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44話 黒幕の存在

「これを見よ。ヴィクトリア女王から、急ぎで届いたものだ」


 ホロウェイ王国の国王ランドルフは、執務室へ呼びよせたシャノンへ、ヴァイツ王国の印章が押された手紙を渡す。

 ついにアビゲイルの誘拐事件に横やりが入るのか、と身構えたシャノンだったが、受け取った封筒は思いがけず薄くて軽い。

 首をかしげながら、すでにランドルフが読み終えただろう便せんを取り出し、その短い文章を目で追った。


「……え!? ハイデマリー王女に関して、一切の擁護をしない!?」

「読みが外れたな、シャノン。あちらは妹を、切り捨てるつもりだ」


 くくっと、ランドルフは含み笑いをもらす。


「まともな為政者なら、皆そうする。愚かな身内をかばったところで、また足を引っ張られるだけだ。それくらいなら、すべての責任をとらせたほうがいい」


 こちらの国の裁量に任せて、自分の手を汚さないなんて、女王は有能だとランドルフは褒めた。

 心配事がひとつ減ったシャノンは、ほっと胸をなでおろす。

 だが、それを見たランドルフは、目を細めた。


「安心している場合ではないぞ」


 首謀者のハイデマリーと、実行犯の侍従を捕まえてはいるが、事件の根は深い。

 宰相になりたがったキースが、ハイデマリーを追い詰めたことが発端だが、そもそもキースを焚きつけた黒幕が別にいるはずだ。

 なぜならハイデマリーと付き合うまで、ヴァイツ王国とは縁もゆかりもなかったキースが、単独で『ウラ』に関する情報を手に入れたとは考えにくい。


「この儂ですら、初めて耳にしたのだ」


 ハイデマリーの事情聴取をする中で、ヴァイツ王国が秘匿し続けた『ウラ』と呼ばれる秘薬の存在が浮上した。

 それを飲むだけで、眠らずに闘い続ける戦士ができあがるというのだから、ランドルフが受けた衝撃は計り知れない。

 もしもそれが使われてしまったら、中立の立場にいるホロウェイ王国であれ、ふりかかる戦争の火の粉からは逃れられないだろう。


 幸い、今のヴァイツ王国の女王は、穏健派だ。

 そのおかげで、ヴァイツ王国とミストラル帝国間のいさかいは、小競り合い程度で済んでいる。

 しかし、次代や次々代に、過激派が台頭してしまったら――。

 そうなる前にランドルフは、『ウラ』についての情報をできるだけ集め、対策をとらなくてはならない。

 

「アビゲイル嬢が、果たしてどこまで知っているのか。興味があるな」

「まだ回復を待っている状態よ。お義姉さまに話を聞くのは、最後にしようと思っているわ」

「そのときは儂も、臨席しよう」

「……お父さまは、誰が黒幕だと思う?」


 真剣な瞳で尋ねるシャノンに、ランドルフは目線をあわせる。

 ほんの数か月前までは引きこもっていたシャノンが、今では誘拐事件の陣頭指揮を執るまでになった。

 ここまで回復したのは、婚約者ダレルの手柄だ。

 少しだけ感じる、父としての寂しい思いをうまく隠して、ランドルフは答える。


「キースよりは、身分が上の者だ」


 それが予想通りだったので、シャノンはぎゅっと唇をかみしめた。

 公爵であるキースより身分が上となると、残るは王族しかない。

 

(やはり、お母さまが関わっている?)


 じわじわと、綿で首を絞められているような、嫌な息苦しさをシャノンは感じた。

 だが、ここで正義を貫かないと、アビゲイルの安全は保障されない。

 そのためにシャノンは、この捜査の矛先を、実母である正妃へ向けなくてはならないのだ。

 

「……次は、キースを事情聴取するけれど、素直に吐くかしら?」

「あいつは甘ちゃんだ。自分が利用されたことすら、気づいておらんかもしれん」

「キースから言質が取れないとなると……」


 正妃に直接、尋ねるしかないのか。

 どう切り出すべきか、悩むシャノンへ、ランドルフが鋭い言葉を投げる。


「黒幕に迫るのは、危険だ。頃合いを見計らって、事件解決の落としどころを探せ」

「お父さま、それは……!?」

「実の娘だろうと、彼女は攻撃の手を緩めはしない」


 ランドルフはあえて、名前を口にはしなかった。

 それでもキースの背後にいるのは正妃だと、確信しているようだった。


「何事もなくダレルと結婚したいのならば、これ以上は踏み込むな」


 わかったな、と念を押すと、ランドルフはシャノンから顔をそらした。

 話はこれで終わりだと言うように。


 ◇◆◇◆


「あびー、げんきになった?」


 ジスランと手を繋いで、ロッティが病室を訪れた。

 4歳になって、急に身長が伸びたと思ったが、ジスランと並ぶと小さく感じる。


「いつもはあびーが、おむかえにきてくれるけど、きょうはろってぃが、おむかえにきたよ!」


 身支度を整え終えたアビゲイルへ、ご機嫌なロッティが両腕を広げて見せる。

 ロッティの真似をして、アビゲイルはそこへ飛び込むと、ぎゅっと柔らかい体を抱き締めた。

 

