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夢の向こう側、ぶどう畑の夏  作者: 富澤南
第5話 花火とひまわりとショートヘアの君
19/21

ep.19 決心

 

 翌日の朝、奈央は昨日の出来事がまるで嘘だったかのように、元気に部活をやっていた。

 吹っ切れたかのように、いつものあの笑顔で、大声を出してボールを追いかけていた。


 奈央の調子が戻ると、自然とチーム全体の調子も高まり、俺がコーチに来てから一番の活気に満ちていた。

 練習中、千景ちゃんに「奈央先輩、復活しましたね」と笑われた。


「#NULL!さん、先輩に何か言ったんですか?」

 千景ちゃんが、無邪気に訊ねてくる。


「うーん……ちょっとそれは。秘密かな?」

 俺が笑みを含んでそう言うと、千景ちゃんは意味深に、

「#NULL!さんって、本当にいい人ですよね」と楽しそうに笑顔を浮かべていた。


 それが何を意味しているか、少し気になったけど、すぐにどうでもよくなった。


 とにかく、今この体育館の中には笑顔の奈央がいて、

 最高の調子になったチームがある。

 後は明日の夏季大会で、この目で見るものが全てなんだ。

 そんな風に、感じていたから。



 部活が終わった後、奈央はみんなの前で

「みんな、今まで本当にありがとう。明日は最後まで、楽しく笑顔で頑張ろうね」

 と語った。


 澄んだ瞳。そして、感謝の満ちた笑顔だった。

 高校の3年間の部活。

 それは日常であり、ありふれたものであり、誰だって通り過ぎていくもの。


 でも、きっとそれは——誰にとってもかけがえのないものだ。

 ふとした時に、心の拠り所として振り返ってしまうような……きっとそういうものだ。


 奈央にとってのこの3年間も、きっと何物にも代えがたい、

 楽しくて、大切で、長いようで、あっという間の3年間だったんだろう。


 ここ一週間は、俺もその大切な3年間の一部になっていたのだ。

 そう考えると、なんだか少しだけ胸が温かくなった。


 そして俺自身も、自分のやり遂げられなかった3年間を重ねあわせていたのだろう——。



 体育館を出る時、奈央は俺に向かって

「私、気合入れてくるからね」と言って家の鍵を手渡した。


 それはつまり、「先に家に帰ってて」といういつものやりとりだったのだが、

「気合を入れる」という言葉の意味までは汲み取れなかった。



 夕方、家に帰って来た奈央は生まれ変わっていた。

 肩甲骨まではあったであろう長い髪を、さっぱりとショートヘアにしていたのだ。

 居間でばったり奈央と顔を合わせて、その変貌ぶりに俺の心臓は大きな音を立てた。


「ただいま」

「おお……おかえり」


 ここまでイメージを変えた女の子相手に、何も言わないというのもアレだなと思い、俺は恥ずかしくて目が回りそうだったが、勇気を出した。


「すごく短くしたんだね。似合ってるよ」


 そう言うと奈央は「ふっ」と吹き出して笑い、「ありがとう」と笑顔で答えてくれた。


「#NULL!にそんな風に言ってもらえると、なんか変な感じだね」

 奈央はそう言って自分の髪を触り、はにかむような笑みをこぼしていた。


 パート帰りでキッチンにいたおばさんにも

「あら! そんなに切ったの! 素敵じゃない」と言われていて、奈央は上機嫌なようでニコニコしていた。



 正直、奈央がどんな心境で髪を切ったのかは分からない。

 だけど、髪を切った奈央の表情は「何かを決意した」ものに見えた。

 白い首筋が見えるようになってスッキリとした奈央の顔からは、強い気持ちが溢れ出していた。


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