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夢の向こう側、ぶどう畑の夏  作者: 富澤南
第2話 ぶどう畑の夏
7/21

ep.07 宵闇の縁側


「#NULL!君、夕飯できたよー」

 気づくと、一階から自分を呼ぶ声が聞こえた。

「はーい」と生返事をしつつ一階の居間に降りると、おじいちゃん、おばあちゃん、おじさん(義父の弟)、奈央がテーブルを囲っていた。


 俺は身構えて再び自己紹介をして、食卓についた。

 おばさんが台所から出てきて、「とってもいい子だよ」と言って笑った。


 おばあちゃんはにこにこして「よく来たじゃんねぇ」と喜んでくれた。

 おじいちゃんはあまり表情を崩さず、少し怖い印象を受けた。

 そして、おじさんはビールを飲みながら「まあ何もない田舎だけど、ゆっくりしてけし」と笑っていた。


 義父の堅い印象とは裏腹に、とても温和そうな人に見えた。

 なんでも、地元の農協で働いているのだとか。


 奈央はテーブルの向こうに座っていて、力なく笑っていた。

 さっきはもっとハキハキした子に見えたけど、家族の前だとやはり恥ずかしいのだろうか。

 それとも、俺の最後の態度にひっかかる所があったからだろうか。

 そりゃ、そうだよな。当たり前だ……。

 どうしようか、奈央にいつ謝ろうか、そんな事を考えているうちに、目の前には沢山の料理が出てきた。


 初日の料理は印象的で、おばさんが張り切ったせいなのか、豚の生姜焼きに、そうめんに、外で冷やしてあっただろうキュウリの浅漬やトマトなど、夏っぽいメニューがわんさか出てきて、それはもう食べ切れなかった。



