Op.41「バイキング」
「おぉー!」
食堂に足を踏み入れた瞬間、思わず感嘆の声が漏れた。
俺の視界いっぱいに広がるのは、見覚えのあるバイキングの光景。
天井の高い広々とした空間の中央と壁際に、長いテーブルが何列も並び、その上を埋め尽くすように料理が所狭しと並べられている。
人々のざわめきと、食器の触れ合う音が微かに混じり、食堂全体が活気に満ちていた。
湯気を立てる大皿料理。
香ばしく焼き上げられた肉の塊。
艶やかなソースが絡められた魚料理。
色とりどりの野菜と果実が盛られたサラダや前菜。
しかし、その中には見たことのないような料理や未知の材料も多くあり、紛れもなくこの世界独自のバイキングだった。
(すげぇ……なんだあの料理……?)
この世界に来てから初めての食事に心が躍る。
未知の料理がずらりと並ぶ光景に、胸が高鳴らないはずがなかった。
さらに、奥にあるテーブルでは鉄板で肉がジュージューと音を立てながら焼かれ、鍋からは濃厚な香りのスープの湯気が立ち上がり、スパイスと油の混じった匂いが食欲を容赦なく刺激してくる。
グゥゥ~
ここまで怒涛の展開続きで、半ば忘れていた腹の虫が目を覚ましたらしい。
ただし、それは俺だけでなかったようだ。
隣から特大の腹の虫。
いや、もはや猛獣の咆哮としか思えない重低音が響く。
グゥゥゥウウウ~ゴロゴロゴロ~
思わず顔を向けると、茜色の瞳とばっちり視線がぶつかった。
急速に赤面していくルナに、俺は何も言わず、そっと目を逸らす。
「し、仕方ないでしょ! 魔力も体力もすっからかんになるまで戦ったんだからさ!」
「俺は何も言ってない」
「目で言ってましたー! スゴい腹の音してんなコイツって言ってましたー!」
「はいはい、他の人の迷惑になるから、ここで騒がないの」
穏やかな声で割って入ったシアが、大皿を俺たちに手渡してくる。
そこで、ふと疑問が浮かぶ。
(これは俺の知るバイキングと同じルールなんだろうか……)
周囲を見渡す限り、皿に料理を取っていく形式は同じ。
しかし、ここは前世とは別の世界。
俺の知らない常識やマナーがあっても、何ら不思議ではない。
念のため、確認しておくべきだろう。
「ルナ、これは普通に皿に取る形式でいいんだよな?」
「そうだよ。ちゃんと自分が食べられる量だけ取らないとダメだからね」
「他に気をつけることは?」
「んー、取った料理を戻さないとか? シア、他に何かあるっけ?」
話を振られた白髪の少女は、顎に指を添えて少し考えた後、なぜか俺ではなくルナを見て口を開いた。
「好き嫌いせず、バランスよく食べましょう」
「なんで私の方を見て言うのよ」
「だって、いっつもルナのお皿は茶色いんだもん」
「……だってさ」
いや、そこで苦しそうに俺へ話を振られても困るんだが……。
何はともあれ、今のところ前世と同じ形式のバイキングと考えて良さそうだ。
そうして、彼女たちに付き添ってもらう形で、俺のバイキング探索が始まった。
「ま・ず・は~、やっぱお肉でしょっ!」
「ねぇ、さっきの私の話聞いてた?」
「はいはい、ちゃんと野菜も食べますよ~」
二人が小競合いを繰り広げる背後で、俺は料理の並ぶテーブルへと視線を移す。
各皿の前には、料理名と使用されている素材が記された小さなラベルが添えられており、初見の俺でも内容がひと目で分かるようになっている。
・闘魚肉のソテー
・魔海の巨大鮫のサンドイッチ
・熟成ワーム肉の赤ワイン煮
・青緑鱗の恐竜獣の骨付き肉
・ジュエルフィッシュバーガー
・クラーケンの串焼き
・海妖類のアクアシチュー
・雷鳥卵のオムレツ
まず、一番手前のテーブルに並ぶ料理を一通り眺めて、浮かんだ感想は一つだった。
(どんな料理かは想像つくけど……材料と味がまるで想像できねぇ)
基本的に俺も知っている料理が、この世界独自の素材で調理されているようだ。
その中でも、特に気になる皿が一つあった。
『魔海の巨大鮫のサンドイッチ』。
この文字を目にしただけで、嫌でも少し前に死にかけた記憶が叩き起こされる。
訳も分からないまま星屑の森で目を覚まし、空を泳ぐ巨大鮫たちと命がけの追いかけっこを繰り広げ、喰い尽くされる寸前まで追い込まれた悪夢のような時間。
(……このパンに挟まってるのが、あの巨大鮫の肉ってことか)
どうやら、今の俺はこの場にそぐわない顔をしていたらしい。
その様子に気づいたのか、ルナがいつの間にか近づいてきて、俺の顔を覗き込んできた。
「どーしたの? せっかくのバイキングなのに難しい顔しちゃってさ」
「いや、森でこいつに殺されかけたのをちょっと思い出して……」
