入部届
「というわけで今日からよろしくな、蟹崎ぃ!それじゃあ、さっそく私を撮れ」
「いやです」
なぜかいきなり制服を脱ぎだそうとしている双葉部長を、僕は即答で拒絶した。
残念だけど、やっぱりここは僕の理想とする『映像制作部』とは程遠い、お遊び以下のふざけた部活だったのだ。
すぐにでも入部を取り消してもらわなければ。
「僕はやっぱり、入部しません」
「なっ、なんでだ!?お前監督になりたいんだろっ?」
「そうですけど、先輩達とは方向性が違いますから」
そう言ってそそくさと帰ろうとすると、急に慌てた様子で僕の前に走り寄ってくる双葉部長。小柄な体躯を大きく広げ、通せんぼをしているようだった。
「待った待ったっ、そんなこと言わないでさ、一緒に映像制作部でヤリたいことしようよ」
「いえ、ですから……先輩のはヤリたい、僕のはやりたい。目的が違いすぎますって……」
ヤリたいことする部活って何なんだよ、いったい。
「え~……せっかく新しい部員が入ってくれると思ったのに……」
双葉部長は腕組をしながら、ぶすっと膨れ面で僕を睨んでくる。
いや、そんな顔で見られても。
「クスクス。それじゃダメよ、双葉ちゃん。もっと『この部活に入ったら、こんないいことあるよ』っていうのを、ちゃんと蟹崎くんに教えてあげないと」
と、僕が反応に困って呆然としていると、後ろから助け舟のような言葉が舞い込んできた。2年の獅子堂先輩だ。
「おー、そっか!そうだなっ!もえにゃん、さすが!」
それは名案、とばかりに目を見開いた双葉部長は、急に笑みを浮かべて僕を見上げた。
「にっひっひっ、いいかい蟹崎ぃ。これを聞いたらきっとキミも私たちの『映像制作部』に入りたくなるぞ」
その自信ありげな態度に、少なからず僕は期待を寄せる。
「あ、もしかして、撮影機材使い放題とか、カメアシや撮影現場の手伝いのコネがあるとかですか?いや、自主制作映画を何処かで発表できるとか!?」
確かに、活動の実態はどうあれ、そう言ったメリットがあるなら部活に籍を置く意味は大いにある。寧ろ、それでこその部活だよな。
獅子堂さんの一言で、僕の拒絶反応が一気に揺らぎ始めていた。これは、メリット次第では入部もアリかもしれないぞ。
(よかった、部長の双葉先輩はちょっとヤバそうな人だけど、獅子堂さんは将来の夢はともかく、割とまともな人みたいだな……)
見た目も清楚だし、優しそうだし。何というか、僕のイメージする映画のヒロインにぴったりの人だな。―――なんて、ふとそんな風に思ったり。
「まずは~っと……」
と、入部のメリットをプレゼンするはずの双葉部長の言葉に期待の目を向けていた僕だったが、
「……ん?先輩、何してるんですか?」
双葉部長はここにきてまたもや予想外の行動にでたのだった。
なんといきなり、先ほどビショビショにしたスカートの中に手を入れ、何を思ったのか急にもぞもぞと中を手探りはじめたのだ。
「おっ、おぉ……くあぁっ、んあっ、うぅっ……あ、気持ちいい……っ♡」
「―――いや、ちょっと!マジで何をしてるんですか!?」
慌てて僕はツッコミを入れる。
この人、目の前でスカートに手を突っ込んでいったい何をしているんだ!?
もしかして僕のために、先輩が目の前で××××を!?
だめだ。そんなの、思春期真っ盛りの僕には刺激が強すぎる!
っていうか、こんな部室のど真ん中で!一般の面々が見ているこの場所で、そんな……許されるものか!
何度でも言うが、これは僕の健全たる熱い青春の物語なのだ。こんな意味不明な先輩によって終了して良い人生じゃないのに!
いや、というかこれ、何の時間なんだよ、いったい!?
