“伏見悠榎”は球技大会をサボる。何故か、俺の知り合いが保健室によく現れるのだけれど……。
本日は球技大会。目立つ者は目立ち、ちやほやされ、きゃあきゃあ言われる。対してどうでもいい奴は何も言われず、試合も直ぐに負け、ただただ暇な時間を過ごすだけの、俺的にどうでもいい行事である。
我が高校では、長期休業間近に迫るとこのような催しが開催される。今回も夏休みまで残り少なくなってきたところでの開催だ。
今回の競技内容はバレーボール。
俺のクラスメイトである里中有する“優勝を狙える”チームは、次々と対戦相手を薙ぎ倒していく。里中達の活躍に、クラスの女子達はワイワイギャアギャア五月蝿いことこの上なかった。もうちょい慎み持てよと呟いてしまうレベル。
対する俺はというと、まさに余りものの集まりである“どうでもいい”チームに所属、勿論のこと全試合を惨敗で終え、今まさにやることもなく暇な時間をただ過ごしている状態。むしろこっそり帰ってやろうかとまで思ってしまう位の暇加減である。
「………暇だ」
ほら、暇過ぎてついぼやいてしまったではありませんか。
……仕方ない。こうなったら、あれを使うしかねぇな。
俺はその場から立ち上がり、とある場所に向けてトコトコ歩きだすのであった。
ーーどこに向かうのかって? ……保健室に決まってるじゃないですか。
保健室。そこは、体調不良の奴を少しの間休ませるためのベットがある教室。故にサボる輩がよく屯するする場所である。いや、他にも色々説明のしようがあるのだが、今回の場合、この“ベット”というのが幾分重要となる。
つまり何が言いたいのかというと、大会終了までベットで寝て暇な時間を潰す、という事である。
保健室の前に立ち、ガラガラと扉を開く。
「失礼しまーす」
ここで入室の挨拶を忘れないところ、俺ってやはり人間が出来てるなって思います。まぁ、別にしなくても良いのだろうけど。
案の定、保健室には誰もいなかった。看護教諭も基本的には外で待機しているのであろう。今現在この教室には俺しかいない訳だ。
ベットは四つあり、どれもカーテンで閉め切られている。俺はまず近くにあるベットのカーテンを開く。
……何か見覚えのある奴が寝ていた。こいつ布団を被っていないから、姿形がよく分かる。
長い茶髪で、顔もそれなりに整っていて、体操着の上に白衣と思しきコート的な服を着ていて……。
何かもうそのまんま来栖麻衣なのであった。何してんのこいつ。
「……まぁ、考える事は同じ、という訳か」
多分こいつも、チームの弱小さ故に生まれた暇を潰す為にここにいるのであろう。そして軽く睡眠中なのである。
……これ以上こいつを見るのは止しておこう。別段恋愛イベント的な何かが起きる訳でもないし。むしろ起きてほしくないし。
それに、必要以上にジロジロ見くさってはこいつもいい迷惑だろう。俺は来栖を起こさぬよう、そっとカーテンを閉めた。うん、俺偉い。ちゃんと気遣い出来てるし。
そして俺は、来栖の眠るベットから一番離れているベットへと向かう。眠っているとは言え、やはり来栖の近く程怖いものはないのである。
有り難いことに空いていたので、俺はズドンとベットに飛び乗り寝転んだ。そのまま俺は深く眠りにつくのであった。
ぼやける意識の中、不意に聞こえる、ガラガラ、という音。誰かが来たんだろうな、とまどろみの中で思う。
ここまではまだ良かったんだ。問題はこのあと、
「……あれ? 伏見君じゃん」
と、里中昂輝が俺の眠るベットのカーテンを開け、眠っているにも関わらず名前を呼んだことにより、嫌でも目が覚めてしまうのであった。
