40話 きゅうしゅつたい
「習得していてよかった」
カミーユが書き上げたロッティへの手紙を懐に、ジスランは車を走らせている。
モンテスキュー公爵によって屋敷に軟禁されていた期間、有り余る時間をつかってジスランは車の運転方法を覚えた。
「あのときほど、庭が広大でよかったと思ったことはない」
門扉から玄関までの無駄に長い道のりが、いい練習コースになった。
いつか見張りの目を盗んで、ロッティと屋敷を抜け出してやろうと、考えていた計画が今になって役に立つ。
おかげで、鉄道よりも船よりも早く、ホロウェイ王国に到達できるだろう。
「もうすぐ、ヴァイツ王国を抜ける。『昼と夜』がある港町へは、王都を通って行くか」
ホロウェイ王国の観光地図をめくり、ジスランは最短の道のりを探す。
しかし、国境を越えてホロウェイ王国に入った時点で、ジスランの心躍る旅は終わった。
「こういう人を見ませんでしたか?」
衛兵が差し出した紙に描かれていたのは、メガネをかけたアビゲイルの似顔絵だった。
ジスランの表情が凍りつく。
「彼女が……どうかしたのか?」
「事件に巻き込まれた可能性があります。発見した場合は、すぐに通報をお願いします」
紫色の髪、オレンジ色の瞳、黒ぶちの眼鏡、年齢は23歳――。
アビゲイルの特徴が書かれた紙をもらい、しばらくジスランはそれを茫然と眺めた。
「港町に行っても、彼女はいない?」
アビゲイルは王都で、行方不明になったらしい。
ジスランはきれいに紙を折りたたむと、それを懐に仕舞った。
(すぐに探しに行きたい。だが……)
むやみやたらに走り回っても骨折り損になると、兄の捜索をした経験からジスランは知っている。
しっかり情報を集めなくては、真実は見つからない。
「まずは港町へ行こう」
アビゲイルがいなくなって、ロッティがどうしているのかも心配だった。
深呼吸をして騒ぐ心を落ち着けると、ジスランはハンドルを握った。
◇◆◇◆
「しらみつぶしに国境付近を探しているけど、お義姉さまの目撃情報が集まらないわ」
シャノンがダレルへ、こつんと頭を預ける。
青白い顔色には、連日の捜査の疲れが出ていた。
「すぐに検問を始めたから、ハイデマリー王女たちはヴァイツ王国に出国できず、その近辺で身をひそめていると思ったのに……」
「もしかしたらアシュベリー公爵の発言に、俺たちは引っ張られ過ぎたのかもしれない」
ダレルの言葉に、シャノンが顔を上げる。
額にかかる髪を耳へかけてやりながら、ダレルが自分の考えを語った。
「ハイデマリー王女殿下もその侍従も、ホロウェイ王国で暮らして3年と日が浅い。王都の外の地理には、そう詳しくないんじゃないか?」
「っ……! もしかして、お義姉さまは……」
「王都のどこかで、監禁されている可能性もある」
これまで、ヴァイツ王国へ向かっているとばかり思っていたから、足元がおろそかになっていた。
「すぐに調査をするわ!」
「アシュベリー公爵家の使用人たちにも、改めて話を聞いてみよう。侍従がよく通っていた場所など、わかるかもしれない」
ダレルとシャノンは頷き合う。
◇◆◇◆
「ハイデマリーさま、あの者から『ウラ』のレシピを聞き出すのを、お手伝いしましょうか?」
この数日間、アビゲイルと面会を続けているハイデマリーだったが、レシピを入手した様子がない。
よほど相手の口が堅いのか、こうなれば脅してでも――と侍従は思っていた。
だが、ハイデマリーがそれを断る。
「いいえ。……それよりも、お前はヴァイツ王国で戦争が始まったら、どうする?」
そして、まったく違うことを尋ねた。
戸惑いながらも、侍従はハイデマリーの求めに応じる。
「騎士でしたから、闘うことは怖くありません。ですが私には、自分の命よりも大切な人がいます。戦禍がその人にまで及ぶのなら、きっと……安全な土地へつれて逃げるでしょう」
それはヴァイツ王国を捨てるに等しい。
王族のハイデマリーには、許しがたい行為かもしれないが、侍従は正直に答えた。
「お前ほどの忠臣でも、そうなのね」
ハイデマリーの脳裏に、アビゲイルの台詞が蘇る。
『ホロウェイ王国やヴァイツ王国を戦場にしたいのなら、それでもいいでしょう』
決して退かない戦士を、無尽蔵につくりだす――秘薬『ウラ』。
安全な土地へ逃げると言っている侍従さえも、『ウラ』を飲めば豹変してしまうのだ。
そんな『ウラ』の存在が大っぴらになれば、自国の兵士に使おうと無責任に言い出す輩が、わらわらと現れるに決まっている。
そして駒がそろえば、遊戯が始まるのは世の理だ。
(だからヴァイツ王家は、レシピを隠し続けた)
愚か者の手に渡って、戦争が始まらないように。
しかし同時に、『ウラ』を捨てられなかった。