「あっ、ああぁぁっ……んくっ♡」
ビクビクっと、目の前で小さなカラダが震えた。
呼吸を荒げながら、崩れ落ちそうな膝を何とか堪え、やっと立っているような様子の双葉部長。
頬を艶やかに染め、トロンと恍惚な表情を浮かべながら、潤んだ瞳でこちらを求めるように見上げている。
「はぁっ、はぁっ……♡」
「え、ど、どうしたんですか、先輩。もしかして、今のビクビクって……?」
変な想像が脳裏に電流のように流れ込んできたけれど、僕は全力でそれを心の中で否定した。そうだ、これは健全な日常だ、健全な日常なのである。
やましいことなんて、僕の目の前では何も起こってはいないんだ。
「で、出た……♡」
「……出た?」
出たって、何が。そう訊ねようとした僕を遮るように、双葉部長は僕の前に腕を掲げてきた。
「にゃひひ、ほら蟹崎ぃ。私たちの映像制作部に入ってくれたご褒美だ。これを入部特典としてキミにプレゼントしてやろう」
そう言って彼女が差し出して来たのは、ピンポン球だった。
心なしか、ちょっとヌルッとしたものが付着しているような。
「……あの、これなんですか?」
「さっきピンポンダッシュチャレンジで入れてた球」
「はぁ?」
いやいや、ちょっと待った。情報量が多いぞ。
「まっ、実際入れてみたら気持ちよすぎて、全然ダッシュ無理だったけどな、にゃははは」
あ、これはまさかあれか!?
前話で言っていたピンポンダッシュってそういうことだったのか。
いや、なんとか自分で納得しようと思ったけれど、どのみち意味が分からなすぎる。
「え、じゃ、じゃあ、その球……いまさっき、どこから……?」
スカートの中に手を入れて、変な声を出してビクビクしながら取り出したそのピンポン球は、果たしてどこからやってきたのだろうか。
なんか球濡れてるわけだし、それってつまり、そういうことだよな?
「お?聞きたい?」
「聞きたいっていうか……あっ!いえ、やっぱいいです大丈夫です!」
危ない、危ない!
答えを聞いてしまったら完全に僕の負けだった。
っていうか、いちいち罠を張りすぎだろう、色々な意味で!
僕はエロゲの主人公じゃないのだ。そこはコンプライアンス!自分の青春は、自主規制でしっかりと守らなければ!
自分の身は自分で守る、本当に大切な教訓だと思う。
このままでは僕の青春が危うい。
「ほい、蟹崎ぃ。手を出せ」
「はぁ……」
あまりの混乱に、僕は頭が真っ白になってしまっていた。
ほとんど放心状態の僕の手のひらに、無理やりピンポン球が手渡される。
「……っ」
ヌルッとした感触が手について、けれども嫌な感じはなくて、それどころか少しドキドキするような感触というか……。
そこでハッとなり、ようやく僕の意識は、再び現実を取り戻したのだった。
「―――ってうわぁぁっ!?これ、これこれこれって」
「うぅ~……蟹崎に私の初めて、奪われちゃった///」
「いやぁっ、いらないですよこんなのっ!」
思わず僕は、慣れない液体の感触に悲鳴をあげた。
「なっ、なんだとぉっ、キミ正気か?私の使用済みピンポン球だぞっ!?色々ついてるんだぞっ!?」
僕のリアクションに、なぜか双葉部長も顔を真っ赤にして怒り出すので、ますます意味不明だった。
「使用済みって変な言い方しないでください!エロ物だと勘違いされるでしょうが!ってか、だからいったい何がついてるんですか、怖いっ!」
「バカなっ!メル●リしたら原価の100倍はくだらないという奇跡の卵子が!」
「だから変な言い方しないでくださいってば!はい、返しますから!っていうかもう帰りますから!」
ほとんど捨てるような勢いで手に置かれたピンポン球を双葉部長に押し戻そうとするも、彼女は首を振って決して受け取ろうとはしない。