しかも、何やら背中に誰かをおぶっているらしい。後ろに見える方はどうやら女性みたいだ。後ろから金色の長髪がユラユラと靡いていた。あれ? こいつ見覚えのあるような……。
「あ、ホントだ、ふしみんだ」
……この恥ずかしい名を呼ぶのは一人くらいしか思い当たらない。
「……おい貴様、誰がその恥ずかしいあだ名の使用を許可したよ。阿呆か」
「んなっ! アホってゆーな、アホって!」
何となしに聞き慣れた返しがくる。やはり奴であったか……。
里中の背中のお世話になっている人物は案の定、神城蘭子である。……で、何してんの? こいつら。
多分その疑問が表情に現れたのだろうか。里中は軽く苦笑しながら、
「いや、こいつが試合中に足を捻ったらしくてさ」
と答えた。うん、まぁ、ここに来た理由は分かったけど……、
「……どうやったらバレーで足ぐねんの? はしゃぎ過ぎと違います?」
「うっさい! ちょっと着地を失敗したの!!」
「……てか、先生外いんだろ? 何でそっちに行かねぇの?」
「その先生に、『それじゃあ保健室で休みなさい』って言われたの。っつーか、何でふしみんここいんの?」
「あ? そりゃあ……サボりだよサボり。俺のチームはどうせもう試合ないんだし、里中達の試合見るのも面倒だし、室内の方が俺は好きだしな」
「引きこもりぃ~」
「おいばっかお前、インドア派とか言えよ」
しかし、神城の言うこともあながち間違いではない。むしろ大体合っている。
「……じゃあ伏見君、あとは頼んだ」
時計を見るや否や、里中は何かを俺に託し、スタコラと保健室をあとにしていった。俺も時計に目をやると、あいつが保健室を出ていった訳を何となしに理解した。
時計はもうじき決勝戦開始の予定時間を示していた。成る程あいつらは決勝まで行ったんだな。保健室で寝ていて正解だったぜ。
……あれ? っつー事は、
「お前らのチームも準決まで進んだのか?」
「え? あぁ、うん、何とかね。ユーミンがかなり活躍してさぁ~」
「あっそ」
ちなみに“ユーミン”とは、神城達のグループの中にいる奴のあだ名らしい。確か本名は“北村由美子”だった気がする。語呂の似ているムーミンとは全くの無関係であるし、歌手のユーミンとは言わずもがな別人である。
「自分が聞いたくせに、途中から興味なさそうにすな」
とか何やらぶつぶつ呟きながら、神城は俺の脳天目掛けてチョップを食らわす。……地味に痛いです。
「別にムーミンの好調加減なぞ聞いてなかろうが。むしろムーミンの事など興味すら抱かんレベルだぞ?」
畜生、完全なとばっちりである。理不尽過ぎるとは思いませんか?
「……興味ないんだ、良かった」
何やら少し嬉しそうに何やら呟く神城。おい、言い間違いを注意しろよ。
「あ? 何?」
「ん? 何でもないよ」
俺の質問に対し神城はしらばっくれる 。あの呟きが俺に対する悪口であったら軽くこのベットに倒れ込んでしまうかも知れない。
まぁ、言われなくてもベットには寝転ぶんだけどね。
「……じゃあ、閉会式近くになったら起こして」
「へ? 寝る気なの?」
「当たり前だろうが。お前と違って俺はサボってんの」
俺は再び布団を被りながら神城の問いに返す。
次第に睡魔が身体を包み、瞼が重くなってくる。
神城の声を遠くに感じながら、再び夢の世界へと誘われる俺なのであった。
……何時まで寝ていたのだろうか。フワフワと意識が夢から覚めてくると、体中が動かなかった。え? 何これ金縛り?
