死の森。最初のモンスター
空間の歪み。
何もない空中にノイズが走っていた。
うん、何度か見たやつだ。
「都代、お前も見えてるのか?」
「カイトさ・・・カイトは見えないの?」
「見えない。都代は見えているんだな。都代は異世界人じゃないんだよな?」
「うん。普通に日本人だよ」
「魔法を使える時点で、普通の日本人じゃないんだけどな?」
カイトはレナータに手を引かれて歪みに入った。私はカイトの後に入った。マウリツィオ師匠と一緒だ。
最後にナタリーが潜り抜け、薄暗い部屋に4人と1匹が揃った。
レナータがLEDライトを照らして進んでいく。
異世界なんだけど、灯りがLEDだと、なんだか倉庫にでもいるみたいだ、と思った。
でも、ここは地球じゃない。
扉が見えた。
「準備はいい?外は森の中。開けたら目の前に魔物がいるってことも有り得るから」
「わかった。レナータは扉を開けてくれ。俺が警戒する」
カイトがグレートソードを構えた。
うわ、LEDライトが雰囲気ない、とかいってごめんなさい。めちゃかっこいいです!
レナータが魔法の声に答えて手をかざすと、扉は勝手に開き始めた。
外の光が眩しい。レナータがライトを腰のポーチに戻す。そしてスキアヴォーナを構えた。
スキアヴォーナっていうのは、割と幅のある両刃剣で、柄の部分に飾りのような護拳がついている。イタリア系のブロードソードね。
みんなが剣を構えるから、私も一応、ナタリーに貰った剣を抜こうとした。
「都代ちゃんは、剣を抜かなくていいから、ファイヤーボールを用意して」
「師匠・・・」
ちぇ。私も剣を構えたかったよ。そりゃ剣なんて振れないけどさ。
振り向くと、ナタリーまで剣を構えていた。
そうだよねー。剣が使えないのは私だけよね。
扉が開き切った。
外は静かだった。
カイトがグレートソードを構えたまま扉を潜り抜けた。
「大丈夫だ」
レナータとナタリー、私と師匠も外へ出た。
そこは深い森だった。
目の前にあるのは太い幹に、魔物の木みたいにウネウネと枝を伸ばしているアレだ。トレントっぽいやつ。
じっと見ているとレナータが言った。
「都代、それは普通に樫の木だから大丈夫」
「あ、そうなの?」
「樫の木、知らないの?」
「え・・・見たことあるような気はするけど・・・」
「そんなんじゃ、異世界生きていけないよ?」
「うっ」
知識は大切よね。うん、最近、そう思うよ。勉強もしなくちゃだめだね、いつ異世界転移してもいいように。
レナータがコンパスで方位を見ていた。
「磁石は使えるんですか?」
そう聞いたナタリーにマウリツィオ師匠が答えた。
「使えますよ、ナタリーちゃん。惑星の成り立ちとしては地球とほぼ一緒ですし」
師匠だけは頑なに「ちゃん」を止めない。
「あ、そうでしたね」
「死の森は火山性溶岩の地層というわけでもないですし、コンパスは有効です」
レナータが歩き出す。もちろん、カイトが先頭だ。ナタリーを挟んで最後に私。マウリツィオ師匠は私が肩掛けバッグで運ぶ。割と小柄だし、なにせ半精霊みたいなものだから、重さはそれほどでもない。本物の猫の半分くらい。2キロぐらいだろうか。
周囲警戒のためと、いざという時に私の体をコントロールして魔法攻撃をするためだ。師匠と離れていると師匠がやりにくいらしいし、何より小さな半精霊の猫では防御力がゼロに等しい。
そして私も、いざという時に師匠と離れていると、戦闘指示が貰えなくて困る。
私の知っている戦術は、画面の中だけだから!
ギャオギャオ、という不気味な鳴き声が遠くで聞こえる。
「あれはワイバーンですな」
少し緊張気味の声で師匠がつぶやいた。
ワイバーンか・・・やばそうなやつだ。
「それってやっぱり、ドラゴン系の飛翔する魔物だよね?」
「ええ。ドラゴンのような首と尾を持つ超大型の蝙蝠なのですが・・・風魔法を使います。斬撃で遠距離攻撃してきますからやっかいですよ」
「うわぁ・・・遭遇したくないなあ・・・」
私の声にナタリーが振り向いた。
「私も嫌ですね。リスクは避けて行きたいです」
「そうだよね。目的は無事に通り抜けることだもんね」
急にカイトが立ち止まった。
「え?なに?」
カイトが視線で「黙れ」と言ったような気がした。マウリツィオ師匠も警戒態勢に入る。
「前方、30メートル、小型モンスター!」
カイトが叫ぶ。と同時に剣を引き抜き上段に構えた。
正面の藪の中から茶色の塊が飛び出す。イノシシくらいの大きさだ。
私はファイヤーボールを用意する。
カイトが剣を振り抜いた。
バッと血しぶきが飛ぶ。
飛び出てきたのは、形もイノシシそっくりだった。剣は直撃しなかったけれど、突進していたイノシシは進路を変えて左側の藪へ飛び込んだ。
「ブラックボア!直線で突進してくる。進路には立つな!」
レナータが叫んだ。
ガサガサ、と左側から後ろへと音が移動する。私はファイヤーボールを構え、音が進む先へファイヤーボールを投げ込んだ。
ボム!と音を立てて小さな破裂と炎が立ち上がる。ギィイーっと鳴声があがり、次の瞬間、ブラックボアが飛び出した。まっすぐに私を目掛けて飛んでくる!
「うわああ!」
思わず両手で顔の前を覆ってしまったよ。
ドガっ!ズシン!
脇をカイトが駆け抜け、私の目の前でブラックボアを叩き切った。
返り血を浴びたカイトは、冷たい目で血まみれのブラックボアを眺めていた。
「あ、あ、ありがとう」
声が震えてしまった。
魔物と遭遇するのは初めてではない。無いけど、こんな近くで戦ったのは初めてだ。それに、こんなに血が飛び散っているのも初めて。
「あ、ちょ、ちょっと落ち着くまで待って・・・」
レナータが周囲を警戒しながら軽く頷いた。
「大丈夫?都代。怪我はない?」
「あ、うん。ありがとう、ナタリー」
ナタリーが、私の肩をポンポンと叩いた。
「近かったね。森が濃いから遠距離攻撃が難しいよね。前衛のカイトがいてよかった」
「そ、そうだね」
うん、落ち着くまでに5分くらいかかった。
うん、頑張る。次はもっと冷静にうまくやるよ。
あ、私が深呼吸を繰り返しているうちに、ナタリーはブラックボアを回収してアイテムボックスに仕舞っていた。お、うん、やっぱ持って帰るんだ。なんか、それを見ていたら、落ち着いてきたっていうか・・・。うん。