「あっははは! めっちゃ奇遇じゃん。私もあとちょいでコイツに食われるとこだったんだよねー。ってことで、お返しにいっぱい食べてやろうよ」
にっしし、と愉快そうに笑い飛ばすルナの姿を見ているうちに、いつの間にか、胸の奥に引っかかっていた嫌なイメージは薄れていた。
あと、気になるのはその味なのだが……
「これ美味いの?」
「ムカつくデカ鮫だけど、味はピカイチだよ」
胸の前で腕を組み、どこか悔しそうに唇を尖らせる金髪の少女。
その様子を見て、俺は小さく頷き、メガロドンのサンドイッチを自分の皿に乗せた。
(記念すべき一品目、だな……)
――と思ったのも束の間。
今度は逆に、ルナが隣の皿を険しい顔で睨みつけていた。
そこに並ぶのは、少し小ぶりなハンバーガー『ジュエルフィッシュバーガー』。
たしか、彼女の右脇腹に突進をかました魔獣の肉が材料だったはず。
どんな戦いを繰り広げたのかは想像もつかないが、手痛い傷を負わせられた相手なら、料理になっていても多少なりとも苦手意識を抱くものではないか、と思ったのだが……
「あの時の突進の恨みじゃぁああああ!」
――うん、何の心配もなさそうだ。
ルナは声を荒げながら、いくつも自分の皿に因縁の料理を積み上げていく。
俺は『そんなに食べれるのか?』と疑問を抱きつつ、次のテーブルへと向かった。
「おぉ、こっちもすげぇな」
隣の卓上にも、多種多様な料理がずらりと並んでいた。
立ち上る湯気とともに、濃厚な匂いが鼻腔を満たす。
視覚と嗅覚だけで満足してしまいそうになるのを堪えつつ、俺は一品ずつ目を走らせていく。
・天空貝の煮つけ
・大砲海老のスープ
・海王星迷宮カレー
・二層鎧の岩盤鯨のステーキ肉
・クラーケンのイカ墨パスタ
・オーク肉の香草焼き
・鉄甲蟹の酒蒸し
・シーサーペントの蒲焼き
こちらも豊富なラインナップで、やはり未知の素材に溢れていた。
その中でも、聞き覚えのある材料を使った料理の前で俺は足を止める。
「んっ……?」
焼きたてらしく、香ばしい煙を上げる分厚い赤身肉。
今にも肉汁が弾けそうなほど艶があり、見た目だけなら文句なしに美味そうだ。
だが、脳裏に浮かんだのは、魔導戦艦に搭乗する直前に目撃した巨大な黒鯨の亡骸。
もしや、このお肉は外に転がっていた魔獣のものでは? と疑念が浮かぶ。
そして、その答え合わせをするように、俺の背後からひょこっと顔を出して現れたシアが教えてくれた。
「これは、外に倒れていた二層鎧の岩盤鯨のお肉ですね」
「あー、やっぱそうなんだ……」
「この魔獣は討伐するのがとても難しくて、めったに市場に出回ることがないんです。私も三年前くらいに一度食べたくらいだったかなぁ」
予想通り、俺が撃ち放った涙の魔法で倒した個体だったらしい。
もっとも、倒したというより、たまたま当たって倒れたという方が正確なんだけど……。
まぁ、今はそんなことはどうでもいい。
大事なのは、この肉が美味しいかどうかだけだ。
「シアちゃん、これって美味しいの?」
「んー、結構クセがあるから苦手って人もいるんですけど、これは獲れ立てで新鮮だから美味しいと思います!」
「そっか。じゃあ、食べてみよっかな」
「はい、私もいただきますね」
そんな雑談を交わしながら、俺とシアはロックスホエールのステーキをそれぞれの皿に乗せた。
さらにシアから話を聞きつつ、追加で選んだ料理は二つ。
一つは、海王星迷宮カレー。
これは、第八迷宮『海王星迷宮』の内部で採れた素材をふんだんに使用したカレーらしい。
もう一つは、シーサーペントの蒲焼き。
巨大な海蛇に似た魔獣の肉を、特製のタレで香ばしく炙った料理のようだ。
見た目も香りも、前世で食べたウナギの蒲焼きと酷似している。
結果的に、皿の上には四品が並ぶことになった。
俺はそれを眺めながら小さく満足し、そのまま次のテーブルへと足を向ける。
そこには、大きさも形も異なるグラスがずらりと並べられていた。
「これは……なんだ……?」
頭の中に、クエスチョンマークが次々と浮かび上がる。
目の前のテーブルがドリンクコーナーであることは間違いない。
だが、これだけグラスが用意されているにもかかわらず、肝心の飲み物がどこにも見当たらなかった。
ついでに言うと、ドリンクバーのような機械もなければ、ボトルの類も見当たらない。
代わりに置かれているのは、角砂糖ほどの大きさをした、四角い結晶体。
それらが種類ごとに分けられ、皿の上に小山のように積まれており、その下にはドリンク名らしき文字が添えられていた。
・オーカス茶
・宝玉茶
・果汁結晶入りの蜜柑水
・果汁結晶入りの葡萄水
・炭酸結晶入りの蜜柑水
・炭酸結晶入りの葡萄水
・焙煎結晶入りの珈琲
