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神秘解戦~ダンジョンプラネット~  作者: 白石誠吾
第二章 - 「新生始動」
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Op.38「原譜の神器」

「彼は、明星ギルド団長のリヒト・ルーキフェル。この国に五人しかいない原譜の能力者の一人です」


 衝撃の内容が、メディカルルームの無機質な空間に静かに響いた。

 同時に、カプセル装置内で回復液に肩まで浸かっていた俺の前髪から、水滴が一筋、零れ落ちる。


 ピチャっという音を立てて青緑色の水面に、小さな波紋が広がった。

 まるで、これから先に待ち受ける波乱を描き出したかのように。


「えっ、アイツも能力者なの?」

「はい……」


 思わず聞き返すと、シアが真剣な表情のまま重たく頷いた。


「マジか。さっきから出会う人が、みんな原譜の能力者なんだけど」

「今回のワームホール発生を深刻な状況と考えて、国が三人の能力者に対応を依頼することになったみたいですね」

「そう、なんだ」


 脳裏によぎるのは、空がひび割れてぽっかりと開いた黒い穴。

 そこから溢れ出す、大量の魔獣たち。

 確かに、あんな化物がゴロゴロ出てくる災害なら、力を持つ者が必要になる。


 そして今回、その対応に当たった三人の能力者というのはもはや語るまでもない。


 秋の魔法使い『フォルン・オータムフェスト』。

 銀色の魔法使い『シャーロット・セレンティア』。

 三人目は、まさかのルナに悪意をもって絡んでいた『リヒト・ルーキフェル』。


(秋と銀色に続いて、あの男が何の魔法使いなのか気になるけど……)


 ルナやシアと、かなり深い因縁がありそうなあの男のことを、今ここで尋ねていいものか。

 せっかく緩んだ空気が、また少し重くなってしまっているのを感じる。


 一度話題を変えるべきか。

 それとも、この流れのまま一気に聞いてしまうべきか。

 個人的にはもっと色々知りたいが……と判断を迷っていると、シアの口から予想外の言葉が飛び出した。


「ただですね、厳密には()()()()()()()()()()()()()()()()


 その一言によって、俺の頭の中にクエスチョンマークが大量に浮かび上がった。

 リヒト・ルーキフェルは能力者であって、能力者じゃない。

 なにかの謎かけだろうか。それとも、頓智のような言い回しなのか。

 もしくは、まだ俺の知らないビックリ新情報が飛び出すのか。

 その答えを求めて会話を繋いだ。


「えっと、どういうこと? さっきシアちゃんがアイツも能力者だって言ってたよね?」

「はい、その通りなんですけど……どこから説明したらいいんだろ……」


 ブレザー制服姿のケモ耳少女が、困ったように眉尻を下げる。

 無知な俺に対して、何をどこから教えるべきか、頭の中で段取りを組んでいる顔だ。


「できれば、一から教えてもらえると嬉しいんだけどなー。シアちゃんの説明とっても分かりやすいからなー」


 とりあえず、基本的なことから教えてほしいと、わざとらしくねだってみた。

 それに対して彼女は柔らかく微笑み、呼吸を整えるように軽く息を吐き出してから語り始める。


「ふふっ、そうですね。では、順を追って説明していきますね」


 こうして人種の授業に続いて、シア先生による二回目の授業が開講する運びとなった。


「まず、世界には原譜(げんぷ)神器(じんぎ)と呼ばれる希少な道具が存在します」

「原譜の、神器じんぎ?」

「はい。能力者はその魂に魔法の譜面が刻まれるとされていますが、神器の場合は『モノ』そのものに原譜が宿ると言われているんです」

「ふむふむ」


 色々とツッコみどころはあるが、とりあえず相槌を打ちながら聞き進める。

 今は与えられた情報を脳内で整理、理解することに専念する。


「通常、原譜の能力者は自身の魂に干渉することで、術式を創作して魔法を行使します。一方で、原譜の神器は、その所有者の影響を強く受けながら、神器そのものが術式を生み出すと考えられているんです」