「あ~、癒される! ロッティはどうして、こんなにふかふかなの!」

「きゃあ! くすぐったい!」


 ロッティの首元に、アビゲイルの吐息がかかる。

 楽しそうに逃げ出したロッティは、ジスランの足をよじ登った。

 たくましい腕に抱え上げられ、ジスランと同じ目線の高さになると、ロッティは近くにある耳へ口を寄せて、こそこそと内緒話をする。


「おじさん、れんしゅうのせいかを、みせるときだよ」

「よ、よし! あれだけ特訓したんだ。きっと、大丈夫だ……!」

「あびー! ちゃんと、きいててね!」


 アビゲイルが入院している間も、二人は仲良くしていたようだ。

 それが嬉しくて、アビゲイルは自然に微笑んでしまう。

 だが、それを見たジスランが、硬直してしまった。


「おじさん?」

「ア、ア、アビー」

「あ~! また、いえなかった!」


 ロッティが天を仰ぐ。

 その横では、ジスランが顔を真っ赤にしていた。

 アビゲイルはこてんと首をかしげる。


「どうしたの、二人とも?」

「ねるまえまで、ずっとれんしゅうしたのに……」

「やっぱり、噛んでしまった……」


 ロッティとジスランの落ち込んでいる姿は、よく似ていた。

 どうやら昨夜は二人で、アビゲイルの愛称の練習をしたらしい。


(ジスラン卿は、なんでもそつなくこなしそうなのに)


 くすり、と笑うと、ますますジスランの顔が赤くなる。

 アビゲイルは慌てて訂正した。


「失敗を笑ったわけでは、ないんですよ」

「小さい頃はともかく……年頃になってから、誰かの愛称を呼んだことがなくて」

 

 大きな体を小さくしているジスランが、やけに可愛く見える。

 

「ジスラン卿は、礼儀正しい方ですからね」


 この調子では、ジスランの婚約者のソランジェも、まだソランジェ嬢と呼ばれてそうだ。

 

 チクリ――。


 花のように可憐だったソランジェを思い出した瞬間、アビゲイルの心臓が針で刺されたように痛んだ。


(今のは何? 朝の診察では、体調は良好だったはずなのに)


 誘拐されたストレスが、遅れてやってきたのだろうか。

 だが、せっかく今から退院できるのに、わざわざ医師には言いたくない。


(これくらい平気だわ!)


 アビゲイルはその痛みを無視した。

 ロッティがアビゲイルと手をつなぎ、反対の手をジスランへと伸ばす。

 

「ろってぃ、かんがえたんだけどさ~」


 三人で手をつなぎ、並んで歩くのがロッティは大好きだ。

 今もアビゲイルとジスランの間にはさまれて、ニコニコと笑っている。


「おじさんのなまえ、じすらんって、いうんでしょ?」


 ロッティがジスランへ確認をとっている。

 何が始まろうとしているのか、わからないながらもジスランは肯定した。


「だったらさ~、『らんらん』にするのは、どう? どらごんみたいで、かっこいいでしょ!」

 

 どや顔のロッティが、瞳を輝かせる。

 アビゲイルとジスランは、ぽかんと口を開いた。


「それは……もしかして、俺の愛称か?」

「らんらんって、よばれるのになれたら、よぶのにもなれるよ!」


 ロッティの謎の理論によって、ジスランの愛称呼びが決定してしまう。

 可愛い名前にうろたえているジスランを、こっそり笑っていたアビゲイルだったが、ロッティにびしりと指摘された。


「もちろん、あびーも、よんであげるんだよ」

「え……!? 私も?」

「あたりまえでしょ! なれるためには、たくさんよばれないとね!」


 ほら、とロッティに促され、今度はアビゲイルがうろたえる。

 なるべくジスランの顔を視界から外し、勢いだけで叫んだ。

 

「ラ、ラ、ランラン……っ!」

「ほら、よばれたら、よびかえす!」


 ロッティの教育的指導が、すぐさまジスランに入る。


「ア、ア、アビー!」


 そこからホテルに着くまで、お互いの愛称を叫び合うという、恥ずかしい試練が続いた。

 ぐったりと疲れたアビゲイルとジスランをよそに、ロッティはいたく満足げだった。

 

 ◇◆◇◆


「キース、あなたが『ウラ』を知った経緯を、教えてちょうだい」


 ハイデマリーが起こした事件について、厳しく糾弾されると思っていたキースは、シャノンの質問にあからさまに安堵した。


「なんだ、そんなことか。僕のまわりには、自然と多くの情報が集まってくる。誰しも、アシュベリー公爵家とつながりを持ちたくて――」

「前置きはいらないわ。聞かれたことにだけ答えて」


 途中でシャノンに遮られ、キースは唇を曲げる。


「僕に対して偉そうにするのは、シャノンくらいのものだ。三人の王子たちですら――」

「何度も言わせないで。また鼻をつねられたいの?」


 手を伸ばしてくるシャノンから、キースはあわてて顔を遠ざける。


「あんなに痛いのは、もうごめんだよ。……いつだったか、王城で盛大な仮面舞踏会があっただろう?」


 必死で思い出そうとするキースに、シャノンは頷く。


「お母さまが主催者だったわね」

「僕が『ウラ』について知ったのは、そのときだ」


 酒もだいぶん飲んで、キースはしたたかに酔っていた。

 そこへ、黒い仮面をつけたひげ面の男が、近づいてきたのだ。


「パーティも終盤にさしかかり、周囲に人影は少なかった。それでもその男は、やけに声をひそめて、話し始めたんだ」


 いわく、ヴァイツ王国には門外不出の、秘薬のレシピがあるという。

 存在は噂されていても、これまで誰も、手に入れたことがない。

 ちょうど功績が欲しかったキースは、怪しい男の話にのめり込む。


「当時の僕は、アシュベリー公爵になりたてで、箔をつけたい気持ちがあった」

「宰相の職を狙ったのも、それと関係があるの?」


 キースは素直にこくりと頷く。


「正妃さまに言われたんだ。もし、それを見つけられたら、僕を宰相にしてあげると」

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