魔法:3 彼女が僕娘になった理由
スゲー久しぶりの更新です。
この話を書き上げるのに、5ヶ月かかりました。
色々と違う話を書いているせいで、拓海の性格設定を忘れてしまったせいですねσ(^_^;)
「ところで光。今更な事を聞くが、なんで光は男の恰好をしてるんだ?」
光の住んでいたボロアパートの契約期間が終了し、先日やっと、完全に俺のマンションに生活拠点を移した。
俺は、光が男の恰好をしているのは、あの鍵なんて有って無い様なボロアパートで平和に暮らす為に仕方なくそういう恰好をしていたんだと思っていた。
なのに俺のマンションに生活拠点を移した後も、光は自分の事を「僕」と言うし、服装や髪形も全く変わらなかったんだ。今までの会話で、光が自分を“女性”と認識していることは明らかだから、性同一性障害などという可能性は全く考えられない。
変質者ストーカーの体液がついた様な布団を「返してください」と訴える程、全てにおいて無頓着な光なので、大した意味なんてないのかもしれないけど、何故か気になるんだよ。
服を買うお金が勿体無いからとか、そんな理由かと思って「もっと女の子らしい服、買ってやるぞ?」って言ってみたんだが、「僕はこの格好がいいんで、どうせ服を買ってくれるなら同じ様なのがいいです」って言われた。
やっぱり、あの少年の様な格好には光の拘りがあるみたいだ。
拘りなんて人其々なんだから、そっとしておけばいいとは解ってる。でも、俺が光に惚れている(らしい)せいなのか、どうしても気になるんだよ。何か事情がある様な気がしてしょうがないんだ。
なので、思い切って聞いてみたんだが。
「えっとですね。僕、家族には“性同一性障害なんだ”って言ってあるので、こういう格好をしておく必要があるんですよ」
なんでもないことの様に、とんでもない事を言われた。
「僕の家は貧乏な癖に子沢山で、その上、僕と下の弟だけ母親が違うので、家では肩身が狭いんです。父は『女に学歴は必要ない! 子供を産めればそれでいいんだ』とかいう様な時代錯誤な考え方を持っている人なので、そうとでも言っておかないと高校すらも行かせてもらえなかったんですよ。まぁ、僕らにかける無駄なお金は無いって言われたので、僕と弟は独り立ちをして奨学金とアルバイトで高校・大学と通っているんですけどね」
しかもその奨学金も、学費として最低限の額しか渡して貰えずに、残りは両親が“今まで育てるのにかかった費用”として徴収してしまっているらしい。
何とも物語のような話だが、光のあの生活を考えれば本当の話なのであろう。
悲しそうな顔をするでも無く、世間話でもするかの様に淡々とそれ語る光の様子に、彼女の歪んでしまった心を見た様な気がした。
“僕と弟”と限定した発言を繰り返している事を考えると、恐らくその2人だけが兄弟の中で扱いが違うのだということが想像できる。
まあ、それぞれの家庭にはそれぞれの問題があるのが普通だしな。光が何でも無い事の様に話しているんだから、俺もそれに合わせた対応をするのが正解だよな。
「そうなのか……。光も、色々と大変なんだな」
「そうなんですよ。でもまあ、男の恰好をしてるだけで、あんなボロアパートでも安全に生活できましたし、拓海さんとも仲良くなった訳ですしね。案外、悪い事ばかりでも無かったんだって思いますよ」
「そうだな。光が年季の入った男装家だったからこそ、俺のアレルギーセンサーを掻い潜った訳だしな!」
「男装家とか言わないでくれませんか!? 僕は、そうする必要があったから男の恰好をしているのであって、趣味でしている訳じゃないんです!」
“男装家”という言葉に光が過剰反応を起こした。
やってる事は男装なのに、一体何が気にいらないって言うんだろうか??
「ど、どっちも大して変わらないんだし、別にいいんじゃないのか?」
「全然違いますよ!! これは譲れない一線なんです! 僕は謝罪を要求します!!」
うーん……。
どうやら俺は、光の逆鱗に触れてしまったのかもしれない。俺に悪気は全くなかったんだが、光の逆鱗に触れてしまったのなら、それは俺の落ち度だもんな。
「どう違うのか俺には良く解らんが、光が言うなら違うんだろう。ホントにスミマセンでした!!」
取り敢えず日本人の誠意の形、美しい土下座を披露しておくとしよう!
それにしても……。
光は、何の見返りを求める訳でもなく俺のリハビリに付き合って貰っている事だし、ここは俺が手助けをする番なのかもしれないよな。
光って、人の好意を遠慮なく素直に受け取るやつだから、金銭的な援助を持ちかけても素直に受けてくれると思う。現に今まで、光に何かを買ってやって断られた事もない。でも、そういうヤツにありがちなタカリ体質って訳でもないし、光がどういう風に感じているのかは謎なんだよな。
うちの会社って、奨学金制度とかあったけ? 出来れば光とは末永く付き合って行きたいと思ってるし、どうせ金銭援助をするんなら、会社からの奨学金って形にしてそのままウチに就職して貰えば、俺との付き合いも続く筈だもんな!
うん。我ながら良い考えだ!
さっそく明日にでも、オヤジに聞いてみよう!!
