第42話 一番下に行きたい!
こんにちは! 鷹司タカシです!
有意遺跡の塔の中で、毛むくじゃらの七手土吐人に出会いました。
それじゃ退散しようかとなった時、ミコちゃんの声が響きました。
《タカシ、聞こえるか。おめぇを塔の最下層で待ってるぜ。すぐ来てくれよ。じゃねぇと……人が死ぬぜ?》
それっきりミコちゃんの声は聞こえなくなった。
ぼくは周囲をきょろきょろ見回してみたんだけど、どこにもミコちゃんの姿はない。
「今のは塔内放送ね。建伊和命は放送室にいらっしゃるんだと思う」
トロンとした目の女の子が教えてくれた。
「放送室? それって、どこにあるの?」
「お前、そんなことも知らねーのかよ。放送室は各塔の最上階にあるんだぞ」
ギロッとした目の男の子が教えてくれた。
目つきも口も悪いけど、何だかんだ優しいやつだ。
二人が教えてくれた情報によると、どの塔の放送室から放送してもすべての塔に流れるらしい。
さっき外から見た限りでは、塔にはてっぺんの他に入り口になるようなところはないし、今ここに彼女はいない。
となると、彼女は別の塔にいるってことになるから、
「じゃあ、まずはミコちゃんがどの塔にいるかを調べなきゃね。それから、その塔の最下層に向かおう」
「いや、最下層は繋がっておるよ」
お年寄りの七手土吐人も親切にしてくれる。
「と言っても、わしはそこに行ったことがないから、実のところ、どうなっておるかはわからんが、な」
「どんなところなの?」
「平たく言うと、役所じゃよ。お偉いさん達が政治をしたり事務作業をしたりとか何とか。これも詳しいことはわからんが、な」
「ふぅん……下にお上がいるのか」
「じゃが、そこに行ってはいかんよ」
なぜなら、塔の中には魔物が潜むから……。
「魔物って……どんなの?」
「わからん。昔から、そういう言い伝えがあるんじゃ。じいさんから、もっとよく話を聞いておけばよかったの」
「ジーチャンの頃までは言い伝えがきちんと伝わってたんだね」
「いや、わしのじいさんも『じいさんから、もっとよく話を聞いておけばよかったの』と言っておったわ」
確かなことは、魔物がいるとの言い伝えがあること。
好奇心に駆られて塔の下に向かった者は誰一人として帰って来なかったこと。
人々は恐怖し、塔の拡張に伴い、常に上へ上へと移動して暮らしてること。
そして、たとえ本当に魔物がいようとも、ぼく達は塔の最下層に向かわなきゃいけないってこと。
「きっとテロリストどもから皆を守ってあげるからね。安心して」
「不安じゃ」
「カーチャンは強いから平気だよ」
「安心じゃ」
もう絶対に誰の悲しみも見たくない。
そのためなら、どんな努力だってしてみせる。
だから、皆は今のうちに避難してね。
「断るよ」
「いってらっしゃい」
「頑張ってくれよな」
「それじゃ、工事の続きを始めよう」
ちょっと待ってほしい。
「今は工事なんてしてたってしょうがないでしょ! 死んじゃうかもしれないんだよ!?」
国民性ならぬ人種性とでも言うものなのかな?
別に義務でもない、刑罰でもない、それどころか自分達ですらどうしてしてるのかわかんない拡張工事を続ける。
七手土吐人はそう言い張るんだ。
「宮仕えの方もいらっしゃるし、あんたらは予言の戦士達だって言うじゃないか。それなら、どうぞ頑張って。ただし、工事の邪魔はしないでほしい。それと、塔を壊さないでくれよな。あんたはすごく強いみたいだからさ」
「任せなさぁい!」
カーチャンは分厚い胸板をどんと叩いた。
ここで避難するよう頼みこんで時間を浪費するわけにもいかないもんね。
うん。
それじゃあ、有意遺跡の塔の最下層に向かって、
「行くよ!」
「参りましょう!」
「行くわよ!」
「行こうぜ!」
……一人多くない?
