メインシナリオの裏側の、裏側4
母は、とても優しく、時にとても厳しい人だった。
父はそんな母にベタ惚れで、子供の前でも甘い空気を隠そうとはしなかった。
姉と俺は、そんな両親の愛情を受けて、のびのびと育った。二人とも風属性で、どっちが物を長く浮かせられるかとか、何処まで遠くに飛ばせるかとか、思いついたものは全て試して。
好奇心が強い所と、好戦的気質は、間違い無く父譲りだ。
「こうしてさ、風を纏わせたら、父上みたいに飛べるかな?」
「やってみよ!」
どうせなら高い場所で、と姉と俺はためらいなく崖から跳んだ。……姉は、やると決めたら止まらないのだ。俺も人の事言えないけど。
勿論、二人して失敗して、二人して大怪我して。母に怒られた。それはもう、烈火の如く。
それまでは母の優しい部分しか見てなかったから、驚きの方が勝っていた。姉は知っていたらしく、滅茶苦茶小さくなって半べそで。父も、出入り口近くで顔半分出すだけで、決して入って来ようとはしなかったっけ。
母上は昔から、本気で怒ると恐いのだ。……と、後から教えてくれた。そこも含めて惚れていると惚気もついたが。
でも母が怒ったのは、俺達が、下手をすれば死んでいたかもしれないバカをしたからだ。二人して本気で反省した。心配させないように……は、無理だったけど、それからは気を付けて修行するようになった。
幸せだった。
いつまでも、両親は変わらず居ると思っていた。
流行り病は、多くの領民だけでなく、母の命も、あっという間に奪っていった。
「こんなとこに居たの」
「……姉上、……」
「いやー、滅茶苦茶怒られちゃったね。はは、何年振りだろ」
姉はいつも、どんな時も、こうして来てくれる。ひとりにはしてやらないと、言わんばかりに。
俺はそんな姉に甘えていた。母が居ない寂しさを、埋めてくれたから。
「ごめん。もっと、私は怒るべきだったかも」
「姉上が、謝ることじゃない」
「ううん。私がちゃんとあんたに教えられてたら。……母上だったらどうしてたかなって、考えるの。でも、やっぱり駄目ね、私は。母上にはなれない」
「……姉上は姉上だ。父上だって、父上にしかなれない。俺は、姉上に母上の代わりになって欲しいなんて、思ってないからな」
俺が俺でしか居られないように、姉も、姉でしかない。誰も、他の誰かになんてなれやしないんだから。
「だからその、……ごめん。俺、甘えてた」
「…いーよ。私だって、頼られてたから、立ててたようなモンだし。お互いサマってことにしとかない?」
姉のこういう所は、かなわないなと思う。結局俺達は、お互いに寄り掛かっていたのだ。でも、今がいい機会かもしれない。
「私さぁ、中央に行くじゃん?どうしようかと思ってたんだよね。父上はヨロヨロだし、あんたはヤンチャだし、私も…まぁまぁアレだし」
「何だよアレって…。姉上もたまにバカやるじゃん。変なトコぼかすなよな」
母が居なくなってしばらく後、二人して、止める者も居ないまま大暴れしたことがある。その時は父が出てきて、やっと終わったんだっけ。まだ現実を受け入れ難くて、どうしたらいいのか分からなかったから。
「はは、まぁー…だからさ?行かなくていいかなって思ったりもしてたワケ。でも、あの子達が居るなら行ってもいい……ううん、行きたいなって、変わったんだ」
「行けばいいじゃん。俺も三年後には行くし」
「同い年だから、弟君確実に居るしねぇ?」
「そんなんじゃねーし。俺は俺の成長の為に行くんだし」
「あらー?あんたから成長なんて言葉が出てくるなんて!ふぅーん?へぇぇぇ?素直じゃないわねー」
ニヤニヤしている姉の顔がちょっと腹立つ。
