ep.20 運命の時
夏季大会当日。
会場は隣町の高校だったので、そこまでは自転車で向かう。
一度自分たちの高校に集合した際、奈央がチームメイト全員に囲まれて、
「奈央先輩どうしたんですか!」
「めっちゃ可愛いじゃーん!短いの似合うねー!」
「気合入れてきたねー」
と髪型に関しての反応がマシンガンのように飛び交っていた。
俺はその微笑ましい光景を、なんだかずっと見ていたいような気がした。
よく晴れた晩夏の朝。
奈央の3年間の想いが結実するには、うってつけの日だった。
視界が狭くなるような真っ白な日光に街中が照らされていて、何もかもが落ち着かないように見えた。
夏の終わりだったからだろうか。
俺の胸の高鳴りも、青空の中に吸い込まれていくような気さえした。
夏季大会の会場に到着し、体育館の外で部員たちが集合する。
そわそわしながら円陣なんか組んで、奈央の声が高らかに響いた。
「今日は、思いっきりやって、最後まで楽しもう!」
「おーーー!」
部員全員のかけ声が、どこまでも広がる紺青の空に吸い込まれていった。
その中に、俺もいた。
眩しいはずの太陽を何故か見上げてしまって、
「すげえ光だな」なんて思った。
でも、その光の当たる場所に、俺も立っていた。
奈央たちと一緒に。
体育館の中は、独特の試合前の雰囲気に包まれていた。
俺も、幾度となく感じてきた空気感だ。
朝早い時間帯、まだピリリとした空気の体育館。
そんな中で、体中にエネルギーとやる気が漲った状態で行う対人。
不思議な高揚感に包まれて、何にでもなれるんじゃないか、とさえ思える。
特に、公式戦の前の練習時間は、特別な時間であった。
ふと、奈央がボールを抱えたままコートの傍らに立ち尽くしていた。
カットしてすっかり短くなった髪の毛を、さらに結んでいた。
「どうかした?」
「ううん……」
奈央はそう言って、その場を動こうとしない。
「緊張、してるのか」
「うん……」
奈央はこわばった表情で頷いた。
「なあ、奈央」
「え?」
「今、何が聞こえる?」
俺の質問が唐突だったのか、奈央は眉根を寄せて首を傾げた。
「シューズのこすれる音、ボールを弾く音、スパイクから着地する振動、かけ声……この全部が、バレーだよな」
奈央は不思議そうに「そうだね」とこちらを見た。
「すっごくいいものじゃないか」
「うん……まあ」
「この中にいるだけで、ワクワクしてくるだろ?」
俺がそう言っている間も、奈央のチームの後輩たちが「オッケー!!」と笑顔でかけ声を上げていた。
「いいか、奈央。色々考えるな。この雰囲気を楽しんでこい。今日で最後なんだ」
俺がそう言うと、奈央はしばらく体育館の中を見つめていた。
まるで大切な何かを優しく見守るような、そんな表情だった。
奈央にかけた言葉は、そのまま自分にかけたような気もした。
バレーをやるはずだった三年間。
途中で途切れた俺の夢。
俺のしたかったこと、見たかったこと、それは——
夏季大会の参加チームは7チームで、1チームがシードだった。
抽選の結果、奈央の高校がシードとなった。
「一回勝てばそのまま決勝にいける」
部員全員が色めき立っていいて、不穏な雰囲気があった。
加えて、俺もコーチとしてコートの横で指示をするのは初めてで、うまく采配をとることができなかった。
結果、初戦は無残にも惨敗してしまった。
俺も慌ててしまいろくなアドバイスができず、奈央も緊張からか上手く動けず、結果、チーム全体の調子が下向いてしまい、全く良いところがなかった。
試合後、外に集合した部員たちはみんな真っ暗な表情だった。
どうしたものか……と考えていた時、そこに一つの澄んだ声が響いた。
「まだ次があるよ」
奈央の輝いた表情が、この湿った空気を吹き飛ばした。
「まだ3位決定戦がある。最後まで頑張って、そこで勝とうよ。まだ、終わりじゃないんだから」
負けてしまい、心底落ち込んでるかと思った奈央が、一際煌めく表情で、部員たちを鼓舞しているのだ。
「そうですよ! みんな、最後まで頑張りましょう!」
「そうだよね、まだ次があるから!」
「最後まで諦めないで頑張ろ!」
奈央の気持ちが、三年生だけでなく後輩たちの心も動かし、チームが本来の「あの雰囲気」に戻っていく。
俺はその光景が嬉しくて仕方なくて、何も言わずに眺めていた。
奈央、えらいぞ。
お前の諦めない心や、バレーを想う気持ち、そういうものは絶対に無駄にならない。
一生モノなんだ。
そんな事を思いながら。
集合が解かれて、部員たちが体育館の中に帰って行く時だった。
奈央が一人で空を見つめたまま立ち尽くしていた。
昼下がりの、強い光を帯びた空だった。
「奈央、何してんだ」
俺が声をかけると、奈央は微笑みながらこちらを見た。
風が吹いて、奈央の短くなった前髪を揺らした。
「奈央?」
「最後まで、頑張るからね」
奈央はそれだけ言い残し、そのまま体育館へと戻って行った。
俺はしばらくその場から動けなかった。
風に揺れた髪の毛、太陽を反射した瞳、奈央の笑った顔が——俺の心に忘れられない夏を、これでもかと刻みつけてきた。
まいったな。
絶対に、勝ってほしい。