 要するに、魔法の譜面である『原譜』は、『人』にも『モノ』にも宿り得るということ。

 人の場合は、俺自身が能力者だからこそ、感覚的にも理解できる部分がある。


 だが、モノの場合は話が変わってくる。

 その所有者の性質や在り方が強く反映され、神器が術式を形作る。

 魔法を生み出して発動するための装置、それが原譜の神器と考えて間違いないだろう。


 そして、ここまでの説明を聞いてこの授業の嫌な着地点が見えた気がした。

 だが、俺は余計な口を挟まず、シアの言葉に耳を傾け続ける。


「例えば、ここに一本の剣があるとします。その剣に宿る原譜の系統ジャンルが天使系であれば『聖剣』、悪魔系であれば『魔剣』に分類されます」

「聖剣と魔剣って、なんかカッコいい響きだね」

「ふふっ、男の子ですね。ただ、聖剣や魔剣といった神器は国宝として扱われるほどに希少なもので、それこそ世界にも十本ほどしかないそうですよ」

「へぇ、そんなにレア物なんだ」


 ここでシアは一拍の間を置いた。

 軽く息を吐き出し、柔らかかった表情を引き締める。

 空気が、わずかに張り詰めたのが分かった。


「もう、察しているかもしれませんが……」


 その視線が、今もニュース映像を映し続けているモニターへと向けられる。

 俺も自然と、その後を追った。


 画面の中には、相変わらず意気揚々とインタビューに応える白髪金眼の青年。

 作り物めいた爽やかな笑顔を浮かべる、リヒト・ルーキフェルの姿。


「そのうちの一振りを持つのが、彼です」


 リヒト・ルーキフェルは能力者であって、能力者ではない。

 その矛盾した言葉の答えは、彼が原譜の神器の所有者であるというものだった。


 そして、この授業の核心へと踏み込む言葉が、穏やかな口調で続けられる。


「天使系-幻命譜(ライフスコア)-タイトル『光の堕天使(ルシファー)』。それが、彼の持つ聖剣に宿る原譜だそうです」

「聖剣、光の堕天使(ルシファー)……」


 衝撃的な内容を、俺は噛みしめるようにぽつりぽつりと口に出して反芻する。

 その間も、シアは言葉を切らず、神妙な面持ちのまま授業の締めくくりへと進んでいった。


「その聖剣から繰り出される光の魔法と剣技を駆使した戦法から、彼は傲慢なる光の聖剣士(プライドネスセイバー)と呼ばれ、明星ギルドの団長としてこの国の五大ギルドの一角に君臨しているんです」


 無機質なメディカルルーム。

 カプセル装置がいくつも並ぶその空間に、小さくも重みのある言葉が静かに反響した。


 思わず少し視線を上げた拍子に、再び俺の前髪から一滴の雫が落ちる。

 刹那、ポツンと音を立てて青緑色の回復液の水面を打つ。

 そこに広がった小さな波紋が、今聞いたばかりの名前の重さを、ゆっくりと噛みしめるように揺れていた。


傲慢なる光の聖剣士(プライドネスセイバー)に、明星ギルドねぇ……)


 ギルドというのは、冒険者で構成される組織のようなものだと聞いている。

 要するに、リヒト・ルーキフェルという男もまた、銀色や秋の子たちと同じく、自身の派閥を持ち、国内で確かな地位を築いている存在なのだろう。


 正直なところ、俺にはあまり関係のない話だがルナとシアの二人は違う。

 並々ならぬ因縁のある相手が大きな組織であり、原譜の神器の所有者。

 喧嘩するにしても分が悪いし、含むところも多いのかもしれない。

 

 ここまで来ると、二人とあの男の間にどんな関係があるのかも気になるが――


「あっ! ごめんなさい! 私、ルナの方も手伝ってこないといけないんでした!」


 張り詰めていた空気を霧散させるように、シアが間の抜けた声を上げた。

 どうやら、話に夢中になるあまり、ルナの元へ向かうのをすっかり忘れていたらしい。


 まぁ、色々と教えてほしいとせがんだ俺にも、原因の一端はありそうだけど。

 とにかく、これが俺のせいだと責められないことを祈るとしよう。

 せっかく身体の傷が癒えたばかりなのに、じゃじゃ馬の金髪少女に再びボコスカ殴られるのは勘弁だ。


「乾燥モードにしておいたので、服が乾いたら隣の部屋に来てくださいねー!」

「はいよー」


 シアは回復治療用(ヒーリング)カプセルに備え付けられた操作パネルを軽く叩くと、そのまま身を翻した。

 紺色のスカートと白髪をふわりと揺らしながら、小走りでメディカルルームを後にしていく。


 直後、俺が入っていたカプセル内部の回復液が静かに引き始め、あっという間に空になった。

 続いて四方から適温の風が送り込まれ、乾燥モードとやらが作動する。


(にしても、色んなことが混沌としてるなー)


 全身に心地よい風を浴びながら、頭の中にも風を通すように思考を巡らせる。


 アルタイル共和国の五人しか存在しないという原譜の能力者。

 そこに新たに誕生した、六番目の能力者ルナ・トワイライト。

 彼女と同世代で『銀色』と『秋』の題名を冠する『双星の世代』の二人。

 そして、彼女と並々ならぬ因縁を持つ、明星ギルド団長リヒト・ルーキフェル。


 既に五人中三人と何らかの縁を持つ、六番目の光。

 まるで、ルナを中心にして混沌の波紋が幾重にも広がっているようにすら思えてくる。


(残りの二人の能力者も、気になるところだけど……)


 一方で、俺自身もその混沌の渦中にいることを忘れてはいけない。

 いや、むしろこの状況を作り出してしまった張本人と言っても過言ではないだろう。


 不慮の事故のような形ではあるが、結果的にルナを能力者にしちゃったようなものだしな。

 加えて、俺自身も原譜の能力者であり、通常とは異なる三枚持ちの異端な存在。

 それ以前に、この世界の人間ですらないという、未だに現実感の薄い事実も抱えている。


 そして、その異質さを周囲に悟られてはいけないという制約は、どこまでも付きまとう。


(いずれにせよ、目立たないように行動しつつ、この世界に適応していくだけだな)


 改めて頭の中を整えたところで、衣服の乾燥も完了したらしい。

 ピーピーと音を鳴らしながら、カプセル装置の蓋が開く。


「さてと、隣の部屋だったか」


 白シャツの襟を整え、漆黒のコートを羽織り直す。

 最後に軽く伸びをして、身体に痛みがないことを確認して準備完了。


 そのままメディカルルームを後にし、ルナとシアの待つ隣室へと向かった。

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