「ダメだぞ、もう受け取っただろ!返品不可っ!キミは今夜それでするんだろ!私のピンポン球で何回も何回もするつもりなんだろ、そうなんだろ!」
「いや僕、卓球なんかしないですから!」
「卓球じゃねぇぇぇよっ!なんだよ蟹崎ぃっ!キミは童貞なのか?股間に付いてるラケット使ったことないのか?」
あぁ、もううるさいな。
この先輩を調子に乗らせると、この物語自体に規制がかかって文字通り、序盤にして僕の人生が終了してしまいそうな勢いだ。いったいなんなんだ、この人ホントに。
―――僕は映画監督になるんだ。こんなところで人生終了してたまるものか。
僕は「はぁ」とため息を吐いて、とうとうやけくそモードに突入した。
「そうですよ、童貞ですよ、分かったでしょ?僕に先輩達みたいな方面での志なんて1ミリもないんですよ。お二人みたいな、その……大人向けというか、そういうのに興味ありませんから」
少し遠慮した表現をしてしまったけど、要は下ネタのことだ。エロゲ主人公みたいな学園生活なんて、僕には必要ない。
僕は、僕自身のこの青春ストーリーを、そんな風に汚すつもりはないのだから。
僕に必要なのは、映画を作る情熱と環境だけなんだ。
はっきりと言い放った僕の言葉を受けた2人は、まるで灰になってしまったかのように、茫然と立ち尽くしていた。
そんなにショックだったのだろうか、と少し心配になったが―――。
「「……童、貞……?」」
2人声を揃えて、目を見開きながら呟いたのだった。
「いやいやっ!2人して怖い顔しないでくださいよ!僕まだ1年ですよ!?性教育受けたてのガキンチョですよ、別に珍しくもなんともないですからっ!」
「蟹崎くん」
ポン、と後ろから肩に手を置かれる。
振り返ると、黒髪清楚の獅子堂さんが、微笑んでいた。
「な、なんですか獅子堂さん……目が輝いてますよ?」
「ようこそ映像制作部へ♡」
ものすごく爽やかでお美しい笑顔で言われたんですけど!
「いえ、だから僕は映像制作部には―――」
「大丈夫。これから私たちが、い~っぱい、いいことしてあげますからね」
「い、い、いいこと、ってなんですか?」
すると獅子堂先輩はクスクスと小悪魔な笑みを浮かべ、急に鋭く眼を細めると、耳元でボソリと囁いてきた。
「さぁ?どんなことかしら~?」
「―――っ!?」
ドキッ、と心臓が破裂しそうなくらいに躍動する。一瞬、何が起こったのか分からなかった。
だが、数秒もしない内に、僕は獅子堂先輩によって何をされているのかを、理解する。ギュウゥッと。僕の下半身から、変な感触が伝わってくる。耳元では、獅子堂先輩の甘い吐息が僕の耳の中まで入り込んできて。
僕は、何も声を発することができなかった。
(え、これってもしかして、握られて……)
どこを、とは言わない。絶対に、言えない。
けれど、これは色々とまずい状況になっているような、そんな気が。
「逃げちゃ、だ~めっ」
「う……わ……」
耳元の囁き声が、ゾクゾク、と僕の全身の感覚を狂わせていくようだった。
まるで蛇に睨まれたカエルのよう。僕は完全に、獅子堂さんのペースに飲まれてしまっていた。
「先輩、ちょっと……っ!そ、そんなところスリスリしたら……うわ、ぁ……」
「クスクス……こんなので反応しちゃうんですかぁ?かわいい」
「いや、ちょっと……待ってくださいっ、そんな……っ!いま、僕が先輩にどこをどうされてるかは口が滑っても言わないけど、こ、これは……これはダメだっ」
「んー?何がどうダメなんですか?蟹崎くん?」
「く、あぁ……うわぁ……」
意地悪な表情で、獅子堂先輩は握る手を擦るように、だんだんと早く動かしてくる。
抗体を持たない僕にとって、先輩のその行為は、耐え難いものだった。これは、ヤバすぎる。
(く、ぁ……ダメだ、このままでは……このままでは、コンプライアンスが……僕の人生がぁ……!)
