“伏見悠榎”は再び部活動を行う。そして、可愛らしいあだ名を付けられたが、真っ向から拒否をする。
隣人研究部。
それは、近しい他人の行動を観察し、それを記録。そして、それぞれの記録を見せ合い話し合い、人間の習性について研究する、という聞いた本人も何のこっちゃな部活動である。一歩間違えたらストーカーである。
しかし、俺はこの活動内容はフェイク――つまり建前であると推測する。
俺の推理を述べるなら、この部活動は最初、ただ友人とだべるだけの部活動を作ろうと誰かが考えたのだろう。アニメや漫画でよくある“特にこれといって何もしない部活動”。もしかしたらただの同好会でもよかったかもしれない。
しかし、そこで一つ問題が浮上する。
創部するにはそれなりの理由――つまり簡潔な“活動内容”が必要である。当たり前だ。ただだべるだけの部活動に教室を一つ貸し与える程、学校側も馬鹿じゃない。まぁ、結果的に馬鹿だと言わざるを得ないんだが。
だから彼ら彼女らは考えた。自らの持つ知識をフル活用させ、そして試行錯誤の末、このような奇想天外な活動内容が出来上がったという訳だ。あくまでも俺の推理ではあるが。
何故、俺がこのような推測をするに到ったかと言うと、それは俺達がこの隣人研究部に入部した次の日の事である。
始めは来栖から詳しい活動内容を聞いたのだ。そこまではいい。そのあとが問題である。
その後俺達が何を始めたのかというと、まず逢坂と来栖は読書を、神城は携帯を弄りだす、挙句に俺はただぼーっと窓の外を見ていた。
……これ、俺の思ってた部活動と違う。いや、むしろ逆に思ってたのに近しいのかもしれない。“隣人”って部活名に付いている訳だし。
要するに、俺達は“何もしていない”のである。他人の観察も、記録の提示も、何もかも。
……こういう時間も必要、だという輩もいるかもしれない。確かに、時には何もしないという選択も間違っていないと思う。
だがしかし、この時間程無意味且つ無駄な時間はないと俺は断言する。だって俺、強制入部だし。そこに俺の意思はないし。
だから、俺は問い掛ける。
「……なぁ、何もしないなら帰っていいか?」
「……駄目。これも立派な部活動」
反論を語るは逢坂。あらま、意外な敵が現れた。
「あ? どこが?」
少し食い気味に尋ねると、逢坂は手に持つ小説を机に置き、クスリと微笑みながら答える。
「……こうやって本を読む振りをして、貴方の行動を観察していたの」
……ドキッ。違うな、ゾクッ。
一般的には前者の反応をするだろう。言わずもがな、逢坂は美少女と言われる類の住人だ。そんな彼女が告白めいた台詞を言えば、大抵の男子は軽く恋に落ちる。もはやTKOである。
だがしかし、恋愛アンチを語る俺には効果がないようだ。また、普段の逢坂は基本的に異性に対してあまり興味を示さない。伊達にこいつが前の席ではない。
だからこそ、俺が彼女に勘違いを起こすことは有り得ないのだ。
「神城さんも、何やらチラチラと貴方を見ているようだし」
「うぇっ!!?」
唐突に自分の名を呼ばれ、しかも、俺を見ていたというお墨付きもあって、神城は声を荒げて驚く。やかましい。
「……お前もか」
俺はジト目で神城を睨む。心なしか顔の赤い神城は口元をもごもごさせながらも、振り絞るように言葉を発した。
「べ、べべ、別に、伏見君を見てた訳じゃ、な、ないんだからね! ただ、窓の外を見てただけだからね!」
別にその反論はいらん。何こいつツンデレなの? でも俺、昔から女の子からは冷たくあしらわれてたから、ツンは分かるけどデレとか知らないや。
「別に気にしてねぇから。あとお前に勘違いとかしねぇから」
「何だとぉ! それはそれでムカつく」
では、どうしろと言うのでしょう。スイートな乙女心(?)は、生憎取り扱ってないのです。
そんな具合に神城に構っていると、ふと来栖が俺の隣にまで近づいてきた。
「……んだよ」
「フフ……別に。単なる研究だよ」
とか言いつつも、次第に顔を近づける来栖。彼女の顔は俺の体を這って顔に、そして耳元まで達する。小悪魔キタァー!! と叫び出しそうになった。勿論、恐怖で。
耳元でハァハァとなまめかしい吐息を零す来栖。心臓バクバク背筋にゾワッと悪寒を感じる俺。
「ちょっ!? 近付くな気持ち悪いっ!!」
その状況に耐えられなくなった俺は、全力で来栖を引き離す。
「フフ、残念」
来栖は自らの人差し指をぺろっと舐めながら呟く。
「こういうのは心臓に悪いから止めてください」
何故だろう。この台詞を言うときに、軽く泣きそうになったのだけれど……。もはや来栖は、俺のトラウマランキング・トップ10にも選ばれそうなレベル。
「……ふと思ったのだけれど、どうして伏見君はそこまで私が苦手なの? 自分で言うのもなんだけど、私って結構美人なのよ?」
「ホントだな。自意識過剰かっつーの」
まぁ、確かに? 来栖もどちらかと言えば顔は整っている方だと思う。大人びた顔付きに色気のある体つき。多分大抵の男子はその体に夢中になるのだろう。
「それに、こんだけ美少女に囲まれていると言うのに、何も変な気を起こさないなんて、一男子としておかしいと思わない?」
……それは一理あるかもしれない。確かに逢坂も来栖も神城も、一般的な視点で見ればみな可愛いし美人である。普通ならこのような状況をハーレムと呼ぶのかもしれない。数多くの男子生徒諸君が夢見る桃色の園。
だが、俺はそれを真っ向から否定する。一般的且つ客観的な視点と俺の主観的視点を同じにしないでほしい。
ハーレムに憧れるのは男性の性分と言うけれど、そういうものに関心を抱かない奴だっているんじゃないか? 「薔薇色の学園生活」だとか「青春を謳歌する」だとか、如何にもリア充共が言いそうなそれを、真っ向から忌み嫌う奴もいるんじゃないか?
