タケシボンバイエ
慣れって怖い。
自分が高い場所から落下するのに、生身じゃないと分かっていると、恐怖心が薄れるんだもの。
僕は城の上から、自分で飛び出した。
もし生身の身体なら、運が良くても骨折。
悪ければ死んじゃうだろう。
今の魔王の身体なら無事かもしれないけど、自分の身体なら絶対にやらない。
だって僕がしてる事って、本来なら投身自殺みたいなものだからね。
それが人形の姿なら、普通に立ち上がれる。
以前はさ、シーファクに蹴飛ばされて関節部分がおかしくなったりしたけど、今の僕は全身ミスリル。
蹴られたら逆に足折っちゃうよ。
話は逸れたが、この世界に来てから絶対に慣れない事に慣れてきたよね。
魔王様なんて呼ばれる事や、王や女王と対等に話す事。
それって首相や大統領と対等に話すのと、変わらないんだよ?
そんなの昔じゃ考えられない。
なんて言ったけど、一番大きいのは他人の死なんだろうね。
能登村や海津町が帝国に襲われた時なんかは、怒りと悲しみが混ざったようなやるせない気持ちがあった。
今はそういうのが無い。
本当は慣れちゃいけないんだろうけど、慣れないとやっていけない世界に来たんだと、自分のしてきた事を省みて思いました。
コイツは何を言ってるんだろうか。
どうにかしてジェラルディンを、モールマンから安全な場所へって言っただけなのに。
僕としては持ち上げて、運ぶと思っていたくらいだったんだけど。
自分が捨てるように投げておいて、その責は僕に?
そんな事は許さん!
「確かに僕が助けてくれと頼んだ。普通の人が女王をエスコートするなら、お姫様抱っこくらいはすると思ったんだけど。まさか投げつけるなんてねぇ」
「お前がどうにかして、モールマンから引き離せって言ったんじゃないか!」
「誰が投げるなんて選択すると、想像出来るんだよ!」
「咄嗟の判断だ」
「それは誤った判断だ」
「ぐぬぬ!」
兄と睨み合っていると、ジェラルディンが急に笑い出した。
「アッハッハッハ!こんな子供喧嘩するような連中に、私は助けられたってのかい。ハァ〜、私も若くないって事かねぇ」
「そんな事は無い!」
「そうですよ!」
ジャイアントの寿命なんか知らないし、ジェラルディンがいくつかも知らないけど。
とりあえず女性には、年齢の話は否定しておけば問題無い。
と、マッツンから教わった。
「別に良いさ。まさか地底で会ったアンタが、こんなに強いとは思わなかった。魔王というのは飾りだと思ってたんだけど、考えを改めないといけないね」
「魔王なんて飾りだよ。なあ?」
「そうだね。魔王なんて、別に居なくても困らない。こういう非常事態になった時に仕事すれば良いだけで、普段は飾りくらいで良いと思う」
「アンタ達、随分と大人びた考えをしてるんだねぇ。でも、分からなくもない。私も戦いが無ければ、飾り同然の女王さ」
再び笑うジェラルディン。
そして僕達も笑った。
この人、話してみると合うのかもしれないな。
あの時はその大きさに圧倒されて、建前でしか話をしなかった。
こうやって話してみると、いくつか僕達と共通点がありそうだし。
姿形も住んでる場所も年齢も性別も違う。
ましてや種族だって違うけど、この人とは仲良くなれそうな気がする。
「それで、モールマン達はやっつけたのかい?」
「凍りついたモールマンは、全部倒したはずだよ」
「簡単に斬れるから、ちょっとビックリしたけどな」
「アレは私も驚いた。何をしたんだ?」
「化学の実験かな?」
物質の構造や性質を変化させる。
化学と魔法が融合すると、案外何でも出来るものだね。
「まあ良い。それよりも、私の中ではまだ気になる事がある」
「気になる事?まさか、城を攻めるだけが目的じゃないと?」
「そうだ。私の嗅覚が、まだ悪巧みが終わっていないと告げている」
嗅覚ねぇ。