姉は東の姉弟が気に入ったらしい。自分で言うのもなんだが、俺らは強いし同年代には怖がられてる。物怖じせずに向かってくるのは、大人ぐらいで。『友人』と呼べる存在が、俺達には無かった。対等な立場で、意見してくれる存在なんて全然。
だから、まさか弟のヤツにあんだけ怒られるなんて思わなかったし、姉のヤツにあんだけ威圧されるとも思っていなかった。
「手合わせ、したのかよ」
「そんなヒマなかったわよ。でも強いわ、あの子。中央に行けばいくらだって手合わせはできる。楽しみ!それにねー…、弟君直々に頼まれたのよ」
「は?何をだよっ」
「あら必死。まぁ私、姉ですし?あんたのやらかしを先に謝っといたのよね。あんたからの謝罪じゃないと意味が無いって蹴飛ばされたけど」
「何勝手してんだよ!?俺だって整理ついたら……、…あ、謝りに、行くつもりだったのに……」
「聞こえないわよー?で、他に私に出来る事ないかって聞いたらさ、中央で姉さんを守ってほしいってー!可愛い事言うよね!快諾しちゃった」
「なんでだよ?!必要あるか??!」
「分かってないわねー!あの子は中央の男共から守ってくれって言ったのよ。王族の婚約者って言っても、候補でしかないんだから。変な弱い虫に目を付けられたら、面倒でしょ」
中央の奴らは守られ過ぎて、正直弱い。経験値が圧倒的に少ないから、魔物を前にした時の姿は無様だった。こんなもんか、と姉も俺も呆れた記憶しか残ってない。
「それより、謝るなら早目にしなよ。あんたは私よりやらかしてるんだから」
「わ、分かってら」
「……大丈夫よ。スジを通せば、分かってくれる子だから。それに母上も言ってたでしょ、意地を張らずに素直になりなさいって」
姉は立ち上がると、手をひらひら振って、行ってしまった。俺がまだ、踏ん切りついてないと分かっているのだ。素直になれと言われて、はい分かりましたとすぐ切り替えられる訳がない。
「……アナタは反省できる人間なのね」
「うをっ??!」
「…いつから居たのかって?お姉さんの『こんなとこに居たの』…からかしら」
「結構最初から?!居るなら出てこいよ!!?」
「……水を差すのも悪いかと思って。聞くつもりは無かったのだけど……、謝った方がいいかしら?」
北の姫人形。二、三度会ったぐらいで、話したのは今が初めてだ。しかし、気配が無い。
「…お姉さんは、私を嫌っているようだから…出ない方がいいと思ったの」
「……嫌ってるのはあんたじゃなくて、北の思想そのものだ。まぁ、能力あるのに使わないあんたにも、思うとこはあるみたいだけど」
「……、…そう。やっぱり、話してみないと分からないものね。……訊きたいのだけれど、アナタ、ドキドキした?」
「は?」
「……あの子と出会った時、戦った時、盛大に負けた時、どこでもいいのだけれど、ドキドキした?」
……何コイツ。フツーに話せんじゃんと思ったけど、何考えてんのか全然分かんねぇ。
「……やっぱり怒られた時、かしら?」
「人を変態扱いすんな。してねーし」
「……そう。じゃあやっぱり……推し、なのかしら…」
「オシ?」
「……私は推し活を始めるべきなのね…」
「オシカツ?」
「…やる事…、いえ、やりたい事が出来たの。なにから始めるべきか、手探りしながらになるのだけど」
「…ふーん、」
「………。……そうね、決めたわ。三年。三年で私は、推し活に相応しい環境を作り上げるわ。勿論、その間も推しの情報も集めておかなくてはね……」
「……」
「………ふふ、なんだか考えれば考える程、活力が湧いてくるようだわ…!これが、推しがいる喜びなのね……!」
うふふうふふと、姫人形は行ってしまった。
ここは、姫人形が笑った…!とか、めっちゃ喋った…!と驚くところなのか、俺には分からない。
分からないが………、
「…謝りに行こう」
あいつとは、友達ってやつになりたい。そう思った。




