マウリツィオと都代ちゃん
(マウリツィオ視点です)
「なんかおっきいヒジキみたい・・・」
「お惣菜じゃないんですから」
都代ちゃんには歪みが発生する空間ノイズがヒジキに見えるらしい。
ところで、少しづつ近寄っていくのだが、まさかね?
都代ちゃんが歪みに手を伸ばす。
「都代ちゃん?それ潜ってみるとか言いませんよね?」
「え?ダメかな、師匠」
「止めておきましょう。少なくとも今日は。中を調査する時間もありませんし、武器ももたずに入るのは危険過ぎます」
「ちょっと見てくるだけだよ」
「ダメです。さっきの冒険者を見たでしょう?防具に剣を装備していたんですよ。安全な空間に繋がっている可能性の方が少ないです」
「ちぇー」
「すぐに消えてしまうこともないでしょう。充分に用意をして再度来訪いたしましょう」
「わかりましたよー、師匠」
まるで子供と話しているようだな、と思った。
けれど、都代ちゃんは子供なのだった。ほんの12歳の子供。
私はマウリツィオ。
魔法士、偉大なる魔術師、と呼ばれて生きた人生よりも、黒猫でいた時間の方が長い。
もはや、人としての常識や理性など忘れかけていた。
いや、違うな。
私は、恐れていたのだ。
この異世界で、人間として生きていくことを。
私は、このまま埒外の存在として過ごしていく方が気楽なのだ。
そう思っている、ことにしてきた。
いわば自分への嘘だ。
自ら存在を消滅させる意思も、淡い望みを叶えるために積極的に行動する勇気も持たない、情けない存在である自身への、嘘だ。
長きに渡って、元の世界へ戻ることや、人としての肉体を取り戻すことは出来ないとあきらめてきた。
もう40年以上になる。
40年間、私は、こちらの世界で力を持つ魔法士に出会わなかった。
いや、出会ったことは何度かあった。
けれど、協力を得られなかった。
それは、彼らが死んでしまったり、連れ去られたりしたからだ。
そして、私に興味を持たなかったからだ。
異世界からの旅人たちは、なんの力も持たない、人語を話すだけの黒猫なぞに興味は持たなかったのだ。
レナータ様は違っていた。
レナータ様は、マウリツィオに協力してもいい、と言ってくれた。
人の体を取り戻すことも、あの世界へ戻ることも。このマウリツィオの知識があれば、きっと実現出来る、と。
私は久しぶりに人間らしい感情が心の中に生まれるのを感じた。
嬉しい気持ち、というやつだ。
楽しい気持ち、というやつだ。
そう、ずっと忘れていた。
私は猫ではない。
私は、魔術師マウリツィオ。いつか彼の地で復活をする。
偉大なる魔術師として。
けれど、レナータ様は、これまでの他の者と同じように奴等に連れ去られてしまった。
しかし、一緒に過ごした時は多かった。
私に、昔の自分を思い出させてくれるくらいの時間は充分にあった。
それから、レナータ様は、都代ちゃんをくださった。
いつかレナータ様は行かねばならない時が来るかもしれない。
因果率の収束で死ぬかもしれない。
そうなった時、マウリツィオが再び絶望しなくてもいいように、こちらで魔法士を、マウリツィオの代わりに魔法を使う魔法士を育てよう、と言った。
ええ、そうだ。
都代ちゃんに魔法を教えたのは、気まぐれや遊び心ではありません。
都代ちゃんは、私のモノ。
あの子は、私のためにレナータ様がくださった救世主なのです。
私は、都代ちゃんを導かなくてはなりません。
そして、あわよくば、彼の地で復活することが叶ったならば・・・
かわいい都代ちゃんをお嫁ちゃんに貰ったりもええなあ・・・。
あー。ほうっとする・・・。
ああ、いや、おかしなことではないぞ!
ほら諸君達だって、二次元のキャラクター達に惚れ込むであろう?かわいいと思うであろう?にんまり口元が緩むであろう?
それと同じだから。
同じ、だから。今は、このマウリツィオ、猫である。
眺めて、触れて、会話して、それで充分である。
将来のことを想像するくらいは正常の範囲内である。
おかしくないってば。




