父と娘
倉本雅臣は、梨音が転生者であるという疑いに、確信めいた気持ちが広がることを止められなかった。
梨音は・・・こんなにもしっかりとした受け答えのできる娘ではない。話し方は、梨音が時々やる「設定」の話し方に似ていなくもない。異世界の令嬢か何かの時の話し方だ。あの子は、そういうことをする痛い子だ。
いや、だった、か?
決定的に違うのだ。
目の前にいる少女は・・・あまりにも所作が洗練されているのだ。
芝居がかった貴族のような礼も、それが芝居などではなく、指先の動きまでもが自然だった。
そして、その視線。表情。
梨音は半分イタリア人であることもあり、人目を惹く美形だ。けれど、雅臣の知る梨音は能面のように表情を変えない。
ひょっとしたら、学校ではもう少し表情豊かなのかもしれない。母親の前では違うのかもしれない。
でも、雅臣の前では、警戒しているのだろうか、梨音は全く表情が変わらなかったのだ。
それがどうだ。
目の前の梨音は、優雅な微笑みを浮かべ、わずかに艶っぽさを思わせるように顎を引き、ほんの少し上目遣いで雅臣を見ていた。
貴族令嬢?いや、これは娼婦か?
「お父様。本日はお母様も早くお帰りになられるのですか?」
「いや、遅くなると言っていたよ。夕飯はどうしようか?何処かに食べに行きたいかい?」
内心の戸惑いを悟られないように平静な振りをする。
「何処か・・・?」
「ああ。リクエストがあれば連れて行こう」
今まであれば、こう言っても梨音は乗り気で返事をすることは無い。せいぜい「何処でもいい」などと言うくらいだ。余程機嫌が良くても「じゃあ回転寿司」というような最低限の単語で答えるだけだ。
「連れて行って頂けるのですか?嬉しいですわ」
そう言いながら、本当に嬉しそうな表情を浮かべる。それも、上品に・・・
「何処か行きたいところはあるかい?」
「回転寿司、というお店に行きたいです」
梨音は、元より回転寿司が好きだった。そこは変わらないのか・・・と雅臣は思う。偶然か?それとも、やはりこれは梨音の設定か?いや、それにしても・・・
雅臣は、自分の仕事について家族に話したことは無い。
いや、研究所に勤めている、というようなことは話している。研究職であるから、実験の結果によっては帰宅時間が不規則になる、とか、そういうことだ。
それはそうだろう。
魔法について研究する組織だ、などと言って、まともに受け取ってもらえるわけがない。
いや、案外、元の梨音なら興味を持って聞いてくれたかもしれないが・・・それもどうかと思う。
雅臣は、軽く瞼を閉じる。
ほんの一瞬、心を落ち着かせる時間が必要だった。
ひょっとしたら、雅臣は梨音を研究所に連れて行くことになるかもしれない。そうなれば雅臣がいくら頑張っても、S級エンチャンターである梨音は、二度と解放されるようなことは無いだろう。
研究成果は必ず要求される。
不死研究。
記憶を保ったままの転生。
転生魔法の理論的構築。
魔法行使のメカニズム解明。
予算というものは、結果を出すために支払われているものなのだ。
もちろん、まだ決まったわけじゃない。
現段階では梨音が、転生者だ、と結論付けられてはいない。つけられてはいないのだが・・・
「回転寿司か。じゃあチェーン店ではなくて、ちょっといい店に行こうか。ネタが新鮮で旨いんだ。どうだい?」
「ええ。嬉しく存じます。楽しみです」
雅臣は複雑な思いだった。
自分の感情を押し殺して、職業上の冷静な目で見れば、おそらく、梨音は転生者だ。
監視システム室の機器や、データ解析結果、監視カメラの映像・・・それが示すことは、梨音が高確率で魔法を発動させた張本人であることを示している。
それは目の前の娘が、知っている娘ではなく、その中身、魂においては、別人であることを意味している。
そうなのだが・・・
雅臣は、初めて、義理の娘から微笑みかけられていた。
これまで、何をしても得られなかったことだ。
まるで本当に家族であるように・・・
「この」梨音であるならば、うまく家族としてやっていける・・・いや、幸せな家庭を築いて行けるかもしれないのだ。
叶わない夢なのだが・・・