パチリと目を見開くと、
「……あら、ようやくお目覚めかしら?」
……なんだ、ただ逢坂皐月が俺の上に乗っかっているだけだった。
……いやいや、なんだだけで済ませんなよ、俺。
「……重いんだけど、どけて?」
女性に対して“重い”は失礼じゃね? と思いつつ、俺はキョロキョロ周りを見回す。おい、神城はどうした。
「……神城さんなら、さっき出ていったわよ? ちょうど私と代わる感じにね」
「何で俺の考え分かったんだよ。お前エスパーなの? スプーン曲げれるんじゃないの?」
あと早く俺の上からどけてほしい。俺、動けないんスけど。
「何となく表情に出てたからよ。それに、擦れ違い様に神城さんから、『閉会式が近付いて来たら起こしてあげて』とお願いされたの」
おぉ……神城のやつ、俺の依頼をちゃんと覚えていて、尚且つこいつが来るまでずっとここにいたのか。何だかんだであいつもいい奴なんだな。よし、これからあいつをビッチと言うのは止しておこう。
そして、早く俺の上から下りて欲しいのだが。
時計を見ると、閉会式まではまだ少し時間がある。まぁ、少し早いけれど外に出るとしよう。あまりにギリギリに姿を現せば周りから何を言われるかわからんしな。いや、逆に何も言われんかも知れない。その時は素直に空気に成り切るとしよう。
「……あの」
「……何かしら?」
「早くどいてくんない? 邪魔だし、重いし、俺動けないし」
「……言い過ぎだと思うのだけれど」
少し膨れっ面になりながらも、逢坂はベットの上から下りてくれた。あら素直。
ようやく体の自由を取り戻した俺は、面倒ながらもベットから降りた。
「……じゃあ、グラウンドに行きますか」
ただ単なる独り言として呟いたのだけれど、
「……そうね」
と逢坂から返事が来てしまう。ちょっと申し訳ない気持ちになってしまう。
「……そういや、お前のチームはどこまで勝ち進んだよ」
保健室を出て、下駄箱へ続く廊下を歩きながら、俺はどうでもいい事なんだけれど、ふと疑問に思った事を逢坂に尋ねてみる。
「……予選敗退よ。あんな寄せ集めのチームでは、勝てる試合も勝てないわ」
「意外だな。お前だけでも勝てそうなイメージあったのだが」
「確かに私までサーブが来れば勝てたかも知れないわ。でも……」
何やら意味深な一拍。要するに、
「……サーブ来なかったんだな」
「もはやローテーションすらしなかったわ。ずっと後ろセンターだった」
「一番サーブから遠い場所じゃねぇか」
何かちょっとこいつが可哀相になってきた。ご愁傷様です、と心ん中で呟いておく。
「……話変わるけれど、合宿の日程が決まったわ」
「……へ? 何時?」
勿論、この“何時”は、「何日に決まったのか?」と「どのタイミングで決まったのか?」というダブルミーニングである。
そして多分、逢坂はこの意図に気付いているみたいで、
「ほんの数分前に来栖さんからメールで、『夏休み終わり掛けの三日間。そして、二泊三日を予定してます』と来たのだけれど、多分来栖さんの独断と偏見での決定ね」
と、俺の質問の意図に大体沿った返答を返す。
「ふ、ふぅーん」
突然の日程の決定に、俺は何も言えない。とどのつまり、言葉に詰まったのである。
「……楽しみね」
「は?」
「……合宿が」
クスリと微笑みながら逢坂は言った。けれど俺は、
「……全然楽しみじゃないんだが」
と、少し捻くれた答えを返す。いや、まぁ、正直な所、楽しみではない。むしろ不安、不安、不安なのである。
全く意図の図れない奴らと一夜以上を過ごすのは、もはや不安しかない。ましてや相手が全員女子である。男女が一夜を共にするというだけで、何やら不穏な空気漂う気がしてならんのだけれど。
「……私は楽しみかな」
「合宿が?」
「えぇ……。子供の頃の“お泊り会”的な事に少しばかり興味を持っていたの。私、同性の友人があまりいなかったから……」
「………」
どうやらこいつにとって今回の合宿は、同性の知り合いと行う初めての“お泊り会”らしい。そりゃあ楽しみになる訳だ。
……ちなみに俺もお泊り会は初めてだ。俺の場合、もはや子供の頃のお泊り会の域を越えているのだけれど。
「……合宿って、何を準備すればいいのかしら」
「……知らねぇよ」
俺と逢坂は、まだまだ先の出来事である夏季合宿について会話を交わしながら、きっとみんな整列してるであろうグラウンドに向かって歩いて行く。
もうじき一学期が終わり、皆が待ちに待った夏休みが始まるのであった。