ep.21 夢
それからしばらくして——昼過ぎには3位決定戦が始まった。
初戦と違って、奈央もみんなも落ち着いているようだった。
俺もドキドキはしていたが、これはすぐに「期待」の高鳴りだなと悟った。
俺のここに来てからの全て、
そして奈央の3年間の全てが、この一瞬に詰まっていた。
泣いても笑っても、もう最後なのだから。
「ピーーー」と主審の笛の音が体育館に響いて、
両校の選手がネットに近寄る。
俺もコート脇の監督席から、控えの選手とその様子を眺めていた。
手を叩いて、「よっしゃいこう!!」と声をあげた。
コートの中で千景も思い切り声を上げ、エンジンがかかった。
試合開始の瞬間、サーブカットを構える奈央と目が合った。
俺は頷いて、「いけ」と声をかけた。
奈央は真剣な眼差しで俺を見つめて、深く頷いた。
試合は3セットマッチで、先に2セット先取した方の勝ちだ。
一発目のサーブカット、千景が良いキャッチをし、セッターの子の元へ最高のレシーブが返った。
トスは奈央の待つレフト方向へと飛んでいき、チーム全員が「奈央!!」と叫んだ。
俺も身体の底から「奈央、いけぇ!」と叫ぶ。
高く跳んで打ち込んだ奈央のスパイクは、ブロックの間をすり抜け、相手コートに叩きつけられた。
瞬間、ワッ!と歓声が起こり、体育館中が沸き立つ。
体中の毛穴が開くような、そんな興奮の一瞬。
「よっしゃいいぞぉ!!」
思わず大きなガッツポーズをしてしまう!
それに続いて、控えの子達も「オッケー!」と言って立ち上がった!
コートの中を走り回る奈央は満面の笑顔だ。
千景がベンチの子たちに向かって嬉しそうに手を振った。
奈央たちのチームの良さがふんだんに出ていた。
これなら、きっといける……。
一発目の奈央のスパイクで勢いに乗ったのか、1セット目はスムーズに取ることができた。
戻ってきたレギュラー陣を全員で鼓舞する。
「いいぜ! この調子だ! 楽しんでいこうな!」
円陣を組む部員全員に向かって、喉が引きちぎれそうなほどの勢いで語りかける。
「はい!」ときらきら輝く表情が返ってくる。
俺が「いこうか!」と言うと、
奈央が「2セット目もこの調子でいくよ!」と叫んだ。
「おー!!」というかけ声が力強く響いて、俺も「おし」と拳を強く握った。
2セット目も出だしは調子が良かったが、
千景のレシーブミスをきっかけに、徐々に調子を崩されてしまった。
全員の奮闘も虚しく、2セットは僅差で落としてしまった。
しかし、みんなの様子は一つ前の試合とは違った。
「サーブカットがちょっと乱れてきてるね」
「そうですね。私のミスがちょっと……」
「あ、そこはこれから私もカバーするよ!」
「よし。大丈夫そうだね」
「はい!」
この状況になっても、奈央もみんなも、笑顔を絶やさなかった。
そうなんだ。
バレーは楽しい。そういうものなんだ……。
きっと、ずっと、そうで……。
そんな事を思って感極まり、しばらく黙って見守っていたが。
アドバイスはするべきだと気づき、すぐに声をかけた。
「みんな聞いて! カットの時は、姿勢を低くして、膝は足首の前、だよ」
「はい!」
「大丈夫、決して流れは悪く無い。みんな、すげー頑張ってるもんな?」
「はい!」
「次のセットが、本当に最後なんだ。みんな、楽しんでいこう!」
俺がそう言うと、全員の「はい!」という力強い声が響いた。
最終セットが始まる直前、奈央が俺の目の前にやって来た。
ぐっと拳を握って、小さなガッツポースを作ってみせた。
「楽しんでくる」
にこっと笑って、そのままコートの中へと駆けていった。
瞬間、風が吹いた気がした。