やばい!色々色々やばいやばいやばいっ!
いったい、どうしてこんなことになってしまったのだろうか。
この映像制作部にさえ足を運ばなければ、きっと僕は違った人生を歩めたのかもしれない。けれども、この2人の蜘蛛の巣に一歩足を踏み込んでしまった僕は、きっともう逃げることができないのだと、そう思わざるを得なかった。
「んー?どうしたの、蟹崎くん。なんかすごくビクビクしてきた」
「だ、ダメですっ、先輩……っ!」
それでも。
それでも僕は、この健全で、熱い青春ストーリーだけは、絶対に守らなければならない。
僕は、立派な映画監督になるんだ。
その日まで、絶対にエロゲ的な人生に転落するわけには、いかない―――!!
「あっ、クスクス。見つけちゃった♡」
「え……」
けれども、獅子堂先輩は、やばかった。
僕なんかではどうすることもできない、そんな相手だと確信した。
「……くあ、そこはっ、あぁ、待っ……ダメですっ、ダメだって……せ、せんぱっ、うわ、ああぁぁ……!!!」
―――ドクンッ、ドクンッ!
そんなSEが、部室に響いた。
「あっ……あっ……」
「んー?クスクス……」
ぶるぶると震え上がりながら、脱力し壁にもたれ掛かる情けない僕の姿を見た獅子堂さんは、目の前でニコリと微笑んだ。
意地悪そうに。目を細めながら。
「はぁ、はぁ……」
「ねぇ、蟹崎くん。今の…何の音かしら?」
―――ごくり。
ガクガクと、足が震える。
言葉が出ない。頭が真っ白になっていた。
「ねぇ、蟹崎くん?」
それでも獅子堂先輩は聞いてくる。意地悪な顔で。
だから僕は、答えなきゃ、ならないんだ。
―――僕の人生を、守るために。
「今の音は……」
「んー、なに?」
一呼吸を置いて、ほとんど放心状態の僕は、獅子堂さんから目を逸らして、ボソリと真実を答えた。
「し、心臓の音です」
そうだ。先ほどのドクンドクンは心臓の音だ。
誰が何と言おうが、この物語の語り部である僕がそう表現する以上は、そういうことだろう。
「ふぅん、凄い緊張してるんだね。初めましてだもんね、仕方ないよねぇ」
そんな僕の言葉に乗っかる形で。
獅子堂先輩は再び、クスクスと笑うのだった。
「……え、えぇ、まぁ」
だからこそ僕も、苦笑することしかできなかった。
くそっ、油断した。前言撤回だ。
てっきり、この訳のわからないビッチ―――もとい、変な部長さえ回避すれば問題ないと思っていたのに。
まさか、獅子堂さんまでもが僕の人生と凡ゆるルール&コンプライアンスを脅かす、敵だったとは。
「あの、今日は僕もう、帰ります……」
こんな状態で、これ以上何ができると言うのだろう。
だからこそ僕は、今度こそこの部室から去ろうと、ゆっくり歩きだした。
「それじゃ、また明日ね」
「……っ」
僕を見つめる獅子堂さんのその目に、僕はすっかり萎縮してしまっていた。
たぶん、ここで彼女の口からそれ以上の真実を話さなかったのは、彼女なりの優しさだろう。
だって彼女はこの時、一言でも本当のことを言えば、ピー音一発終了で僕の人生を終わらせることができたはずなのだから。
「明日も、待ってるから……ね?」
―――ぞくり。
果たして本当に優しさ、なのだろうか?
「にゃははっ、入部届、正式に受け取ったからな、蟹崎ぃ~」
「……っ」
僕は結局それ以上は何も言えず、2人の女子の先輩のなすがままに、部活への入部を決定されてしまうのだった。
できれば悪い夢であって欲しい。
そんな風に淡い願いを込めながら。
1ミリも油断ならない僕の、最低最悪の青春高校生活が始まろうとしていた。
お読みいただきありがとうございます。
まったり更新予定です。
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