ろにはしない。北の思想に染まらない、貴重な人達。そして、私には勿体無いほど、優秀。ひと月経つ頃には、『あの子』に関する情報は、私の部屋いっぱいに積み上がる程になった。
彼に見付かった時は、流石に怒られるかと思ったが、彼は黙って親指を立てただけ。その日から彼と私は、『同志』となった。彼は毎回幸せそうに、『あの子』の情報を頭に入れている。
ただ『あの子』を知るにつれ、不満も募る。私は会った事がない。こんなに『あの子』を知っているのに、本物に会えないのだ。ついには、本当に存在するのかと疑念すら出てきて。
『分かるよ…僕も会えてないもん。僕が作り出した幻覚なのかなって、たまに思う。文通してるから、それで正気に戻るんだけど』
彼は今、自分の周りを片付けている最中だ。あの子のお姉さんに宣言した手前、完了するまでは会いに行けないのだとか。私には、その出会う為の理由すら無いのだ。
どうにかして、東に行く口実は無いものか。考え悩む日々の中、従者からの吉報に私はすぐさま、最近領主になった兄の元へ。……父は表向きは病死となっていた。そういえば私は結局、葬儀にすら呼ばれなかったのだっけ。
『あの子』だ。
本当に居る。動いている。喋っている。
赤銅色の髪、同色の丸い目。小柄に入る体格だが、毎日鍛錬している御蔭か線がキレイ。姿勢もキレイ。
挨拶を交わしながら、私は必死に胸の高鳴りを抑えていた。表情筋は元々動かない方だから、大丈夫な筈。従者の人達がさり気無く支えてくれていなければ、一気に振り仰いで後頭部強打していたかもしれない。それ程私は興奮していた。光の双子には感謝だ。此処に来る口実を与えてくれたのだから。
お姉さんには少し、胡乱な目で見られてしまったけれど。
…そういえば、兄が光の双子に関して何か言っていたが、従うつもりは毛頭無い。双子に何かあれば、東の領主……引いては『あの子』に迷惑が掛かる事は明白。私は兄の思惑を隠す事なく提供した。これで、双子の周りは警戒され、例え他の手の者が来ても守られるだろう。
でも、南の姉弟まで来ているとは思わなかった。向こうは純粋に、戦いたかったようだ。
あの二人とは何度か会った事がある。場所は中央で、何かのパーティーだった。私はオマケのようなもので、興味も無かったから詳しくは覚えていない。ただ、嫌われているのは分かったので、近付かないようにはしていた。
元々、落ち着きの無い姉弟だとは、思っていたけれど……まさか弟の方が、他国でも暴れてるなんて。私は心配で、すぐに追い掛けた。
『あの子』の魔力保有量は、普通だ。対して南の弟は、第三王子とそう変わらない。どう考えても不利、負けてしまう。目の前で『あの子』が大怪我を負ってしまったら、私は気絶してしまうだろう。自分が行っても何もできない。でも、私には優秀な従者が居る。もしもの時はすぐに助けられるよう、近くに居るのだ。
…………『あの子』が、勝った。
驚くと同時に、私は心の中で歓喜した。『あの子』は例え不利だと分かっていても、諦めずに、誰かを守る為立つのだろう。生で見れた感動で足元が覚束ない。
でもやっぱり、魔力枯渇を起こしているようだ。上手く歩けないので、双子と共に座り込む。
辛いだろうに、此処でも他を心配していた。私は休んで欲しい一心で、話しかけた。お礼を言われた時は、心臓が引っくり返ったかと。笑顔を見れたのだ、それだけで私には充分過ぎるお礼だ。
でも、困った事に。会えれば満足できると思っていたのに、もっと知りたいと、見守りたいと次々と欲求が溢れ出てくる。この気持ちは、一体何なのだろう。
「僕は推し活をおススメする」
「兄さん?」
「僕らは二度もこの人に助けられた。貴族なんて、平民を家畜かなにかと思ってる奴らだと思ってたけど、この人は違う。僕らを命がけで助けてくれる、とても心の広い、慈愛に満ち溢れた人なんだ。推さずしてどうする」
「兄さん?」
「それに全然偉ぶったりしない。寧ろ気さく。親しみが愛嬌が全身から出まくっている。もうこれは祈りの領域だ」
「兄さん?」
『推し活』というものを教えてもらった。
私のこの気持ちは、それに該当するという。確かに、『あの子』の情報を読んでいる時は満たされているし、高揚もする。『あの子』の行く末を見守り、応援したいと心から思う。
ならば、私はそれをすべきなのだろう。けれど……障害がある。
兄弟の存在だ。向こうに、知られたくはない。私が興味を持ってしまったのだ。向こうもそうなってしまう可能性がある。
まずは、安心かつ健全な『推し活』をする為の環境作りから。それには、私が力をつける事が必須。
誰かに頼るんじゃない、自分がやる。いや、やらねばならない。
学園に行くのは三年後。私は三年で、やり遂げる。
私の意気込みが伝わったのか、従者の人達も、惜しみない協力を約束してくれた。
……二年半後。
「北で反乱起こってたじゃん?勝ったみたいよ、姫人形」
「マジで?……すげーなオシカツって」
「?なにそれ?」
最初、十話ぐらいでまとめようとしてたら全然でしたわ…。
次からやっと学園編へいきます