実際に吹いたかは分からないし、「吹き始めた」という方が、正しかったのかもしれない。
ただ、本当に俺の心の中に熱い風が通り抜けた気がした。
最終セットは大接戦だった。
15点マッチの短い試合が、あっという間に15-15となった。
ここまで来ると、体育館の中には大勢のギャラリーが湧き始めて、両校の応援も鬼気迫るものとなる。
そんな切迫した状況の中で、こちらのサーブが失敗してしまい、15-16のスコアとなった。
あと1点取られたら——
チームの雰囲気が重くなって、大きなプレッシャーがかかる。
エースの奈央は後衛にいた。
全員が気を落としたその瞬間だった。
「大丈夫だよ! 諦めないでいこう!!」
奈央の今日一番のかけ声が、コート上でこだました。
俺もはっとして、「大丈夫だ! 一本とるぞ!!」と声を出した。
千景もそれに気づいて、「一本一本! 落ち着いてこー!」と声を上げた。
笛が鳴って、相手チームの痛烈なフローターサーブが飛んでくる。
千景が思い切りフライングし、コートに転がりこんでキャッチした。
場内に「おお!」とどよめきが湧いて、チーム全員が「あがったー!!」と声を枯らして叫んだ。
セッターの子が懸命にトスを上げて、センターの子がフェイント気味に返した。
そのフェイントが相手の虚を突き、1点返すことに成功した!
「ウワアアアアア!!」と歓声が湧いて、流れが一気にこちらへと戻ってきた。
「よっしゃぁ! ナイスファイトだ!」
俺もベンチで、大きくガッツポースを掲げた。
滑りこんでレシーブを上げた千景は、コート上で仲間に囲まれて笑顔だった。
16-16。
1点返したことで、後衛にいた奈央が前衛へと戻ってきた。
「よっしゃ、もっかいこっから! 落ち着いていこう!」
俺はコートに立つ六人に、懸命に声を送り続けた。
こちらのサーブが通って、相手コートでレシーブが上がるが……。
緊張ゆえかトスが乱れて、相手のスパイクミスとなった!
悲鳴にも似た歓声が湧き上がって、奈央たちはコートの中で飛び跳ねて喜んだ。
ベンチにいた俺も、控えの子も、「おっしゃぁ!」と言って叫んでしまう。
17-16。
あと、1点だ。
あと1点で、全てが……。
笛が鳴る。
こちらのサーブは一直線に相手コートへ飛んでいき、綺麗なレシーブが上がった。
強いスパイクが返ってくる。
しかし千景が上手くカバーにまわった。
そして、運命的とも言える——この上ないレシーブがセッターの元へと返った。
「レフトォ!」
レフトでは、奈央が待っている。
体育館の中にいる全員が奈央を見ていたかもしれない。
「奈央、いけぇ!!」
俺は叫んだ。
奈央の待つレフトに、綺麗なトスが上がった。
心臓が、バクリと大きな音を立てた。
体育館じゅうの熱視線と光を浴びた奈央が、高く飛んだ。
まるでストップモーションのように、コマ送りで時間が進んだ。
奈央が打ったスパイクは、勢いよく相手コートに叩きつけられた。
その瞬間、全てが爆発したかのように、
「わっ!!」と歓声が巻き起こった。
スパイクを決めた奈央は、コートを駆け回って声を上げた。
ピィ、と高らかに笛が鳴って、奈央たちが勝利したことを告げた。
奈央はコートの中で涙目になり、まるで真夏の太陽のように、溢れんばかりの笑顔をこぼしていた。
その太陽のような笑顔が、俺の心をハッキリと照らした。
瞬間、その光で俺の未来が見えた。
俺は——気づいてしまったのだ。
この一週間、どれだけ楽しくて、今この瞬間、自分がどんな想いを抱いているか。
これは、夢だ。
確信した。
俺に、夢ができた。
奈央の笑顔が、俺の夢への道を明るく照らしてくれたのだ。
挨拶が終わって、奈央たちが監督席の俺の前に集まってくる。
