覚醒
脚を踏み出す。
前進する。
交戦地帯に近づけば近づくほどあたりに雷鳴が轟くようになってきた。
まるで岩にまで静電気が発生しているのではないかというくらい、周りに蒼い稲妻のような光が絶え間なく発生している。
そんな電圧のようなものに耐えながら進んでいると、横で声が聞こえた。たぶん神様、アフロディーテだ。
「ボクがキミの専用の神様になって変わったことがあるんだけど……、キミは全くそれに気が付かなかったよね。
今まではキミのほとんどの行動が異性に対してプラス評価になっていく、そういう加護だった。だけどボクがキミの神様になってから、もう一つ加護……というかボクの能力が足されてるんだよ。
異性に対する洗脳……、というか絶対命令かな。何度も使えるわけじゃないけど、一時的に絶対に逆らうことができない呪いが付与される。
一回使う程度ではキミ自身に変化はないようだけど、使いすぎると強い疲労感が襲ってくる、そういう力さ」
「今ルナたちに起きたあれも、それだっていうのか」
「そう。前も使ってたんだけど、キミは気づいてなかったようだし。これからも気づくことはないんじゃないかと思ってたよ」
「……? 俺がこんな力いつ使ったって……」
「ダンを抑えたときさ。キミはあの巨大なハチたちに助けを求めたろ? 今までの加護だったらキミに多少の援助をする程度なら可能性はあったかもしれないけど、命を投げ出すような真似するわけがないでしょ」
その言葉に、俺は一瞬寒気づいた。
アフロディーテの言い分だと、俺は無理やりあの巨大蜂の軍隊をダンの攻撃の壁に使用したということになる。
あれでダンの攻撃が止まらなくても、死ぬまで、自分の意志ではない形で俺の盾になり続けていたと……。
たしかに、今までの俺の行いはあくまでお願いだった。どんな動物であっても異性であれば好意的に受け取ってくれる……それだけの加護だったはずだ。
ダンとの交戦で行った俺の行為は、あれは完全に、命令だった。
「まあすぎたものは仕方ないさ。ボクが説明してなかったのが悪い。今はそんなことより、今向かってる先、次の状況でキミはどうするのか? それを聞きにきたんだ」
「それは……」
「まあ何もできないだろうね。キミの能力を使えば女性を洗脳して仲間割れを起こせるかもしれないが、冒険者は多半数が男だ。効果は薄いだろう」
馬鹿にしているのかと思ったが、隣に見える神様の顔は至って真面目だった。
そんなやりとりをしている間にも道端に倒れている雷鳥の男、襲撃者たちの姿は増えていき、剣と剣が弾き合う金属音も聞こえるようになってきた。
そもそも、洗脳なんて考えが外道すぎる。そんな甘いこと言ってられないのはわかるけど。
「それをわざわざ俺に聞いたってことは、アンタには考えでもあるのかよ」
「僕は神だよ? それも愛と戦いの神さ、そんな僕をずーっと内に閉じ込めてる。せっかく契約したんだ、少しは僕本体の力を頼ってくれてもいいんだよ」
「それってつまり……」
「早く僕を出せ」
食い気味にそう発言すると、アフロディーテは不敵な笑みを浮かべつつ、前方で戦っている雷鳥と襲撃者の方を指差した。
どうやら戦闘地帯の中心地あたりまでやってきたらしい。
予想していた通り雷鳥側が苦戦している。
襲撃者たちはサンダーバードの操る雷に対策をとっていたのか、そこらじゅうに避雷針のようなものが設置されていた。
いかに雷を操ることができるサンダーバードとはいえ、避雷針などの妨害装置が敷かれてあるとコントロールが上手くできないらしく、雷を纏った肉弾戦に発展しているところが多い。
だが相手は今までに上位種を何体も殺してきたような手練れの者ばかりだ。
どうやら後ろの術士たちが土魔法で雷を弱体化しながら、近接部隊に優位な状態を保っている。
このままでは雷鳥側の戦力が尽きるのも時間の問題だ。
何かできることはないか探してみるも、サンダーバードの里には他の魔物が一切入ってこれないような威圧を放っている。裏で工作をしようにも俺一人では動きようがない。
「なあ……」
「僕を使うのは簡単さ、名前を呼んでくれるだけでいい」
アフロディーテの口角が少し上がっているような、いつも嘲笑うような表情をしている彼女だが、今回は少し異質な雰囲気を漂わせているような気がした。
俺を使って人間界に出てこようとしているのにも何か狙いがあるのかもしれない。
俺は彼女のことを何も知らないし、あまり信用もしていない。
今まで誰からも神を人間界に下ろしたなんて話は聞いたことがない。きっと裏がある。
今俺を助けることで彼女に何のメリットがある? 最初は俺が手違いでこの世界にやってきたから、その償いだと言っていた。けど、俺と契約したあたりから変だ。
明らかに度がすぎている。
不安げな表情で隣の神を見つめるも、返されるのはいつもと変わらない上手く読み取れない何も感じられない不敵な笑み。先程感じた異質な雰囲気も感じ取れなくなっていた。
「頼む……助けて……助けてくれ」
近くで倒れている雷鳥の男から手を伸ばされる。両足を切断され、大量の血を流している時点で、ほぼほぼ助からないだろう。
これ以上悩んでいても仕方がないのかもしれない。
俺一人ではこの里を守ることなんてできない、それは最初からわかっていたことだ。それなのに一人で戦場まで走ってきたことから、俺はどこかでこの神様が何とかしてくれるかも知らないと思っていたのかもしれない。
俺は歯を食いしばりながら、その男の横を通り、目の前で雷鳥を蹂躙していく襲撃者たちに目を向けた。
最後の力を振り絞り、人の姿から雷鳥の姿となり決死の猛攻を仕掛けるも、一瞬で動きを見切られ首を落とされていく。
残虐な光景が繰り返されていく戦場の中、俺は覚悟を決めた。
「もう全部おわらせてくれ……アフロディーテ」
名を呼んだ瞬間、俺の周囲に白い円が描かれ、そこから光の柱が伸びていく。
視界が真っ白になり次に目を開くと、先程までとおなじ、今も蹂躙され続けている戦場が広がっていた。
……失敗したのか? 俺がそう思った瞬間、目にも止まらぬ速さで動く、白く光る何かが襲撃者たちの首を襲った。