皆が皆、青春を謳歌しなくてもいいんだ。むしろそれを強要する奴らは馬鹿だと、阿呆だと、俺が罵ってやる。
青春とは、単なるモラトリアムの一つで、人が大人になるために通り行く短い時期だ。ここでこれからの人生が決まると言ってもいい。
結論を言おう。
――青春は謳歌出来ない。
そんな暇があるなら勉強しろっつーの。
だから俺は、来栖の言葉に堂々とした面持ちで答える。
「いや、別におかしいと思わないし、むしろそれを誇りにしてるっつーか、それが俺の信条っつーか……ね」
「……フフ、やはり君は変わってるね」
来栖はやはりフフフと笑う。まぁ、他の奴らと比べたら変わっているかもしれないが、これが俺のスタンダードなので致し方ない。
人間、個性って大事でしょ?
「男が皆同じ考えだったら、そちらも面白くないでしょ? 俺って多分乙女ゲーで言うと、攻略するのに手間の掛かるキャラだぜ?」
「どっちかとゆーと、ふしみんはモブキャラなんじゃないかなぁ?」
話の横から割って入るように神城が一言物申す。
「おいばっかお前、もう少し言葉を選べよ。軽く傷付いちゃうだろうが。それと何? その可愛らしい呼び名」
「伏見君のあだ名♪ 良くない?」
「止めろ、虫ずが走る。そんな可愛らしい名前で呼ばれたら、俺の腐った瞳が更に腐って見えるだろうが」
もしくは不死身みたいなイメージを持たれるかもしれない。おい止めろ、俺は大抵の事なら耐えられる自信があるけれど、無敵ではないのだぞ?
「皆のあだ名も作ったんだぁ」
俺の意見に聞く耳持たない神城は、逢坂や来栖へと次々あだ名の紹介を始める。
「逢坂さんは“さつきん”。来栖さんは“まいん”ね」
「おい、名前に“ん”付けただけじゃねぇか。もうちょい捻れよ」
「うぅ~、うっさい!! じゃあ、ふしみんが決めてヨ!」
「嫌だよ。あと、ふしみんって呼ぶな」
俺は神城からの提案、というかとばっちりを軽く拒否した。おまけにあだ名も拒否した。
他人のあだ名考えるとか、半端じゃないネーミングセンスを問われる難問じゃないか。そんなの絶対に嫌だし、むしろこれに関しては、「友達いなくてよかった」とまで呟いてしまうレベル。仮にあだ名を考えたところで、「うわぁ……」とか「ダサい」とか言われる始末。何それなんて無理ゲー?
危険を予知しているのにそちらに向かうほど俺は馬鹿ではない。
ちらっと時計を見ればもう五時だ。そしてちょうどといった具合に、下校を促す放送が流れる。
「……今日はこの辺りでお開きにしましょう」
来栖の言葉にみなコクりと頷く。まぁ、ちょうどいい時間だと思う。
全員が教室を出た後、
「それじゃ私は鍵を返してくるわ」
といって来栖は職員室に向かった。
校門を抜けた辺りで、
「じゃあ私、今日はこっちだから」
といって神城は俺達とは別の道を帰っていく。
いつもと同じで、俺と逢坂は二人きり、同じ帰路を歩く。
「……結局、何もしなかったわね」
「名前はさぞかし厳ついが、中身は帰宅部とさして変わってねぇな」
結局あの部活動は、古人が作り上げた“友人達との為”の部活動だ。その存在意義も活動目的も多分無い。ただ集まって、ただ喋って、今のリア充共が教室で堂々と繰り返している活動を、別の空間でやってみると言ったものだろう。
……もしかしたらその古人達は、教室であまりそういう風にはしゃげなかったのではないか? 例えば、その教室にマジハンパないレベルの不良とか女王気質の奴がいたとか……。
そうだとしたらあの部活は、そういった処遇の奴らに与えられた“テリトリー”なのでは……?
……いや、考えすぎかな。
「しかし、あだ名とか何で存在すんのかね? 別に俺、あだ名とか付けられても嬉しくねぇのに」
「……そうね」
逢坂は俺の返答に対しフムフムと呟きながらコクコクと頷く。
俺の自宅の前に着き、
「……じゃあな」
と、俺は軽く逢坂に別れを告げる。
すると、逢坂の返事は意外なもので、
「……明日、私のあだ名を考えといてね」
「……は?」
「フフ、冗談よ。……それじゃまた明日」
クスクスと笑いながら逢坂は手を振り自宅へと入っていく。
誰もいなくなった俺ん家の前で、ただ呆然と立ち尽くしたまま、小さい声で俺は呟いた。
「……嫌だよ」
と。




