↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神秘解戦~ダンジョンプラネット~  作者: 白石誠吾
第二章-後編「新生胎動」
PR
61/71

Op.52「黄昏の仲裁者」

 自分の中から力が溢れ出し、その奔流に自分自身が呑み込まれていくような感覚。

 深く暗い海の底に沈んでいくみたいだった。


 同時に、すべてを力でねじ伏せられるような万能感に包まれる。

 さっきまで目の前の男に覚えていた怒りさえ、もうどこかへ消え失せていた。


 ただ、思考が上手くまとまらない。

 だというのに、視界に映る景色だけは異様なほどに鮮明で、心の底から気分がいい。


「いいねぇ。面白くなってきた! まだ奥の手があるんだろ? 出し惜しみすんなよ!」


 アレクと呼ばれていた隊服の青年が、満身創痍のまま剣を構える。

 どうやらコイツは、正義の魔法ってやつを使えるらしい。


(……正義の魔法? じゃあ、原譜の能力者なんだっけ……?)


 そんな疑問は、浮かんだそばから霧みたいに消えていった。

 心底どうでもよかった。

 今はただ、楽しければそれでいい。


 俺は思考のすべてを放り出し、ゆっくりと正面を見据える。


「裁け、正義の断剣――!」


 どんな魔法を拝めるのか、心が躍る。

 それを俺がどう受けきるのか。

 それとも、成す術もなく無様に倒されるのか。


 楽しい。

 楽しい。

 楽しい。


 沸き立つ興奮が収まらない。

 もっと味わいたい。

 繰り出された技を堪能して、そのうえで叩き潰したい。


「ははっ! そうこなくっちゃ! ほら、最後まで俺を楽しませろ!」


 真正面から高速で迫ってくる正義の刃。

 対する俺は、ただ出鱈目に力の奔流を凝縮し、ブレードを振り抜く。


 夕焼けに照らされた展望デッキで、二人の影が一直線に迫る。


 そして互いの刃が、あとわずかで届こうとした――その瞬間だった。


「そこまでだ!」


 凛とした男の声が、夕焼けに染まる展望デッキへ鋭く響き渡った。

 続けざまに、二つの影が戦場の中央へ割って入る。


 一つは、隊服の上から白いマントをなびかせた赤茶髪の男。

 もう一つは、見覚えのある金髪を揺らめかせた、茜(・)色(・)の(・)瞳(・)の(・)少(・)女(・)。


 夕焼けを背に現れた二人の姿に、張り詰めきっていた展望デッキの空気が一変する。

 あと一歩で届くはずだった決着は、寸前で断ち切られてしまった。


「君(・)もそこまでだよ」


 ブレードを振り下ろそうとしていた俺の右腕を、横から伸びた細い手ががっちりと掴む。

 見た目に反して、驚くほど強い力だった。

 そのまま勢いごと止められ、俺は反射的にそちらを見る。


「あっ……」


 思わず、間の抜けた声が漏れた。

 至近距離で、茜色の瞳と真っ直ぐに視線がぶつかる。

 一瞬で、誰なのか分かった。


 そう。俺の動きを止めたのは、ルナ・トワイライトだった。


「ルナ……」


 自然と彼女の名前が口からこぼれる。

 一方でルナは、呆れたように眉をひそめたまま俺の顔を見上げていた。


「ったく、なんつー魔力してんのよ。ほら、さっさとブレードも下ろす!」

「待てって。もうちょいで決着が……」

「アホかっ! ちょっと目を離したら、なんでこんな大事になってんのよ」


 ぴしゃりと言い切る声と一緒に、ジロリと睨むような視線が突き刺さる。

 その細い腕は、俺の右腕を掴んだまま少しも緩まない。

 むしろ、逃がすものかという意思が腕越しに伝わってくる。


「あーーー、それは……」


 俺はルナの視線から逃れるように、正面へ顔を背けた。

 そこでは、この事態を招いた張本人であるアレクと、彼によく似た男が言葉を交わしていた。


「アレク、ここまでだ。これ以上の戦闘行為は看過できない」

「ジーク兄さん! アイツは……!」


 血を流し、肩で息をしながらも、アレクはなお食い下がろうとする。

