見え隠れするexpress
「しかし珍しいこともあるもんだなあ。まさか伊織が浴衣着てるなんてさ」
「……麻子に詰め寄られたら断れない」
「!?うっわ……ずる!何だよその特権!!」
からかわれて伊織は顔を顰めるも、すぐに口角を上げて言い放つ。面白そうな笑みを浮かべていた翔琉は、それにより、一気に表情が嫉妬のそれに変貌した。
「……黒崎さん、知り合い?」
僅かに硬く、低くなった声。それに気付いて視線を向ければ、先程同様笑みを浮かべてはいるものの、なんとなく、自然と自身の顔が引き攣りそうになった。
「あ、えっと……一応、従姉弟」
「……え?」
それに、楓は目を瞬かせた。
「――ドーモ、初めまして。伊織の従姉弟の黒崎翔琉です」
笑みを浮かべて名乗る翔琉に、今度こそ楓は言葉を失った。
「……あっれ、そういえば伊織があーちゃん以外と一緒にいる。え、なになに、どうしたんだよ。もしかして伊織、そういうこと?マジかあ。あんたも大変だな、伊織ってわっかりにくいからさあ」
「余計なお世話。ていうか煩い。……それより、あんたは何で日本にいるわけ」
「そうそう、それなんだけどさ。高校はこっち受けるつもりで帰国してきたんだよ」
「ふうん……」
納得したのかしていないのか微妙な表情で、伊織はそれで話を完結させた。
「ま、そういうことなら俺はもう行くわ。じゃ、デート邪魔して悪かった。またな」
「え、ちょ……」
相変わらずのテンションで去っていく翔琉に、伊織も楓も呆気に取られたままだった。
「(……っていうか、いや、デートじゃないし……)」
はっと我に返った時、去り際に言われたことを思い出して伊織は一度目を閉じて小さく息を吐く。そして楓に顔を向けると、やはりというか、相当衝撃的だったようだ。
「……まあ、気にしないでよ。あいつ元々そういうやつだから」
「!あ、ああ、うん……なんていうか、よく喋るんだね」
「私の母さん並に。……私は母さんのお兄さんに近いみたいだけど」
「そうなんだ」
親に似る、というよりも相補的となっている気がする。肩を竦めて言えば、楓は面白そうに目を細めて笑った。
完全に止まっていた足を再び屋台の方へ向けた時、大きな重低音が辺りに響いた。それは一度ならず、何度も鳴り響く。夏祭りに足を運んでいた人々が、次々に空を仰いでは感嘆の声を上げていた。二人もつられて空へ視線を向けると、丁度大輪の華が咲くのが見えた。
「……花火……」
綺麗に咲き誇る、色とりどりの華。どうやら、花火大会も始まったようだ。暫くそれに見入っていると、そういえば、と伊織は先程のことを思い出した。
「……翔琉、もしかして東條来る為に……?」
「……え」
――ということは、本気で狙いに来た、のだろうか。そんなことを考えながら、隣で驚く楓が分からず、伊織は首を傾げた。
- - -
帰宅早々、伊織は帰っていなかったらしい麻子に捕まった。
「い、い、いお、伊織ちゃーんっ!!まさか、まさかそんなこととかなかったよね!?」
「……は?」
全く状況が分からず、伊織は唖然とした。尚も険しい表情で詰め寄ってくる麻子の後方から、沙織が笑いながら缶ビールとりんごをそれぞれの手に持ち、やって来たのが見えた。その表情は対照的に怪しげな笑みを浮かべている。りんごが迷惑そうな表情でその手から抜け出すと、伊織の方に避難しようとして、しかし麻子が抱き着いているのを見て踵を返した。
「いーおーちゃーん、どうだったのー?ふふっ、やっぱり例の少年も瞬殺だったかしらねえ?」
「……何なのこの状況」
「伊織ちゃーん……ううっ……」
「いや、麻子。何泣いてんの……」
溜め息をついて、伊織は麻子の両肩を掴んで離す。大体、何事だこれは。
「……母さん、どういうこと」
「えー?だって伊織がお祭りなんて行くこと自体珍しいし、しかも何故か男の子と仲良くなってるし。これを機にその子とくっつきでもしたら面白そうよねーって」
「ダメだよそんなのわたし許さないからねえええ!!」
「…………」
状況説明を求めれば、沙織は笑みを浮かべたままさらりと言いのけた。それに目を瞬かせていると、麻子が抱き着いてくる。流石に耳元で叫ばれてはかなわない。あまりの声量に、伊織は顔を顰めた。
しかしそこで漸く思考が正常に戻ってくる。ふと沙織を見れば、相変わらず何を考えているのか分からない表情をしている。
「……あんたがまさか、それを言うとは思わなかったよ」
「いやいや、普通の反応でしょうよ」
何の動揺もなく返されたそれに、伊織は目を細めた。おかしそうに、沙織は笑う。
「……まあ、あんたなら“変なの”に引っ掛からなさそうだと思ったからね。他意はないわ」
「……そう」
肩を竦める沙織に、伊織はそれ以上は何も言わなかった。言わなくても、僅かに曇った表情から全てを察することが出来た。……出来てしまった。
確かに、この人の言う通りかもしれない。今もダメだの許さないだの、抱き着きながらぶつぶつと呟く麻子に視線を落として、そう思った。――昔、彼女は自身に助けられていると言っていた。だが、逆だろう。
「(……私の方だよ、あんたに助けられてるのは)」
自身よりも、ずっと。
「……ところで」
伊織はすっかり勘違いをしている彼女たちに向かって、呆れたように口を開いた。
「それ前提として話進めてるようだけど、私は別に何もないから」
再び溜め息をついて、伊織はそれだけ言うと、着替える為に麻子を剥がした。




