光の巫女
目が覚める。いやまだ目は覚めていないのか、ここは俺の精神世界。
目の前には先ほどまで辺りを暴れ回っていた女性、アフロディーテの姿があった。俺が目線を向けていることに気がついた神様はゆっくりとこちらに近づいてくる。
「本当にこの結果でよかったのかい?」
「これしかなかったんだ。こうするしか手はなかった。仕方ない」
まだ自分の手で人を殺したという実感はない。だけど感触はある。身体を乗っ取られていたとはいえ殺したのは俺だ。手に残るこの感触は本物なのだ。
「まあボクにとってこの方が都合が良かったのは事実だ」
俺が事実から目を逸らさぬように震える手を見つめていると、それを何事もなかったかのように神様はそう続けた。
だが俺と目を合わせようとはしない。
「今日はキミに本当のことを話したいと思ってる。騙すつもりはなかったんだけれど、この世界に来たばかりのキミにこれを話すのは少々気が引けてね……、今のキミになら話しても大丈夫だと思う」
俺は自分の姿を見る。今までは意識世界の中でもはっきりと実体があったはずだが、足元が白く薄くなってきている気がした。
おそらく先ほどの戦いの影響だろうが……、そのことについてアフロディーテは話すつもりなのだろうか。
「ボクはキミに神様と名乗ったが、ぶっちゃけるとあれは嘘だ。ボクはそんな大層な存在ではないし、神が人の姿をしてるという固定概念からやり直した方がいい、あれはもっと……そうだね、悍ましい姿をしてる。また、この世界の神と、神の世界の神は全くの別物だ」
アフロディーテは俺の方へ振り返り、初めて暗い表情を見せた。
「今ではもう上位種の中でも太古から存在している者にしか知られていないが、ボクはもともとこの世界に住んでいたヒト族……、の中でも位の高い光の巫女と呼ばれる者だった。種を問わず、力の欲しい者と契約することでその巫女特有の能力を付与する、また、その力を極めることで、国を治めることのできる長の紋章が腕に浮き出る。そういったことのできる特殊なヒト族さ」
俺の腕を指差し、スーっとなぞるように紋章へ触れる。
実際には触られてないのだが、変なむず痒さに体が震えた。
「因みに、この紋章がない者が国を名乗ると本物の異形の神によって滅ぼされる」
暗く、険しい表情のまま俺の耳元でそう囁くと、一度大きく息を吸い、無理やりいつものテンションへ戻すように俺から距離をとった。
いつのまにかいつもの感情をうまく読み取れない表情に戻っている。
「ここまで難しく説明したけど、まあなんだ、ボクたち光の巫女は上位種との第一次戦争で負けたからね。そのときに光の巫女を名乗っていた人は皆ボクのような姿に変えられたってわけ。実体がないから実力の半分も出さないってわけさ。
もともと寿命なんてないから、一生この姿だよ」
はにかむように笑うが、本心では笑っていない、奥底にある恨みのような憎悪に満ちた感情がなんとなく伝わってきた。
「あとそう、キミのとこにいるルナ……だっけか。あれの遠いご先祖様、ボクだから。巫女に寿命はないけど人と光の巫女の子供はだいたい普通の子が産まれるんだよ。たまに少し長生きな子がいるけど、大して変わらない。そして稀に巫女の力を色濃く受け継ぐ人が出てくるのさ、あの子みたいにね」
「ルナが……巫女の血族だぁ……?」
「そう、あの子にボクの力を全て分け与えれば、この世にもう一度光の巫女が誕生する。彼女の好みを考え、そちらの世界を監視し、そしてキミを選んだんだ。キミが全ての鍵なのさ」
疑念の目をかける俺を他所に、アフロディーテは言葉を続ける。
「で、なぜ、これを今キミに話してるかと言うと……、明日が人類最期の日だからさ。それに、わかってると思うけど、君の体の限界もすぐそこまで近づいてる」
白い世界、俺の精神世界が崩れる音が聞こえる。
混乱する頭を整理する間もなく、俺は現実世界へと引き戻された。




