前進
「先に上位種と神との契約が結ばれたことがあるかという方を答えると、これは今までに一度も聞いたことも見たこともない。上位種は最も地上で神に近い性質をした生き物、これに神が力を貸せば神を超えるほどの力をもつ1人の上位種が誕生する。プライドの高い神がわざわざ上位種に手を貸すことなどなかろう」
長老は、俺からキュリアまで順に目線をやると、何かを納得したかのように頷いたような仕草を向けた。
「それに、お主の身近にいるものは全て人に対し信頼を寄せているものばかりであろう? こちらの方としては自分も含め人間をよく思う者は少ない。仮に上位種をまとめ、国を作れたとする。
その先になにがあるか考えてみよ。きっと上位種は今までの鬱憤を晴らすために人族を蹂躙するぞ。お主が善意で動いているのは見ればわかる……。が、その先にあるのは破滅じゃ。
だが、お主のような上位種のことを良心だけで気遣ってくれる人族は稀だ。
一応こちらは他の種族との繋がりもある、お主が人族の街中での安全を保証するパイプ役になってくれるのであれば、お主の目指す上位種への残虐行為の減少に繋がる。
人間界での安全を確立するのは並大抵のことではないが、どうだ? 悪い話ではなかろう」
「たしかに……。上位種全員を束ねる必要はそう考えるとないのか……」
なぜ俺のことをここまで信用してくれているのかは謎だが、言っていることは全て俺が為したいことに繋がる。なんなら国を作りたいとか子供じみた幻想なんかよりよっぽど現実的だ。具体性がある。
問題は、安全を保証できると堂々と言えるほどの土台がつくれるかどうかだ。俺1人でどうにかなるような問題ではない、上位種を守るとなると国一つ動かせるくらい強大な力を持っている組織に関与してもらう必要がある。
ただ、もう冒険者ギルドにもほとんど顔を出していないし、頼れるようなところが全くない。
俺が長老の意見に賛同しつつも悩む様子をルナが心配そうに見つめる。
「上位種を守れるほどの居場所をつくるとなると、私たちだけでは難しいですもんね……。手を貸してくれるようなところなんて見当たりませんし、オーガスさんのところくらいしか上位種に対して理解がない気がします」
俺は「そうだよなぁ」と返しつつ、頭を掻く。
ルナの言うように、一応オーガスに話をしてみる価値はあるかもしれない。とりあえずあの街の中でも上位種にとって安全に暮らせる場所なれば大きな前進だ。
俺は長老に「わかった、そうしてみます。俺の街の方で安全の保証が確立したらまたお邪魔します」と結論を述べると、謎の魔法陣が書かれた巻貝の貝殻を渡された。
「情報交換するときは今後それを使うといい、この部屋にあるもう一つの貝殻に声が伝わる仕組みになっておる。長距離の会話が成立する便利道具とでも言えばよいかな」
俺は右目で中を覗くが、貝殻の中はとくに何もなく空洞のようだ。一方通行の携帯電話とでもいえばいいのだろうか。この世界にきてからそういったものは見たことがなかったため非常にありがたい。今後改良して全員と通話できるようになれば、るんるんに似たようなことを頼む機会も減るかもしれない。
俺はの意図を察したのか読み取ったのか、るんるんはあまりいい表情はしていなかった。
貝殻の携帯電話を懐にしまうと、長老に一礼し、俺たちは外に出る。といってもルナたちは一歩引いたところにいたのでずかずかと中まで足を入れていたのは俺だけだったのだが。
「アホみたいな目的掲げて始めた旅だけど、なんやかんやで一歩前に踏み出せた感あるな」
「一応ご主人にもアホらしいって自覚はあったんだな」
「リコでもわかってたの」
俺より随分歳下の輩に口を出されるのは大変不快であるが、事実だ。ここは我慢するしかない、大変遺憾であるが、俺が悪い。
それでも大きな一歩だ。なんかよくわからんけど好意的に接してくれたし、なんなら上位種のほうは任せろ、人間側はお前に任せる……とまではいかないけど似たようなことを言ってくれたわけだし。