 だが、ジークと呼ばれた男はその訴えを遮るように、静かな声音で告げた。


「彼は魔人ではないよ。生体検査も受けて、異常がないという報せも届いている。なにより、彼と目の前で対峙したなら分かるはずだ」

「それは……」


 穏やかでありながら圧のある言葉に、アレクの顔が強張る。

 折れた右腕をぶら下げたまま、なお剣を握る左手には力がこもっていた。

 けれど、反論の言葉は出てこず、悔しげに目を伏せる。


 その姿を確認したジークは、俺とルナの方へ向き直った。


「互いに言い分はあるのだろうけど、この場は僕が預からせてもらうよ」


 静かだが、有無を言わせない声音だった。


 だが、こっちは不完全燃焼もいいところ。

 いきなりしゃしゃり出てきて、勝負に水を差して何様のつもりなのか。


 間髪入れず言い返そうとした、その瞬間だった。


「はぁ? こっちはようやく盛り上がってきたとこな――っ!?」


 ふいに全身から力が抜けた。

 今まで体に満ち溢れていた力が、急に遠のいていく。

 膝が笑うとか、そんな生易しいものじゃない。

 まるで身体の芯を支えていた何かが、音もなく切れたような感覚。


 糸が切れたみたいに、ガクンと膝から崩れ落ちる。


「なんだ、これ……」


 指先に力が入らない。

 握り締めていたブレードが甲板に転がり落ちて、カランカランと甲高い音を響かせた。


 身体が重い。

 視界がぐらりと揺れ、ついさっきまであんなに鮮明だった世界が、急にぼやけ始める。


「ったく、あんな出鱈目な魔力の使い方してたら、そりゃこうなるよ」


 倒れかけた俺の身体を、ルナが肩で支えた。

 細い身体なのに、不思議なくらいしっかりと支えてくれる。

 それが心地いいせいか、限界を超えて無茶をしたせいか、意識がどんどん遠くなっていく。


「ルナ、俺は……」

「いーから。あとでめっちゃ説教するけど、今は寝てていいから」


 呆れたような口調。

 なのに、その声はどこか柔らかかった。


「説教は……勘弁して……く……れ……」


 ルナの茜色の瞳と、周囲を染める夕焼けの色が溶け合うように霞んでいく。

 展望デッキの喧騒も、慌ただしい声や足音も、全部が遠ざかる。


 そして俺の意識は、鮮やかな夕日とは対照的に、深く暗い闇の底へ落ちていった。


 ♪―♪―♪


 夕陽に照らされ、激戦の爪痕が残る魔導戦艦の展望デッキ。

 その場所は、先ほどまでとは別の意味で騒然としていた。


「急げ! 重傷者から順に運べ!」

「回復術師(ヒーラー)チームはまだか!? さっさと呼んで来い!」

「軽傷者は、ヒーリングカプセルへ向かわせてください!」

「ここで応急処置する! 回復薬(ポーション)をありったけ持ってきてくれ!」


 怒号が飛び交い、世界調律騎士団の団員たちが慌ただしく甲板を駆け回る。

 茜色の夕日に染まる木製の甲板には、倒れた団員たち、砕けた武器の残骸、抉れた床板、飛び散った血の跡が生々しく残されていた。


 つい先ほどまで、ここが激戦の中心だったことを、誰もが嫌でも思い知らされる光景。

 その混乱の中を、気を失った黒髪の青年を肩で支えたルナが進んでいく。

 だらりと落ちた腕にはまるで力が入っておらず、引きずられる足先が時折、血に濡れた甲板を擦った。


「ったく、どんな暴れ方したらこうなんのよ……」


 ルナは呆れたように愚痴をこぼしながら、肩越しに隣の顔を見やった。

 記憶喪失で、何もかもが謎に包まれた黒髪の青年。


 彼の頬には細い赤い傷が走り、血がゆっくりと伝っている。

 だが当の本人は、そんなことも知らないみたいに心地よさそうに眠っていた。


 一方で脳裏に浮かぶのは、さっき一瞬だけ目にした、膨大な魔力を解き放つ姿。

 あの怪物じみた姿と、今こうして無防備に眠っている姿が、どうしても結びつかない。


(マジで一体何者なんだろ……? ってか、やっぱ星屑の森で私やシアを助けたのも……)


