ナタリーちゃんと日本の家
おばあちゃんの家を後にして、うちに帰って来たよ。
「ただいまー。ナタリーちゃんを連れてきたよ」
「おかえり、都代。それから、いらっしゃいナタリーちゃん」
ナタリーちゃんは、日本式に深々と頭を下げた。
「三日間、お世話になります。ナターリエ・フォン・シュッテルヴァイスビンゲンと申します。よろしくお願いいたします」
そう言うと、途中のケーキ屋さんで買ったバームクーヘンを差し出した。
「まあ、おみあげなんていいのに。気の利くお嬢さんね、ありがとう、さあ、あがって、あがって」
お母さんは満面の笑みだ。最近、娘の私にも見せない顔だな。狭い廊下を通り、座敷へ案内する。座敷と言っても、ただの6畳間の和室だ。
「それにしてもかわいらしいお嬢さんだわね。6歳って聞いたけど、学校は都代よりも上の学校なんですって?」
「ええ、来年から大学に進学いたします。日本の大学はそういった飛び級をほとんど認めていませんけれど・・・」
「そうなのね?なのに日本の大学を見学に?」
「ええ、一部の大学で飛び級が認められています。けれど、それは日本に来る方便です。私は、日本の文化や自然、都市を見てみたいと思っています」
「なるほどね。まあゆっくりしていって、何もない家だけど。この都代が、もっと早く言ってくれていれば準備も出来たんだけど」
「お母さん」
「なにがお母さん、よ。ひどいのよ、ナタリーちゃん。この都代はね、ナタリーちゃんが家に泊まるって言いだしたの、昨日なのよ、昨日」
「わー、言わないで」
「いえ、それくらいでちょうど良かったのです。私は普通の日本の家が見られればそれでいいのです」
「あらそうなの?お茶、淹れるわね。コーヒー?紅茶?」
「あ、お母さん、ナタリーちゃんは日本茶がいいよ」
「へえ、そうよね、せっかく日本に来たんだから」
ナタリーちゃんは、はっと顔を上げて私を見た。
「ええ、そうですね。せっかく日本に来れたんですから・・・ね」
お母さんがキッチンに行って、二人と1匹になる。マウリツィオ師匠はナタリーちゃんがいると大人しいな。というか、じっと見つめているよね。片時も目を離さないね。
「ようやく実感が湧いてきましたよ、都代ちゃん。ここは日本なのですね。夢では無い、本当に日本なのですね」
「そうだよ、ナタリーちゃん。明日は、娘さんに会えるんだよ」
「ええ、そうです。娘に、会えるんですね」
ナタリーちゃんの生前の名前は加藤総介というそうだ。
享年48歳。12歳の娘さんがいたそうだ。娘さんの名前は砂羽さん。
「じゃあ6年経ってるから、18歳?」
「そうなりますね」
「後で部屋に行ったら、明日の予定を話すね。砂羽さんには、ナタリーちゃんが用意した話をしてあるから」
「ありがとうございます。いろいろとお手数をお掛けしてしまって・・・」
「いえいえ、ナタリーちゃんは友達だから。このくらいなんともないよ」
ナタリーちゃんが微笑む。いやほんと中身がおっさんだとは思えない顔をする。師匠が溶けかけてるよ。
「おまちどお。ナタリーちゃんに頂いたバームクーヘンを切って来たわよ。それと日本茶。せっかくだから煎茶を入れてきたわよ」
「これはどうもお気遣いありがとうございます」
「いやあ、ナタリーちゃん、都代よりよっぽど日本語しっかりしてるよね。まるで大人の人が中に入ってるみたいだよ」
うん、中に入ってるね、おっさんが。
「お褒めに預かり光栄です」
そう言うといたずらっ子っぽくナタリーちゃんが笑う。うわあ、その表情は反則だ、めちゃくちゃかわいい。例えるなら、そう、微笑むはずのない西洋人形が嬉しそうに笑っている感じだ。
「そのまんまですな、都代ちゃん」
師匠が私達にだけ聞こえる言葉でつぶやいた。うん、師匠、普段から心の声を読むのはやめて。
「あ、これは失敬。最近、同調しすぎたせいか、良く聞こえてしまうんですよ。これからは少し考えねばなりませんな」
そうだね、そうかもね、と思いながらテーブルに目を戻す。
「お母さん、お茶、お茶こぼれてる」
お母さんも、ぼうっとしていたらしい。湯呑にお茶を注ぎすぎてしまったようだ。
「都代、これはこうやって少しこぼすぐらいにするのが作法なのよ・・・」
「いやいや、それはウーロン茶!これは煎茶」
「はいはい、ごめんごめん。ナタリーちゃんが可愛くてぼうっとしてたよ。まるで何処かのいいところのお嬢様よね。いや、本当にいいところのお嬢様かね?」
「あ、うん。ナタリーちゃんは貴族の娘だよ」
「な、なんですって?」
「いや、そんなに驚かなくても・・・」
「お気遣いなく・・・私、貴族といっても片田舎の地主みたいなものでして。たいしたものではありません」
「こりゃ驚いた。どこか気品があるなとは思っていたんだよ。まさか本当のお嬢様だったなんてね。しかし、いいのかい、本当に、こんなあばら家で。いやなんか恥ずかしいよ」
「そんなそんな。私はこういう日本の家を夢に描いていたんです。畳の部屋やサッシから見える庭の木、私にとって、長年の憧れでしたから」
「そう言ってもらえると嬉しいよ。こんな家で良ければ三日と言わず何日でもいて頂戴。ついでに都代に礼儀作法を教えてあげて」
「ふふ。ありがとうございます、お母さま」
うわあ、本物のお嬢様になったよ。あ、いや本物なんだけどさ。さすが6年間もやってると身につくってことだね。
その後、ナタリーちゃんのお土産のバームクーヘンを食べた。
バームクーヘンにしたのは、ドイツのお菓子だから。といっても、途中の不〇家で買ったんだけどさ。ナタリーちゃんの世界にはバームクーヘンは無いんだって。いつか、向こうで作りたいとは思ってるらしいけど。
「午後からは本屋さんに行くのもいいですね。料理やお菓子の本を買いたいです。あとは領地の経営に使えそうなものとか。ホームセンターもいいですよね」
「ナタリーちゃん、ナタリーちゃん。なんか目が経営者っぽいよ」
「あ、ごめんなさい。けれど、ずっと思っていたのですよ。生前はお菓子作りなんてほとんどしなっかったですから。食べたいと思っても作れないんです。でもこちらのレシピ本があれば!ああ、ついでに味噌と醤油も大量に買い占めましょうか・・・」
そんなわけで午後からは、あちこちの店をはしごしたよ。
ナタリーちゃん、10万円も用意して何に使うのかって思ってたけど、そういうわけだったのね。
投稿時間を少し変更いたします。数日間はバラバラの時間に投稿することになるかも・・・