他の人ならここは鼻で笑うんだろうけど、ジェラルディンの嗅覚というのは馬鹿に出来ない。
じゃないとこんな所に現れるなんて、僕達でも想像出来なかったからね。
「だから気を付けなさい。まだ何か起こるかもしれないんだから」
「その通りだ」
見知らぬ声が聞こえた瞬間、ジェラルディンの左腕が斬り落とされた。
タケシ達は、三人とも別々の方向へと向かっていた。
タツザマとベティは一緒に戦えるだろうが、タケシにはあの二人の高速スピードについていく自信が無い。
その為タケシは、自分だけは別の場所で戦うのがベストだと考えたのだ。
「この辺で良いかな」
「貴方、死にたいようですね」
金色のモールマンは静かに怒っていた。
タケシに足蹴にされた事や、自分達の意思を無視して勝手に話が進められた事。
そしてプライドが傷付けられた事で、モールマンのハラワタは煮えくり返っていた。
ただし、それを表面に出すのはスマートではない。
ベティと違い彼は、それを静かに出すのだった。
「別に死ぬ気は無いけどな。それに、俺の方が強いし」
「それは驕りというものですよ」
「そう言うお前も、俺を侮ってるんだから同じだろ?」
「フフ、貴方はさっきの鳥よりも少しだけ頭が良いようです」
「マジで!?」
ベティよりも少し頭が良い。
馬鹿にしたつもりが、タケシには通用しなかった。
むしろベティに頭は劣っていると思っていたので、馬鹿にされたというよりも褒められたと勘違いしていた。
「や、やりにくいですね。行きますよ!」
ベティとは違い、言葉での誘導は通用しない。
金色のモールマンはそう判断すると、早々に攻撃を仕掛けた。
「ぬおっ!?重いな!」
モールマンのタックルを、全身で受け止めるタケシ。
数メートル後退りしたものの、それを受け切った。
するとモールマンの口から驚きの声が上がる。
「馬鹿な!?私の質量は、巨大化したブラウンの五倍ですよ!」
「ブラウンって何よ?」
「彼はとても厄介なモールマンですよ。一度見失うと、敵でも味方でもね。今頃は誰か食われているんじゃないですか?」
普通の色とは見分けがしづらいカラーリングだが、それも特殊個体の一体だった。
ブラウンは縮小拡大が出来るモールマンで、魔王とトキドに敗北している。
しかしタケシも金色も、その事実を知らない。
「巨大化ねぇ。ウチにも一人、いや二人か。そういうの居るから。問題無いでしょ」
あっけらかんと答えるタケシに、やはりやりづらいと感じる金色。
そして今度は、タケシがお返しと言わんばかりに、金色へドロップキックをお見舞いした。
だが、金色のモールマンはビクともしない。
むしろ蹴ったはずのタケシが、弾き飛ばされていた。
「いってえなぁ。硬過ぎるだろ」
「私の身体は誰にも傷付けられませんよ」
「フーン、それってモールマンの王でも?」
「えっ!?お、王でもですよ!」
しどろもどろに答えるモールマン。
それを見てニヤリと笑うタケシ。
マスクで口元しか見えないが、その笑みが金色の感情を逆撫でする。
「嘘だね。ホントは王様には勝てないんだろ?」
「うるさい人ですねぇ!」
苛立ちを隠せなくなったモールマンは、倒れているタケシへと馬乗りになった。
モールマンの口角が厭らしく上がる。
「この体勢では反撃も出来ませんねぇ」
左右の手を何度も振り下ろすモールマン。
振り子のように、一定のタイミングで殴り続けること数分。
モールマンはタケシの様子を伺った。
「もう終わり?」
「なっ!?」
タケシが両手で、モールマンのパンチをガードしている事は知っていた。
しかし金色のモールマンのパンチは、その重さから太田や権六が殴っているのと同等以上の威力がある。
それを全て受け切るのは不可能だと思っていたので、モールマンは驚きを隠せなかった。
「だ、ダメージは!?どうしてそんなにピンピンしていられる!?」
