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三年契約。  作者: 香月紫陽
chapter 2
11/19

緩やかにinvasion




 一学期最後のテストが、たった今終わった。筆記用具を仕舞いながら、伊織は小さく息を吐く。

 なんというか、呆気なかった。あれほどまで騒いでいたのが、嘘のようだった。


「(……片親のくせに、か……一体誰が喋ったのやら……)」


 そこそこの家だったのだろう。そして、この高校に自身と同じ中学か、あるいは小学校出身の生徒がいるのだろう。


「(……ほんと、くだらない)」


 あれから伊織の周辺は静かになった。目に見える“嫌がらせ”がなくなったということだ。それでも度々鋭い視線は飛ばされてくるし、正直鬱陶しい。所謂冷戦状態、というやつなのだろうかとため息をついた。人間なんてそんなものだ。それに、ごく小さな社会とはいえ、こうした問題が起きない方がおかしい。


「伊織ちゃん、とうとう夏休みだよ!夏休み!」

「……夏休み一発目にサマースクール、その後夏期講習があるけど」

「それ言っちゃダメだよ伊織ちゃん!」


 そんなことを考えていた時、テストから解放された麻子が勢いよく立ち上がった。相変わらずのテンションで話しかけてくる麻子を、伊織はいつも通り切り捨てる。

 この高校ならではのようだが、一年次には林間学校の時のように他県の山の方へ行き、二泊三日の勉強合宿を行う予定があった。朝から晩まで勉強とは、流石に生徒たちも不満気である。しかし、目的はそれでも、二日目の夜にはきちんとイベントがあるらしい。


「でもさ、佐野さんが好きそうな文化祭準備もあるし」

「まあ、そうなんだけどさあ」

「…………」


 言いながら楓は、伊織に視線を向けた。麻子も同じように、伊織を見た。伊織は無表情で黒板を睨む。無表情に見えるが、苛ついているのが二人にはよく分かった。比較的伊織と行動を共にしている二人には、容易く読み取れた。本当に苛立っている時ほど、伊織は表情がなくなる。……どうやら恒例化してきたようである、この光景。


「……伊織ちゃん、確かに責任感はあるんだけど……」

「……まあ、俺が主に表立って動くから、大丈夫だと思うけど」


 黒板に書かれているのは、文化祭実行委員の文字。その隣には、伊織と楓の名前。テストが終わって早速と、小笠が実行委員を決めるように言った。立候補でも推薦でも良い、という言葉に、真っ先に伊織の名が挙がったのである。諦めの悪い“彼女ら”は、証拠の残らない地味な嫌がらせに走ることにしたようだった。

 明らかに、伊織は人前に立って大人数を仕切って行くような性格ではない。必要とあらば動くが、それは本当に必要な時だけだ。加えて、このクラスにも伊織を良く思わない生徒が何人もいる。指示に従わないことは目に見えていた。それを悟って、楓もまた実行委員に立候補した。……それが彼女たちには予想外の出来事のようだったが。


「……まあ、それだけじゃないんだけど」

「……なに?」

「ああ、うん、こっちの話」


 はっとして、楓は苦笑を浮かべて首を振る。思わず声に出ていたようだ。伊織はそんな楓に首を傾げるも、大したことではなさそうだと判断し、それ以上追及はしないことにした。






- - -






 サマースクールは、事前にあった話の通り、本当に朝から晩まで授業があった。通常の学校で行われる授業よりも疲れる。気楽であったのはバスでの移動の時間のみだった。

 しかし、流石に夕食後は授業もなく、自由時間となっていた。女子棟の大部屋に戻り、伊織は早速読書をし始める。しかし、本の世界に完全に入るよりも早く、思考は現実に引き戻された。


「――黒崎さんて、狡いよね」

「……は?」


 声をかけられて、しかも突然訳の分からないことを言われ、伊織は目を瞬かせた。


「普段読書ばっかで全然勉強してるように見えないのに中間も期末も学年二位だし、この前の体育祭だって凄かったし」

「…………」

「おまけにあの日向君とも仲が良いでしょ?黒崎さんばっかり狡い」

「……いや、意味わかんないんだけど」


 言葉は明らかに攻撃してきているようだというのに、その表情はやけに楽しそうである。全く一致していないそれに、伊織は怪訝な表情を隠すことはしなかった。そんな反応に、彼女は笑みを浮かべる。


「……っていうのは、ただの周囲の反応。いやあほんと面白いよね、黒崎さん」


 本当におかしそうに笑う彼女に、伊織は反応に困った。このようなタイプは初めて目にする。何故笑っているのかも分からず、ただ彼女のその先の言葉を待つほかなかった。


「あたしさ、あんたと話してみたかったんだ。今あの子いないし、丁度良いと思って。……あ、あたしの名前覚えてる?」

「…………」

「あはは、予想通り!ほんと厭きない!」


 よく喋る彼女に、伊織は益々困惑していた。しかし、それすら面白い、というように彼女は笑う。


「あれ、いつの間に仲良くなったの、葉月ちゃん」

「あ、佐野ちゃんおかえり。今しがただよ、ね、黒崎“ちゃん”」


 麻子とは既に気軽に呼び合う仲であったことに、伊織は更に驚いた。いつも何だかんだくっついてくる麻子が出掛けていたのを見計らって来たということは事実だが、しかし何故それならあえてそうしたのだろうか。尋ねれば、目の前のクラスメイト――間宮葉月まみやはづきはにっこり笑みを浮かべて言った。


「だってあんたの反応が見たかったんだもん」

「…………」

「あ、あたしのことは葉月で良いから。宜しくしてちょーだい」


 どこまでもマイペースらしい彼女に、麻子は笑う。毛色は違うが、タイプは麻子と似たような感じらしい。思えばクラスの人間で伊織は麻子に楓、そして小笠程度しか認識していなかった。何だかんだ初めて同じクラスの、しかも女子と会話をしたということに若干驚きながらも、伊織は小さく頷いた。




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