「なあ、親父さん。ウチの会社って奨学金制度とかってあったっけ?」
翌日。出社した俺は、早速親父の元へと赴き奨学金について尋ねて見ることにした。
「どうしたんだ、拓海?藪から棒にそんな話を始めて」
朝の挨拶もそこそこに、突然“奨学金”の話なんて始めた俺に、親父は訝しげな表情をしている。
なので俺は、昨日、光から聞いた家庭環境の話を親父にして、会社から奨学金を出せば大学を卒業した光をウチで雇えるし、俺の側にいて貰えるんじゃないかと思った事を話してみた。
「なる程。確かに、◯年間ウチで働けば奨学金の返済は不要。とかの条件をつければ、あと10年ぐらいは確実に共に過ごせるかもしれんな」
「そうだろう?俺も、我ながら良い考えだと思ったんだ」
「ああ、良い考えだ。……それじゃあ、早速私のポケットマネーから奨学金の手配をしておこう」
「おう!ありがとね、親父さん!」
「それだけの時間があれば、確実にあの子を搦めとることもできるだろう」
奨学金の話が決まった事に浮かれて、早く光に連絡を取ろうと急いで親父の部屋を退室した俺は、最後に小さく呟かれた言葉に気付くことは無かったのだった。
光にはメールで奨学金の話を送っておいた。
詳しい金額を決めなかったが、親父の事だから学費の全て(教材費も込みで)を出してくれるだろう。そうすれば、光が今受けている奨学金を辞退して、今まで借りていた金額全てを返還する手続きをすれば良い。
働き出してから月に何万円ものお金を返済していくのは大変だからな。
一括返還する為のお金は、俺が立て替えておいたって良いだろう。
そうだ!
どうせついでなんだから、奨学金を受けて高校に通っているらしい光の弟も、ウチから奨学金を受けるようにすれば良いんじゃないのか?
そうすれば、将来、大変な思いをして就職活動をする必要も無くなるし、奨学金の返済に悩まされる事もない。
うん。凄く良いんじゃないかな?
ウチの会社は財閥系企業なだけあって規模は大きいし、優良企業と呼ばれている程度には福利厚生もしっかりしている。手堅い経営を方針としているから、今まで大きな危機に面した事もないし将来企業を背負う予定の俺や弟の教育もしっかりとされているし、俺たち兄弟はとても仲がいいからお家騒動なんて起こるはずもない。
無返還で就学に必要なお金が全額借りられる上に、優良大手企業への就職が確定するんだから、光も弟君も「ラッキー」って、思ってくれるはずだよな。
俺と光は、その日も夕食を食べに出かける事になっていたので、その席で詳しい奨学金の話、弟君も一緒に奨学金を受けるつもりがないかというような事を聞いて見る事にした。
「……ってな感じなんだけど、どうだ、光?」
「はあ。何というか……、拓海さんのそういう性格が、どうやって形成されたのかがよくわかるお話だと思いました」
「それはどういう意味だ?」
「ありがたく奨学金を受けさせて貰うという意味です。ついでに、一括返済のお金も貸して下さい。毎月バイト代から返済しますので。弟の分も、よろしくお願いします」
「おう、任せておけ!これで光には、俺のリハビリが完了するまで側にいて貰えるようになったな!これからも頼むぞ?」
「……はあ。将来が決まってしまったような気がしますが、拓海さんならまあ、良いでしょうかね」
光がどこか遠くを見ながら呟いていたが、行っている意味はよく解らなかった。
だが、これで光はこの先何年も俺の側に居てくれるのだということが、決まったんだ!
明日は、皆でお祝いをしないとダメだな!
そうだ、ついでに弟君も呼んで紹介してもらっておいた方が良いだろう。
翌日の夕食は、ケータリングで頼んだ料理を囲んで、俺の家でプチパーティーを楽しんだ。
奨学金の話を聞いた隆文が「でかした、兄貴!やれば出来るんじゃないか」と言って、すげー褒めてくれたんだが、俺の方がお兄ちゃんなんだぞ?
「拓海さん、コレが僕の弟の耀です。輝、この人が前に話した海堂 拓海さん」
「ども、初めまして。姉がお世話になっています」
「はじめまして。こちらこそ、光には世話になってます」
光に弟君も紹介してもらい、今通っている高校にほど近い場所にあった社員寮の一室に引っ越す事を決めたり、奨学金の辞退手続の準備をしたりなんかもした。
最初は「何か裏があるんじゃないんですか?」なんて言っていた耀君だったが、色々と話しているうちに
「ああ、そういうタイプの人なんですね。なる程、姉から聞いていた通りの人だ」
と言って、何かを納得してくれたようだった。
「兄貴は残念な星の下に生まれた人だから、何も心配しなくて大丈夫だ。それにこう見えて、かなり優秀な人でもあるから、そっちの心配も必要ない。」
「うんうん。拓海さんはそういう人ですから、心配は要らないよ」
耀君のその言葉を聞いて、ウチの弟やアキくんがウンウン頷きながら何か失礼な事を言っている。
クソっ!
何だ、“残念の星の下生まれた人”って!?
あれか?
俺が“魔法使い”になる事を恐れてやらかした、あの事件のせいか?
だが、アレは仕方がなかったんだ!
あんな話を聞いた事自体初めてで、グーグル先生に尋ねても何も解らなかったんだからな!!
もともと引きこもり気味な俺があんな都市伝説を知っている訳がないって言うのに、それでやらかしてしまった事を何時迄もネチネチと弄りやがって!
「拓海さん?あの事件だけじゃなくて、拓海さんは全てにおいて残念ですからね?」
「そうだぞ、兄貴。兄貴は、元から残念なんだ」
俺が1人でプリプリとしていたら、その事に気付いた光と隆文にとどめを刺された。
「そんな、拓海お兄さんは残念なんかじゃないですよぉ!優しくて善良な人なんです」
沙織ちゃんっ!
君だけだ、俺を認めてくれるのは!!
本当にこんな腹黒い弟には、過ぎた婚約者だよ、君は!
こうして光の奨学金問題も無事解決して、男装している理由も無くなったと思ったのだが、光は未だに少年の服装を変えようとはしない。
ヤッパリ、これは光の趣味嗜好なんだなと、俺は確信したのであった。