私はこの世界の全てを知っている ちょこっと
記憶がない少年が全てを語るのは無理なので、前作主人公ちょこっと復活
…息子さん、本当にいい人だなぁ。
私は寝入ってしまった息子さんに、シーツを掛けた。無いよりはマシだろう。
それにしてもまさか、軽く走ってくるかと離れていた時に、南の暴君が来ていたとはなぁ。ちらと見ると、暴君のお姉さんらしき人…いや、髪色とか同じだから姉弟だな。が、ずっと頭下げてる。
それで、あの人が、領主の息子さんのお姉さんか。あんまり似てないけど、怒ってるあの空気は同じだ。
息子さんが炎の壁を出したあの迫力。魔王になったのかと心配になったわ。目に見えて怒ってたしね。兄達をこんな目に遭わせた、あの南のヤツはしばきたいけど、息子さんが言いたい事全部言ってくれたし、会心の一撃を決めてくれたし、まあいいか。
息子さんの声よく通るから、全部聞こえてたんだよね。此処に居る全員、あなたの味方だよ…!
…これで改心していないなら、鼻フックも視野に入れておかないとな。
悔しいかな、私も兄もまだまだだ。息子さんが来てくれなければ、お姉さん達が来てくれていなければ、どうなっていたか。魔力枯渇するまで治癒を使っても、全員は助けられなかっただろう。
記憶があろうとなかろうと、未熟だ。もっと、鍛錬を積まなくちゃ。
兄も同じ気持ちだったようだ。強くなろう、と頷いてくれた。
さて、切り替えよう。
まさか此処でメインキャラに会うなんて。学園行くまでは会わないと思い込んでたよ。
確か、南の姉弟。弟がメインだったような。あ、いや違う。主人公が性別選べるから、男主人公選んだ時は、立場が入れ替わるんだ。
なんか…なんでシナリオそのままなんだと苦情が出て、そういう形になってしまったって、友人が嘆いてたな。みんながみんな、何でも来いな懐を持ってる訳ではなかったんだね。
それはともかく。姉弟揃ってるから、まだあの事件は起きてないって事か。
南の家族は仲睦まじかったけど、母親が流行り病で亡くなってからは、一変。屋敷からは明るさは消え、残された家族は悲しむばかり。特に、弟は母親が大好きだったから憔悴しきっていた。
このままではいけない、と姉は己を鼓舞し、弟を元気付ける為に勝負を仕掛け続けた。元々、好戦的な気質の姉弟だ。ゆっくりだが、以前のような活気ある空気に戻っていった。
けれど、問題も。弟は姉といつも本気の手合わせをしていたので、手加減というものができなかった。それは相手が弱いからだと思い込み、直そうとはしなかったのだ。姉は再三、注意するが聞き入れられない。それどころか、勝負で手加減されて嬉しいかと言い返される日々。
そして、それは起こる。いつもの手合わせの筈だった。けれど、戦いに集中し過ぎて、弟の魔力が暴走。姉に致命傷を負わせてしまい、それが原因で亡くなってしまう。
自分を責める弟に、あなたのせいじゃないと、最期まで言い続けて。
弟は、責めた。そして誰も近付けなくする為に、乱暴に振舞うようになった。家族を死に追いやった自分は、罰を受けるべきだと。独りでいいと……。
………、
…………これから、その悲劇が起こる、だと……?
私は思わず南の姉弟をガン見した。どうしよう、どうしたらいいんだろう、予知夢?予知夢で姉弟に悲劇起きるよって言う?いや、信じられんわ。鼻で笑われて終わりだわ。一体、どうしたら……?!