「奈央、#NULL!君とは話した?」

 おばさんが奈央に話しかけた。

「え、うん……ちょっと」

「そう? それならよかった」

 奈央はいかにも気まずい、という感じで下を向いてしまった。


「奈央も見習って勉強しっかりやらんとだめだぞ」

 俯く奈央に、おじさんが半笑いで声をかけた。

「わ、わかってるよ、そんなこと」

「信用出来ないな〜」

 どうやらおじさんは、少し酒に酔っているようだった。


 みんなでテレビを見て元気に笑いながら夕飯は進み、夏の宵闇の時間が過ぎていった。



 夕飯が終わると、おばさんが片付けを始めたので俺も率先して洗いものを手伝ったりした。

 奈央に一言声をかけようと思ったものの、ご飯が終わるとすぐに部屋に戻ってしまった。

 ふと、縁側で食後の一服をしていたおじさんに呼ばれた。

「#NULL!君、こっち来おし」

「あ、はい」


 縁側に座ると、外の青臭い匂いが鼻腔を抜けていった。

 わずかに、「リリリリ……」という虫の声も聞こえた。

 空には、きらきらと無数の星が光っていて、俺は「はー……」と唸ってそれらを眺めた。


「どうでこっちは? すごい田舎でしょ」

「そうですね。色々初めてです、こういうの……でも、いい感じですね」

「それはよかった。でも、なんだか不思議なもんだよねぇ。」

 おじさんは、そう言ってゆっくりと煙を吐き出す。

 俺が「何がですか」と聞き返す前に、おじさんは続けた。


「#NULL!君は、今いくつ? 酒は飲めんのけ」

「あ、二十歳なので……たまには飲んだりも」

「それはいいな!」

 おじさんは嬉しそうにおばさんを呼んだ。

「母さん、ちょっと瓶持って来てよ! あとグラス二つね」


 家の奥から「もー、はいはい」という声が聞こえて、

 俺とおじさんの間に、冷えた瓶ビールとグラスが置かれた。


「#NULL!君は勉強しに来たんだから、あんまり変なことさせちょし」

 そう言われて、おじさんは「わーかってる! 少しだけだから!」と苦笑いした。


 こうして見ているとおじさんはとても無邪気な人で——酔っているのもあるが——あの義父の弟さんには、やっぱり見えなかった。

 そして独特の方言も、なんだか俺には心地がよかった。


「ほらほら」

 おじさんが楽しそうに俺の持ったグラスにビールを並々と注いでいく。

「もう大丈夫です」と言ってもおじさんは子供のように「まだまだ」と言って聞かなかった。

「じゃ、乾杯だな!」

 そう言われて、カチンとグラスを突き合わせた。


 夏の夜風に混じって「リーーン」と虫の声が聞こえる中で飲むビールはやっぱり格別で、思わず二人で「かぁー!」とうなってしまった。

 しばらくおじさんは、黙って煙草を吸い続けた。

 途中、「吸うけ?」と言われたが、俺はそれとなく断った。



「お父さん…って言っていいのかあれだけんど」

「はい?」

「アイツとは、上手くいってるけ?」

 おじさんはさっきまでのにこやかな表情ではなく、少しだけ物憂げな表情に変わっていた。


「ああ、まあ……ハイ。それなりには」

「ほうけ。それならまあ……ごめんね、変なこん聞いちゃって」

「いえ、とんでもないです」

 俺がそう答えて、しばらくその場で虫の鳴き声だけが響いていた。


「僕の方こそ、突然押しかけて——これからお世話になります」

 俺がそう言うと、おじさんは力なく笑って「ゆっくりしてけばいいだ」と言ってくれた。


 その後、おじさんとしばらく縁側で話した。

「勉強なんてテキトーでいいだ」だの「今度一緒にパチンコでも打ちに行かないか」だの——

 あまりに義父とかけ離れたことばかりを言われて、驚いた反面、今までプレッシャーの中にいたので、とても安心できたのを覚えている。


 これは俺の勝手な予想だが、もしかしたら息子ができたと思ってくれたのかもしれない。

 そうだったら嬉しいな、という俺の気持ちだが。




 次の日は、起きて居間に降りるともうおじさんと奈央の姿はなく、おじいちゃんとおばあちゃんが朝ごはんを食べていた。


「おはよう、朝ごはん今するからね」

 俺に気づいたおばさんに、声をかけられた。


「あ、ありがとうございます。あの、奈央ちゃんは——」

「あ、奈央? 部活だってさっき出かけてったねぇ」

 おばさんは窓の方を眺めて、「自転車もないし、やっぱりもういないね」と言った。


「図書館に行くとか言ってたから、今日は夜まで帰ってこないと思うけど」

「そうですか……」

 結局昨日の事を謝るタイミングを失ったな、と俺はがっくりうなだれた。


「何? 奈央に何か用事でもあった?」

「いえ、そういうワケではないんです」

 俺はそのまま用意されたご飯を食べて、日が傾くまで部屋で勉強に集中した。



 西日が差し込んでくる頃にはさすがに集中力が切れて、ちょっと散歩でもしようかなって思った。

 家の一階が何やらガタガタ騒がしくなったので、ちょっと気になって見に行ってみようと思った。

 開けていいのか分からなかったが、書道教室の部屋に続くドアをそーっと開けて覗いてみる。


 何人もの小学生が長机に座って、みんなそれぞれに書道をしている。

 全然集中しないでだれてる子もいれば、背筋を伸ばして集中している子もいる。

 俺はそれがおかしくて、「ぷっ」と笑ってしまった。

 そのうち覗いているのがバレて、男の子に「あ、誰ー!?」と指さされた。


 その騒ぎは瞬く間に広まって「初めて見る人だ!」「兄ちゃん誰!」と次々に集まってくる。

「先生これ誰ー?」と寄ってくる生徒に、おばあちゃんは「はいはい、席に戻ってね」

 と冷静に対応している。


「この人は#NULL!君。今先生の家に泊まって受験勉強してるの」

 おばあちゃんは生徒たちに優しく説明をする。


「え、じゅけんせいなの?」「ろうにんせいってやつじゃない!」

 と、騒ぎが収まる様子はない。

 俺も仕方なしに「こんにちは」などとテキトーな挨拶をして対応する。


「#NULL!君は夢に向かって勉強してるの。みんなも見習ってね」

 おばあちゃんのその一言が俺の心にぷつっと刺さって、俺は我に返った。

「え、なにそれ!」「兄ちゃんどっから来たの」などと騒ぎが続く中、おばあちゃんに「失礼しました」と一言謝って、すぐにその場を離れた。



「俺の夢ってなんだ?」



 おばあちゃんは俺が夢に向かって邁進してるように見えたんだろう。

 勉強して、その先にかけがえのない夢がある、と——

 俺は今、一体何のために勉強しているんだろうか。


 そんな疑問、最初からあったはずなのに、それすらも忘れようとして、東京で色々問題を起こして、今ここに流れ着いて……。

 玄関に置いてあった、奈央のボロボロになったバレーボールを見て、俺はそんなことを何度も何度も考えた。


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