……この多種多様な結晶を、水やお湯に溶かして飲むということなのか。
それとも、割った瞬間に中からドリンクが溢れ出す仕組みだったりするのだろうか。
こういう時に限って、周囲に利用している人の姿はない。
仕組みを観察する手がかりすら得られず、俺はその場で足を止めてしまう。
そんな折、背後からふいに金色の髪が視界に飛び込んできた。
「なーにそんなとこで固まってんの?」
皿いっぱいに料理を盛り、ご機嫌そうな少女がリズミカルな口調で問いかけてくる。
どうやら、シアと入れ替わりで料理を取りに行くのと、俺のフォローを分担しているらしい。
「これ、どうやって飲むのか考えてたんだ」
「あー、クリスタルドリンクね。これは水とかお湯に溶かすんだよ。それも種類によって変わるんだけどさ」
にこやかに説明しながら、ルナは近くに並んでいたグラスの中から一つを手に取った。
「んで、どれ飲みたいの?」
「って言われてもな……とりあえず、ルナのおすすめで」
「おっけー! じゃあ、炭酸結晶入りの蜜柑水かな! 私も飲みたいし」
そう言って、彼女はオレンジ色の四角い結晶を二つ手に取り、それぞれ別のグラスへと放り込む。
そのまま俺を促すように、テーブルの奥へと歩いていった。
そこに設置されていたのは、長方形の大きな黒い箱。
だが、表面にはボタンらしきものは一切なく、操作盤のようなものも見当たらない。
(これ、どう使うんだ……?)
疑問を抱いたまま、俺はルナの動きをじっと注視する。
すると彼女は、迷いのない動作で指先を箱の表面へと軽く触れた。
「これを、こうしてっと……」
次の瞬間、黒い箱の表面が淡く光を帯び、ディスプレイが浮かび上がる。
色とりどりのメニューボタンが表示され、ルナは慣れた様子でそれらを次々とタップしていく。
やがて、低い駆動音とともに下段の蓋が静かに持ち上がり、内部の構造が露わになった。
そして姿を現したのは、俺にも見覚えのあるドリンクバーの機械そのものだった。
「あとは、ここにグラスを置くだけ。簡単でしょ?」
「あぁ……」
感心する間もなく、オレンジ色の結晶体が入ったグラスに水が注がれていく。
シュワシュワと軽快な音を立てながら、透明だった水は次第に橙色へと染まり、同時に、細かな気泡がパチパチと弾け始めた。
見た目にも楽しげなその光景を眺めながら、俺の脳裏に浮かんだ感想は、ただ一つ。
(……やっぱお茶にしとけばよかった)
ご飯とジュースの組み合わせは、正直あまり得意じゃない。
まぁ、この失敗も経験ということにしておこう。
そう無理やり自分を納得させながら、俺はルナと共に最後のテーブルへと向かった。
「すげぇ……甘ったるい匂いがする」
「そりゃそうでしょ。見ての通り、こっちはデザートコーナーだからね!」
最後のテーブルに並んでいるのは、彩り豊かなスイーツやお菓子の数々。
大きなクッキーに、ショートケーキ、プリン、アップルパイやその他諸々。
ざっと眺めただけでも、胸より先に胃が重くなりそうな光景が広がっていた。
「私は後でまた取りに来るつもりだけど、君はどうする?」
大量に料理を盛った皿を片手に、ルナがこちらを振り返って問いかけてくる。
正直なところ、俺は甘いものがそこまで得意というわけではない。
だが、ここに並ぶデザートがどんな素材で作られているのかは気になるところ。
「俺は、どんなものがあるのかだけ見ておきたい」
「おっけー! んじゃっ、向こうの席で待ってるから後でちゃんと来てよ」
「りょーかい」
話はあっさりまとまり、ルナは上機嫌な様子で金髪を揺らしながら、奥のテーブルへと歩いていった。
一方で、俺は目の前のデザートコーナーへと足を進め、テーブル全体を一通り眺めていく。
・月花樹の果実のアイスクリーム
・陽光樹の果実のフルーツサンド
・海林檎のアップルパイ
・海イチゴのショートケーキ
・蜂蜜味の緑葉
・魔力を含んだ果物の盛り合わせ
・王鶏卵のプリン
・スライム団子
・星屑の実クッキー
・冒険者チップス
(なんだろうな……未知のはずなのに、妙に既視感があるんだよな……)
これが、料理とドリンク、そしてデザートまで一通り見回して抱いた率直な感想だった。
目新しいのに、どこか見覚えのあるような感覚。
まるで、俺の知る前世の料理を、この世界独自の素材で再現しているかのようだ。
「まぁ、全部が全部、よく分からないモノじゃないだけマシか」
胸の内に湧き上がった小さな疑問にはひとまず蓋をして、俺はルナとシアが待つテーブルへと足を向けた。
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