なんであれ一番の目標は上位種たちの被害をなくすことだ。それさえクリアできれば方法は何でもいい。
俺はウキウキで外へと続く階段を駆け降りていく。
最後は小学生がよくやる階段ジャンプで見事に地面に着地した。
そのあとに続いてジャンプしたのはキュリアだけで、他の面子は冷めた目でこちらを見ていたが、そんなの気にならないレベルで気分がいい。
「さっきの話、こっそり聞いてたぜ」
階段を降りると、近くで待ち構えていたのか、ルンルン気分の俺に男が聞き覚えのある声で、さらに神妙な顔つきで話しかけてくる。
ダンだ。
「なんだよこわい顔して」
「え!? いや別に怒ってるとかそんなんじゃねーんだ! ただ頼みがあってよ! 今の話が実現したら助けてほしいところがあるんだ。俺の親友がそこの種族の人なんだけどさ、雷鳥の俺らの保護管轄にあるとはいえ、人間の被害をうけないってわけじゃないんだ」
「つまり! 俺のところが上手くいったら紹介させてくれってことだな?」
「そういうこと!!」
デン! っと効果音がなるような勢いでダンに人差し指を突き立て俺がニヤリと笑うと、それに対してダンも指をパチンとならしてポーズを決めながら答えた。
いつになるかはわからないが、ダンが俺のことをその上位種のところに紹介してくれるのであれば断る理由もない。
「で、なんの種族なの?」
「アルミラージ、角兎だ。名前の通り角目当てで悪い奴らに乱獲されてる」
アルミラージは見たことがある。なんなら旅商人が高値で売りに出していたのも見たことがある。
実物は見たことはないが、被害は相当なものなのだろう。それを言葉にしたダンの表情は、最初よりも険しくなっているように見えた。
「わかった。上手く行ったら長老に連絡するから、長老にもそのこと伝えといてくれ」
「ああ、ありがとな」
ダンは礼を言うと、まだ最初に言った用事が全ておわっていないのかそそくさと去っていった。
そのことについてはもう俺が干渉する必要もないだろう。去っていくダンを見送りながら、里の中心部まで歩いていく。
周りを見ても俺のような、ただの人間が1人もいないのはやっぱり不自然だ。今までは上位種が珍しい存在だったし、そんな人らが沢山いるこの状況はどうにもなれない。
ルナも俺と同じ考えなのか、不思議そうに辺りを見回しているのが見てわかる。
仲間がいたことへの謎の安堵感に胸を下ろしながらも、里の出口へ向かって歩く。街の人から見ても俺らは特異な存在だからか、誰も話しかけてくる様子はない。
話しかけてきたのはいまのところダンのみだ。
寝泊まりできる許可をよこせって長老に言ったダンはこの里の雰囲気をわかってるのだろうか。バカだからなにも考えずに泊まっていけよって言ってるんだろうけど、こんなところで寝るのは気まずすぎて、ぶっちゃけ野宿のほうがマシまである。
──ピィーーーーッ!!
不意に、ブザーのような笛のような、何とも似つかない、が耳の奥に突き刺さるようなひどい音が里中に響き渡った。
「襲撃ーーッ!襲撃ーーーッ!」
ふと上を見上げると、腕だけサンダーバードに変化させた男が、叫びながら空中を飛んでいる。
街の雰囲気はガラリと変わり、女子供は急いで家の中へと隠れていき、巡回していたであろう男のサンダーバードたちが空中から里へと降り立っていく。
わけのわからない状況のまま、あたりを見回していたが、ここは里の中心部だ。外の様子もわからないし何も現状がわからない。
「上位種狩りギルドの連中だ……、指名手配されてるレベルの。とてもデカい……何人いるんだよこれ……」
近くに仲間の狼がいたのか、るんるんが見た情報をぽろぽろと口に出す。
かなり動揺しているのか、俺が肩を揺さぶっても目の焦点が定まらない。
「おい、しっかりしろ! るん! おい!」
「だめだ、このままじゃもう……」
るんるんをルナに任せ、状況を確認しに行こうと俺が動いたそのとき、里の入り口の方で大きな雷撃が落ちた。
もうそこまできているのか、牽制かわからないが、戦いの火蓋はもうきられているのを俺は直感した。