「ダメージ?そりゃ両腕とも痛いよ。ヘビー級のパンチ食らったみたいだったし。でも、我慢出来なくは無い」
「化け物め!」
「そろそろ交代だな」
再び拳を振り下ろそうとするモールマン。
その瞬間だった。
地面を見下ろしていた視界が急転、空を見上げているのだ。
「な、何をした!?」
「何って、マウントポジションを入れ替わっただけだけど。まさかあんな下手なマウントで、俺を制したつもりだった?」
「わ、私はブラウンの五倍は重い!」
「そうね、かなり重かったけど。でもバランス悪いから、殴ろうとした瞬間にこっちに力を入れると、あら不思議。簡単に転がせるんだな、これが」
今まで仲間内には、マウントポジションを取ったら一度も返された事は無かった。
それがいとも簡単に返され、挙句理由まで説明を受けている。
モールマンは混乱した。
「さてと、攻守交代」
岩で覆われていない場所を、丁寧に殴るタケシ。
モールマンはその痛みに、我に返った。
「この!この!何故だ、何故抜け出せない!」
タケシの下から逃れようと暴れるモールマン。
しかし、ガッチリとホールドされた身体は、タケシから逃れられない。
「この!やった!」
「喜ばせてすまんな。そうやって身体を反転させようとすると、俺はこの腕が取れる」
「うぎぎ!」
マウントポジションから逃れる事に成功したモールマンだったが、今度は腕ひしぎ十時固めを食らう。
力任せに持ち上げようとすると、痛みが走った。
しかし、タケシが力をフッと抜くと、モールマンはすぐに腕を引き抜く。
「何故外した!」
「いやね、こんな勝ち方じゃあ、喜ばないなと思って」
「どういう意味だ?」
「周りを見てごらんなさいよ」
モールマンは周りを見回した。
すると、いつの間にか騎士とジャイアントが大勢集まっているではないか。
「いつの間に?」
「戦場から戻ってきた連中だよ。そう、俺達のスペシャルマッチのオーディエンスだ!」
「な、何がオーディエンスだ!」
立ち上がったモールマンが、タケシヘ殴り掛かる。
するとタケシは、その腕を掻い潜ると、後ろから両腕を回し、そのまま身体を後ろへと倒した。
「バックドロップだ!」
後頭部を地面に叩きつけられたモールマンは、しばらく動けないで居る。
そこでタケシは立ち上がり、周りの騎士達を煽った。
「タケシ!ボンバイエ!タケシ!ボンバイエ!」
自らコールを要求すると、周りの騎士がそれに合わせて、手拍子とコールを始める。
それを見ていたジャイアントも、手拍子だけは一緒に始めていた。
「ジャイアントの皆さんもやってくれるとは。こんなに嬉しい事は無いね!」
「うぅ・・・」
「行くぜ!」
モールマンの胸に、チョップを何度も叩きつけるタケシ。
しかし胸には金色に輝く岩がある。
それを繰り返しているうちに、モールマンは息を吹き返した。
「この野郎!」
モールマンのフックがタケシの顔面を捉える。
カウンターで入ったタケシは、騎士の近くまで吹き飛ばされた。
しかしすぐに立ち上がると、彼は手拍子でまた騎士達を煽り始める。
「シャイ!シャイ!シャイ!シャイ!」
騎士達が腕を突き上げると、タケシは両手を挙げてモールマンを挑発。
それを見たモールマンは、怒りを露わにした。
「き、貴様ぁ!おちょくるのもいい加減にしろよ!」
「これが俺の戦い方だ」
モールマンは岩をグローブのように移動させると、ガツンと叩きつける。
硬い岩で殴りつけられるのは、相当痛そうな音だった。
「ただでは済まさんぞ!」
今までより速いスピードで迫ってくるモールマンに、タケシは少し反応が遅れる。
モールマンのパンチがタケシの顔面に直撃したと思った瞬間、タケシの姿が消えた。
「そいや!」
ただ屈んだだけのタケシはその腕を取ると、一本背負いでモールマンを倒した。
「ウイィィィ!!イッチバーン!!」