 そんな疑問を抱えたまま、ルナは足を止めず、甲板の端に座り込んでいるシアのもとへ向かった。


「シア! 大丈夫? 立てる?」

「ルナ……」


 声をかけられたシアは、どこか疲れたような笑みを浮かべて顔を上げた。

 甲板で戦闘が始まってから、彼女は身を縮めるようにその場へ座り込み、ずっと動けずにいた。


 両腕でお守りのように一冊の本を抱きしめ、吹き荒れる魔力の嵐の中で意識を保つだけで精いっぱいだった。


 当然ながら、もはや彼女に自力で立ち上がる余力は残されていなかった。


「うん、大丈夫なんだけど……腰が抜けちゃって……」


 困ったように笑おうとするが、頬は引きつったままだ。

 白狼種(ウルフェ)特有の獣耳もぺたりと倒れ、声もわずかに震えている。


 無理もない、とルナは一瞬だけ思う。

 直前までの惨状を見れば、シアがこうして意識を保っているだけでも十分に踏ん張った方だ。


 何はともあれ無事だったことに安堵しながら、ルナの視線は自然とシアの胸元へ落ちた。


「あれ? なんでシアがその本、持ってんの?」

「えっとね……」


 シアは答えに詰まり、困ったように視線を腕の中の本へ落とす。

 表紙に記されているのは、『愚者と約束の木』。

 この惨状の引き金にもなった、ルナのお気に入りの一冊だった。


「え、えっと……どこから話せばいいんだろ……」


 まだおぼつかない意識の中で、シアはどうにか言葉を探そうとする。

 だが、その説明は背後から届いた女の声によって遮られた。


「二人とも、その話は後よ」


 ルナより遅れて展望デッキへやって来たのは、一人の女性だった。

 腰まで伸びた青みがかった黒髪に、耳長種(エルフ)特有のやや尖った耳。

 白を基調とした自由組合の制服を纏ったその女の名は、フィオネ・プルメリア。


 彼女は、周囲の惨状を一瞥すると、迷いなくシアのもとへ歩み寄った。


「フィオネさん……」

「シアは私が運ぶわ。とりあえず、この場所から移動しましょう」


 そう言うと、フィオネはすぐにシアの隣へ膝をつき、肩を貸す。

 シアもほっとしたように息を吐き、その手を借りて立ち上がろうとする。

 だが、足にはまだ上手く力が入らず、ふらつく身体をフィオネがしっかりと支える形になった。

 

「無理しなくていいわ。ゆっくりでいいから」

「ごめんなさい。私がもっと上手く立ち回れてたら、こんなことには……」


 立ち上がりながら、シアは申し訳なさそうに細い声で謝罪をこぼした。

 フィオネは、何があったのかをすぐにでも聞きたい気持ちを抑え込み、何も言わずに彼女を支えたまま、空いている方の手でそっと頭を撫でた。


 その手つきはひどく穏やかで、責める色は少しもなかった。


 ルナはそんな光景にやわらかな視線を向けながら、気を失ったままの黒髪の青年を担ぎ直す。

 ずり落ちかけた腕を引き上げ、肩に重みをかけ直した。


「んじゃ、さっさと行こっかね。コイツ、意外と重たいし……って、ん?」


 三人がその場を離れようとした、そのときだった。

 新たな足音が、こちらへ近づいてくる。


 視線を向けると、白と黒を基調とした世界調律騎士団の隊服に身を包み、顔色の悪い女性隊員を肩で支えた赤茶髪の男が、まっすぐこちらへ歩いてきていた。


 偶然にもルナと同じタイミングで展望デッキへ仲裁に現れた男――ジークエリート・セオドールだった。


「突然ですまない。僕たちも話し合いの場に同席させてもらえないだろうか?」


 それは許可を求めるというより、必要な手順を静かに告げる声音だった。

 部下の中で唯一まともに状況を説明できる状態にあったミリアを伴い、この場へやって来たジーク。


 フィオネもまた、すぐにその意図を理解する。

 

「ええ。お互いに、事実確認は必要でしょうね」


 まずは、何が起こったのか。

 誰が何をし、どうしてここまでの惨状に至ったのか。

 それを整理しなければならない。


 話を聞くべき相手は明白だった。

 黒髪の青年とシア。

 そして、アレクを筆頭とした世界調律騎士団の団員たち。


 自由組合職員であるフィオネと、世界調律騎士団に所属するジーク。

 二人は一瞬のうちに互いの意図を汲み取り、話し合いの場を設けることで一致した。


「場所は、第四会議室でいいだろうか?」

「えぇ、そちらで問題ありません」


 短いやり取りだけで今後の流れを決めると、フィオネはシアを支えたまま歩き出す。

 それに合わせて、黒髪の青年を担ぐルナも、ミリアを伴ったジークも動いた。


 激戦の爪痕を色濃く残し、夕焼けに染まる甲板の上を、彼らはゆっくりと進んでいく。

 背後では、負傷者を運ぶ団員たちの声と、応急処置の指示が絶え間なく飛び交っていた。

 

 こうして、誰もが胸の内に様々な感情を抱えたまま、次に待ち受ける『話し合いの場』へと向かうのだった。

感想・高評価・ブックマークお願いします!

※毎週、土曜12頃に更新中です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。