「本当はあなたからじゃなくて、そっちから謝罪の言葉を聞きたいんだけど」
「い、いや、この子、実は私以外でこれが初の黒星なのよね?」
「だから何だというのかしら。私がもう一つ付けてあげましょうか?」
「や、やめて?!これ以上この子のメンタル潰さないで!?」
…あ、よく見たら弟の方起きてる。スゲー影背負ってる。なんかブツブツ言ってる。典型的ないじけスタイルだな。たった一回負けてあのへこみ具合……メンタル激弱か。
「この子あんなど直球で怒られたの久しぶりなのよ!!お願いだから、今本当に反省中だから、自分で答え見つけられるまでそっとしといてあげて?!」
「バカみたいな答え出したらただじゃ置かないわよ」
あー……、息子さん、オブラート無しの全否定だったからなぁぁ…。私らはスカッとしたけど。
なんか、あの様子だと大丈夫っぽい気がする。弟さんの頭は、少なくとも冷えてはいるみたいだし、再燃しても、あのお姉さんが返り討ちしそうだし。まだこっちに居るのなら、姉弟で話し合いできるかもしれないし。うん。大丈夫って事にしとこう。
「………」
なんか…見られてる。銀色の髪が美しいお姫様みたいな子に。
この子……誰だ?メインキャラだったかな。確か、北のって言ってたっけ。
「…あなたたちも、仲、いいのね」
「あ、はい。たった一人の妹ですし」
「……私にも兄様がいるの。弟も、一人。でも、二人共、私を家族だと思っていないわ」
…あ、北の領主の妹さん。メインには話がちょこっと出るくらいで、第三王子の婚約者ってだけしか情報が無い。実の兄からも弟からも、駒か道具呼ばわりで、高い魔力を保持してるのに、満足な教育を受けられなかった。意思が無いお人形のような女性、だったかな。
実際は意思はちゃんとあるし、自分の置かれた状況を分かってる感じだ。多分、北じゃ何を言っても聞いてもくれない上、女ってだけで発言は許されないから、お人形を演じてるのかも。
…主人公が会うのはお兄さんの方で、その出会いで変わっていく流れだったが。お兄さんか……。記憶があるせいで何が変わろうとも、鼻フック一択だわ。パワハラセクハラモラハラ、断固許すまじ。
「あの…、失礼かも、だけど、ケンカしてるの?家族と」
「…ケンカ。……ケンカって、対話ができる相手とするモノでしょう?それすら、私には無意味だもの」
私もたまに、兄とケンカする。おかずが多いとか、おやつが少ないとかで。
そもそも向こうが、妹ではなく道具としてしか見てないから、ケンカのしようがない。
「…もっと小さい頃だったら、できてたかもしれない。今とは違う形になってたかもしれない。たまにそう思う時があるけど……考えても、仕方ないもの」
兄が困った顔になっている。私も記憶が無かったら、同じ顔してただろうな。重い家庭事情だもの。
幼い頃は普通だったのかも。でも周りの大人達と環境に、兄弟は変えられた。でもなぁ…、今妹さんを蔑ろにしてるのは、間違い無く兄弟自身の意思だと思うのよ。
おかしいって思っているなら、況してや領主という立場を手に入れられたのなら、真っ先に妹さんを助けようとするんじゃないの?
妹さんの諦め切った表情を見る限り、今日に至るまで何もしてないんだろうよ。
「期待、しない方がいいよ」
「…え、」
気付けば私は口走っていた。
「昔には戻れないって、分かってるんだよね。なら、お兄さんが戻ることもない。弟さんも。他人が変わるのを待ってちゃダメ。自分が動かないと。変えられるのは、他人じゃなくて自分だけだよ」
妹さんは驚いた顔してる。隣の兄もだ。私は眠る息子さんを見た。
「そう言いたかったんだと思う。寝ちゃったけど」
変わるのは、相手じゃなくて自分。
息子さんも、気付いてたんじゃないかな。諦めながらも、捨て切れていない家族への情に。
「できないじゃなくて、やるの。どうにかして前に進みたいなら、やるしかないよ」
息子さんが少しでも、できない無理だって思っていたら、倒れてまで私達を助けようとはしなかった筈だ。
「どこかでそうしたいって思ってるから、ずっと見てたんじゃないの?」
そう。私は見ていたぞ。妹さんが、二人の戦いを物陰から見ていた姿を。多分、この人が誰よりも到着が早かった。息子さんが勝った時は、びっくりしてたな。
「…!」
妹さんが赤くなった。私に見られていたと気付いたらしい。
何を思って、息子さんを追い掛けていたのかまでは分からないが。
「……わ、わたし、その…この子の話をずっと聞いてて、それで、本当なのか、会いたくなって」
息子さん、知らない所で有名に?誰だろう、従者の人達かな。
「本当、だったの…。こんな風に、人の為に動ける人がいるだなんて、わたし、さっきからドキドキしてて、」
してたのか。全然冷静に見えてた。なんなのかしらと赤い顔で困る妹さんは、なんだかかわいい。
そこで隣の兄が、ハッとした顔になった。
「それ、きっと……!」
あ、兄よ、言っちゃうのか。
「推しに出会えた喜びだと思う!!」
兄?
主人公の兄がファンになったキッカケ