奈央は、もうぼろぼろと泣いてしまっていた。
「うぇぇ……やったぁ……」
「先輩……」
奈央が泣くのにつられて、他の部員もどんどん泣き始めている。
なんだか俺まで泣いてしまいそうだ。
「みんな、本当によくやったよ」
目を真っ赤にした部員たちが、俺の方を見ていた。
「特に、3年生。今日の試合は……いや、バレーは楽しかったかい?」
俺がそう言うと、3年生たちは仕切りに目をこすって泣き始めた。
「今まで本当に、本当に……よくがんばったね。バレーが好きだったら、これからも続けてね」
俺がそう言うと、「はい!!」という力強い声が返ってきた。
その後、沢山の仲間や後輩に囲まれて泣き笑いする奈央の姿を見て、言葉に尽くしがたいほど、心の底から温かいものが湧き上がった。
試合後の興奮や喧騒がおさまるまでは、しばらく時間がかかりそうだった。
今は、3年分の達成感、思い出、充実感に浸っていて欲しい。
みんなも、奈央も、本当によく頑張ったんだ。
俺はそんな事を思って体育館の天井を見た。
一人だったら、この体育館の天井は高すぎる。
でも、誰かと一緒だったら……この天井にだって届くかもしれないな。
バレーを続ける方法は、なにも一つじゃない。
いつの日にかも思ったが、誰だって諦めなければ、輝くことができる。
きっと、そうなんだ。
俺はその後、体育館の外の水道に座って、一人で空を眺めていた。
どこまでも広がっていく、抜けるような青空。
それはまるで、今の俺の気持ちを映しているかのようだった。
眩しい。とにかく眩しいが、俺は見つめ続けていた。
「何やってんの、こんなところで」
ふと、目を赤くした奈央が、俺の隣に座ってきた。
「なんだ、奈央か。みんなのとこへいなくていいのか」
「うん。どうせまた後で話すしね」
「そっか」
風が吹き抜ける。熱気の篭った、夏の風だ。
横を見ると、奈央も目を細めて空を眺めていた。
短くなった髪。そこから覗く白い首筋が、太陽光を反射した。
「なあ、奈央」
「どーしたの」
「俺さ、夢を見つけたんだ」
俺がそう言うと、奈央はこちらを見つめた。
溢れんばかりの光を湛えた、澄み切った瞳。
「俺な。高校の先生になって、バレー部の顧問になる。それで、一生バレーを続けたいんだ」
俺がそう言うと、奈央は「本当?」と言って笑顔を見せた。
「だからね、東京の教育大学に行くんだ。今度は、絶対さ。間違いなく、これは”俺の夢”だから」
奈央は「ふふ」と吹き出し、満面の笑顔で「頑張ってよね」と言った。
そんな風に笑う奈央を見て、俺はどこか面映い気持ちになった。
「私は、どうしようかな……。未来も、夢も、まだ見つからないよ……」
その時だった。俺の奈央への気持ちが溢れだした。
不意に、横に置かれていた奈央の手を握っていた。
「え? な、何……?」
「奈央、今まで本当にありがとう。奈央に会えたから、俺は夢が見つかったんだ」
奈央は照れくさそうに、顔を伏せた。
「そんな……別に私は何も……」
「ううん。奈央がいなかったら、俺はずっと前のままだったんだよ」
俺は奈央の手を強く握りしめた。
「奈央。俺は、東京で待ってるから。一緒に東京の大学に行こう」
意を決した告白。
俺のその言葉に、奈央は「……頑張ってみる」と答えた。
俺は嬉しくて、「うわ、やった!」と言ってしまった。
空は相変わらず、よく晴れていた。
その青さはどこまでもどこまでも広がっているようだった。
このぶどう畑の夏のなかで——。
これで完結となります。
ここまでお読みくださった皆様、本当にありがとうございました。
良ければ、感想等いただければ幸いです。
今後とも頑張ります。引き続きよろしくお願いいたします。