その正体はギロ目の男の子。
「外じゃねーけど、冒険に出られるんだ。やっと掴んだこのチャンス、逃がさねーぞ!」
間髪を入れず、七手土吐人の大人達から、反対意見が怒濤の如く押し寄せた。
少年は舌打ちをして、
「大人は勝手なことばっかり言うんだもんな」
「私、子供だけど反対よ」
トロ目の少女が口を挟む。
「塔の下が危険なのは言うまでもないけど、あなた、工事の仕事はどうするの? 塔作りの担い手としての誇りはないの?」
「チッ。危険については、戦士がいるから大丈夫だしよ、誇りとかはクソどーでもいい。はい論破」
「銑銑!」
「俺達には自分で自分の人生を決める自由がねーのかよ? 俺はそんなの堪えられねんだわ」
そう言い終わると、少年は走り出し、人ごみを掻き分け、階段を下りていった。
「行くわよ、タカシ。皆さん、あの子を連れ戻しますから、ご安心くださいね」
ぼくとカーチャンと宝百合ちゃんは彼を追いかけて階段を下りた。
そして、ぼく達が下の階に来た時……物陰からたくさんの卵が飛び、天井にぶつかって割れたと思いきや、瞬く間に固まって階段の通路を塞いだ。
もう最上階には戻れない。
「へっへーん。どうよ!」
手のような形の顔に、勝ち誇った表情を浮かべる少年。
「壊せばいいだけじゃない」
ぐっと拳に力をこめるカーチャン。
連れ戻されちゃ堪らないと、ギロ目の少年は走って逃げたけど、そうする必要はなかったかもしれない。
「それはダメ!」
トロンとした目の少女がカーチャンの腕にしがみついてる。
この子、道が塞がれる前に滑りこんでたんだ。
「この塔は七手土吐人の誇りなの! お願いだから破壊しないで……!!」
「でもねぇ……」
「カーチャンさん、わたくしからもお願いします。有意遺跡は皇室によって重要文化遺産に認定されているのです」
宝百合ちゃんの説得もあって、カーチャンは矛を収めた。
と同時に、毛深い女の子とともに、ぼく達はやんちゃ坊主を追いかけ始めた。
白濁色の建材がほんのり発光してるので助かる。
急がなきゃ大変だ。
どこに潜むかわからない魔物に、あの子が殺されてしまうかも……。
「どぅあぁっ!!?」
白濁色の道を進んでいると、壁一面にびっしり毛が生えてる光景に出会した。
「何これ!? ま、魔物……??」
「よく見て。私達、七手土吐人の仲間が壁にへばりついて寝てるだけよ」
トロ目の少女が冷静に指摘した。
「あっ、なーんだ。壁にへばりついて寝てるだけかぁ。……なんで壁にへばりついて寝てるの?」
「夜勤工事で働く人達が寝る場所なの」
「いや、そうじゃなくって、なんで横になって寝ないのかってことだよ」
「えっ、あなた達は横になって寝るの!?」
生態の違いだった。
再び走る。
どこまで行っても壁や床や天井の色は変わらないけど、そこかしこに部屋があって、当たり前だけど、きちんと住居として造られてることがわかる。
「あっ、瘤瘤だ!」
その部屋のひとつからざわめきが起こった。
窓越しに見えたのは、
「教室?」
「そうよ。私も普段通ってる」
「今日はどうして登校してないの?」
「ま、自分で言うのも何だけど……私って出来がいいの」
彼女の説明によると、ギロ目の男の子と彼女はあまりにも建築魔法が得意なので、魔法の授業を免除されて、工事現場で働く許可をもらったんだそうだ。
「あいつは屋根と壁の隙間から外を覗けるって喜んでるけど、私はそんなちっぽけな自由なんかよりも……あっ」
何度目かの階段を下りたところで、逃走少年が待ってた。
「ここまで来れば、最上階まで俺を連れ戻そうなんて気は起こらねーだろ。んじゃ、冒険しよーぜ!」
呑気な少年の頭に、カーチャンの拳がゴツンと落とされた。
「勝手なことをしちゃいけません!」
「うぐ……手加減を知らねーのか、この筋肉ブス」
「もう一発必要ね」
「いでぇ! やめろ、やめろよ! 俺が何したって言うんだよ」
「危険な場所に行こうとしてるじゃない。きっと今頃、あなたのご両親も心配してるわ」
「子供を縛る親なら要らねーよ」
「何ですって!」
全身の筋肉を軋ませるカーチャン。
「待って、カーチャン。あんまり暴れると、塔が壊れちゃう」
「いっけない。危うく塔を丸ごと破壊しちゃうところだったわ。殴るのはやめて、教室のところまで連れていこうかしらね」
「おーらっ」
少年は躊躇なく階段の通路を塞いだ。
「なんてことを!」
「これでもう後戻りはできねーだろ。俺をパーティーに加えるしかないよなぁ?」
どうしても冒険したいって気持ちはわからないでもないけど、これはまずい。
カーチャンの体がわなわな震える。
ああ、どうかカーチャンが人を殺しませんように。
「……あんた達、名前は?」
「俺か? 銑銑ってんだ」
「私は瘤瘤。こいつとは双子よ」
「私はカーチャン、この子はタカシ。宝百合ちゃんのことは……知ってるわね? それじゃ、銑銑、瘤瘤、行くわよ」
「ど、どこに……?」
カーチャンは歩き始める。
「塔の最下層よ」
その一言に大喜びの銑銑。
紫色の体毛に覆われた体を揺らしながら、カーチャンの後について歩き出した。
一方、瘤瘤はカーチャンの横を歩きながら、必死に反論する。
「魔物はすごく危険だと言われてるの。いくら私と銑銑が建築魔法に才能があるとしても、そんなのが通用するところじゃない。あなた達だけで先に進むべきよ」
「あんたの気持ち、わかるわ。だけど、人気のない場所に放置するよりは安全でしょ?」
「そーだそーだ」
銑銑が同調する。
そう、既にここは人っ子一人いない階層なんだ。
かつては七手土吐人が住んでたけど、塔の工事拡張に伴い、人々は上の階へと引っ越した。
魔物がいつどこから現れても、おかしくはなさそう。
宝百合ちゃんがしっかりフォローを入れる。
「大丈夫ですよ、瘤瘤さん。カーチャンさんにはタカシさんというお荷物を抱えながら戦い続けたという実績がありますから」
「そーだそーだ」
そこは同意しないでよ!
「それなら納得です」
瘤瘤もこれには反論できない模様。
いや、反論してよ!
ぼくがポンコツなおかげで話がまとまって、よかったやら悲しいやら……。