ナターリエちゃん
びっくりだよ。
ナタリーちゃんは元日本人の異世界転生者だったんだ。
それで、領主の娘なんだそうだ。うん、貴族だね。
魔法の才能は人並みなんだとか。けれど、前世の知識をフル活用して自領で新しい産業を始めることにしたんだって。
「都代さん、ベタだなぁって思ってますでしょ?」
「いえ、そんな、まったく」
抑揚のない返事をしてしまったよ。
今日は、新しい産業、日本の鍛冶技術を取り入れた切れ味のいい刃物の生産、のために鉄鉱石が産出する地域の集落へ来ていたそうだ。その集落というのはここから程近い村で、昔から良質の鉄の産地として知られていたとか。でも、ナタリーちゃんに言わせれば鉄の品質は悪くないけど、製法や仕上げの技術が今一歩で、結局、材料としての鉄を産出するので終わっちゃっていた。
せっかく良い材料があるのだから、もっといい製品を作ったら新しい産業になるんじゃない?と思ったのだとか。
まあ、来た理由はそんな感じ。
ただ、ナタリーちゃんは6歳なので、さすがに初対面の村人はまともに意見を聞いてはくれないだろうと思ったので、説明をしたり交渉したりする大人と一緒に来た。それで大方の仕事が片付いて周辺の視察というか観光というかに出掛けたって。村の人達としては、領主の仕事についてきた、物好きな少女の扱いだったらしく、村の中で仕事の話ばかり聞いていてもつまらないだろう、馬車で綺麗な小川や景色を見せてあげよう、となったらしい。それで案内してくれたのは村の人たちで、この馬車も村のものなんだとか。
「他の大人たちは何処に行ったの?」
「それが・・・どうやら村の近くに盗賊がいたようで・・・」
「え?」
「・・・襲われまして。いや、村の人達は危害を受けてはいません。盗賊の目的は私の営利誘拐だったので」
襲われてすぐ、村人たちは無抵抗で降参。ナタリーちゃんさえ渡せば危害は加えないというものだから、無理に戦って死者を出すよりいいと判断されたらしい。
でも、乳母と二人、ナタリーちゃんは人質で幼女だから、まだ身の危険はすぐにはないだろうけど、乳母は足手まといで殺されかねない。
そこで、さっきの御者の男の子に強行突破で馬車を動かさせて脱出した。
普通なら逃げ切れなかっただろう。けれど盗賊をヘルハウンドが追っていたらしく・・・盗賊達は村人に見咎められないように待ち伏せするためにヘルハウンドの縄張りを通って移動したらしい・・・盗賊はヘルハウンドに襲われた、と。その混乱に乗じて逃げてきたのだけど、自分たちの縄張りを荒らした盗賊が、ナタリーちゃんの馬車を追っていたもんだから、そのまま追われることになってしまい・・・。
「都代さんに助けられた、というわけです。まことにありがとうございます」
「いえいえ、大したことではありませんです」
ここまで話して、私はナタリーちゃんの日本語がすごく丁寧だってことに気付いていた。
「あの、ナタリーちゃんは日本人だった時は・・・その?」
「ええ、享年48歳。刃物を扱う会社の営業担当でした。はい、男性の」
「ええええ!」
「いや、こちらの世界で生前のことをお話しするのも、日本語を披露するのも初めてですわ。いや、久しぶり」
びっくりだよ!
6歳のお人形さんみたいな美少女(幼女)の中身がかなりいい歳のおっさんだったなんて!
「えっと・・・そのナタリー・・・さん?とお呼びした方が・・・?」
「いえいえ、生前のことは・・・。今は6歳の女の子ですから。ナタリーちゃんと呼んでください。私も、こちらで生まれてからは、そういう扱いでずっと来ましたから。別に変では無いですよ」
「はあ・・・そうですか」
それで、しばらく話をした。
御者の男の子と乳母だという女性は、最初は戸惑っていたものの、ナタリーちゃんが少し話をしたら納得したようだ。それからこちらを尊敬にも似た眼差しで見てくるようになった。
「都代ちゃんは、異国の若き魔法術士「魔法少女トヨ」と言っておきました。従者の黒猫を従えているからには、かなりの凄腕である、と。それはさっきのヘルハウンドを倒したことで実力は証明されている。それから、私はたくさんの本を読んでいるから、異国の言葉もわかるのだ、と」
「いや、本を読んだだけじゃ外国語は話せないでしょ?」
「いいんですよ、そこは。細かいこたぁ気にしちゃ負けです」
「そんなもんですか?」
「そんなもんですよ」
そして少し日本のことをお話しした。
どうやらおおよそ6年前くらいに亡くなった人で、こちらの時の流れと、日本でも同じように流れていることがわかった。
いや、ほらこういうのって時間の流れ方が違うことあるじゃない?
こっちでは1週間だったけど、日本に戻ったら数時間しか経ってませんでした、とか。
もしくは浦島太郎みたいに逆のパターン・・・
いや、今、言っていてめちゃ怖くなったけど。
・・・次からは、そのあたり、確かめてから長居するようにしたい。
でも、たぶん、大丈夫かな。時間は同じように流れているっぽい。
それで時計を見たら、そろそろ帰りの時間が迫っていた。
ナタリーちゃんにその話をしたら、目を丸くして驚いていた。
どうやら、私のことは自分の意思ではなく突然転移してしまった日本人だと思っていたらしく、そもそも普通に日本に帰れることに驚いていた。
「日本に・・・帰れる・・・」
ナタリーちゃんは遠い目をしていた。目が潤んできているようだけど・・・
「こんな姿では、会って話をするなんて出来ないのはわかっています。けれど一目でいいから会いたい人が日本にいるんですよね。絶対に叶うことのない夢だとあきらめてたんですが・・・」
「・・・会いたい人ですか。6年前に別れた人ですか?」
「ええ、死に別れた・・・というと変ですが。死んだのは私なんで」
いや、これは、手助けするべきだろうね。唐突に死んでしまった未練だもの。向こうは生まれ変わりとか信じてはくれないかもだけど、会いたい気持ちはわかるよ。
「会いに行きますか?」
ナタリーちゃんは、じっと私の目を見ていた。
たっぷり数十秒は沈黙していたけれど、大きく息を吸い、そして縋るような目で答えた。
「見るだけで・・・見るだけでいいのです。あの後、幸せに生きているか・・・知りたいのはそれだけです」
そんなわけで、ナタリーちゃんとは再会を約束して、私は転移の部屋に戻ることにした。
いや、いきなり一緒には行けないからね。
ナタリーちゃんだって用意があるし。魔物に追われて逃げ出したまま日本に転移、とかどんだけ周りに心配かけるかわからないし。
だから約束した。
1週間後、別れたこの場所で。小さな橋が目印。時間は午前10時。
ナタリーちゃんの世界には正確な時計は無いっぽいけど、おおよその時間はわかるらしい。馬車で近くの村まで案内してくれるって。
私も異世界でガイドが見つかって嬉しいし楽しみだよ。