(他国から攻め込まれたら、使うしかないわよね。『ウラ』はヴァイツ王国の、最後の砦なんだわ)
たやすく扱える代物ではない。
そんなまがまがしさを、『ウラ』は孕んでいる。
ハイデマリーはゆっくりと息を吐いた。
「私には難しすぎるわ」
ヴァイツ王国のトップに立つ者にしか、知らされていない理由がわかった。
考えすぎて、ズキリと痛むこめかみを押さえる。
「だったら、どうしてあの女は知っているの?」
しかも、ハイデマリーよりも、『ウラ』の事情に明るかった。
そのせいでキースは、アビゲイルを求めている。
「身分なら、私のほうが上なのに……」
だが、ハイデマリーが勝てる点など、それくらいだ。
黒ぶちのメガネを外せば容姿端麗、理路整然と話す頭の良さ、そして誘拐されたというのに、こちらを説得しようという度胸まであるアビゲイル。
思い返すと悔しくて、きゅっと下唇を噛みしめた。
「……キースさまの気を引く存在なんて、消えてしまえばいい」
アビゲイルをヴァイツ王国へ連行しよう。
そして姉である女王へ訴えるのだ。
王族でもないのに、『ウラ』のレシピを知る罪人だと――。
「お姉さまがあの女を、処刑してくれるわ。そうすれば、キースさまも諦めるでしょう」
アビゲイルへの嫉妬が、ハイデマリーの心を真っ黒に塗りつぶした。
◇◆◇◆
「ロッティ、元気だったか?」
港町についたジスランは、『昼と夜』でロッティと再会する。
アビゲイルが王都で行方不明になった件は、大人たちの間では共有されていたが、ロッティには知らされていなかった。
「おじさん! あびーに、あいにきたの? いまね、おうとに『しゅっちょう』にいってるよ!」
なぜかロッティに、アビゲイルに会いに来たのを、見透かされている。
心中で慌てたジスランは、懐からロッティ宛の手紙をさっと取り出す。
「これをロッティに、届けに来たんだ。カミーユ皇子殿下から預かってきた」
白い封筒をロッティの前に差し出した瞬間、一緒に懐に入れていた、アビゲイルの似顔絵が描かれた紙が落ちる。
ひらりと床に着地したそれを、ロッティが拾い上げた。
「なに、これ?」
「あっ……!」
ジスランが手で隠そうとしたが、遅かった。
書かれていた内容を、ロッティは間違うことなく理解する。
「ゆくえふめい? あびーが?」
ロッティの周囲にいた『昼と夜』の従業員たちの、声にならない非難の眼差しが、ジスランの全身に刺さる。
これまでみんなが苦心して遠ざけていた事実を、あっさり漏らしてしまったのは大失態だった。
「こ、これは……」
なんと言い訳をしよう。
だが、そう思ったのは一瞬だった。
ジスランは腹をくくる。
「ロッティ、一緒に探しに行かないか?」
以前、アビゲイルと離ればなれになったとき、ロッティは小さな胸に不安を押し殺し、ずっと我慢をしてくれた。
もう二度と、そんな思いをさせてはならない。
そのためには、どうしたらいいのか。
答えは簡単だった。
「これから俺と、王都へ――」
「いく! ろってぃも、あびーをさがす!」
ロッティは返事をすると、ジスランの体によじ登る。
「きっと、あびーはとらわれのおひめさまに、なっちゃったんだ! ろってぃが、どらごんになって、たすけないと!」
「よし、行こう!」
心に火がついてしまった二人を、止められる者はいなかった。
◇◆◇◆
「執事や侍女たちに聞いた話では、ハイデマリー王女はアシュベリー公爵夫人として、キースと共に外出することが多かったらしいわ。行き先は、パーティだったり観劇だったりお茶会だったり、おもに社交の場ね」
「それなら怪しいのは、単独で動けた侍従だな。ホロウェイ王国に知り合いも少ない中、どうやって監禁場所を探したのだろう?」
聴取を終えたシャノンとダレルは、王都の地図とにらめっこする。
「アシュベリー公爵家の生活圏を、洗い直してみる?」
「辻馬車が通れるような、広い道沿いにあるかもしれない」
二人は周辺の地理に詳しい衛兵を呼び、条件を絞っていく。
窓に格子がある建物は監禁向きだとか、建物の高層階も逃げ出しにくいとか。
「だんだん目星がついてきたわね」
「有力な場所から突入してみよう」
アビゲイルを救出するための捜査網は、着々と狭められていった。
◇◆◇◆
ジスランたちは警備隊の詰め所を訪ねて、最近のアビゲイルについての聞き込みをした。
『ユーラ』を狙ったとおぼしき泥棒など、物騒な事件があったと知って、ジスランは顔面を蒼白にする。
「そんな中、ひとりで外を出歩くなんて――」
「港町にいるときは、まだよかったんだよ。俺たち隊員が、そこらじゅうにいるからさ」
気さくな隊員が、ジスランの相手をしてくれる。
「だけど王都も、治安が悪いわけじゃない。それが分かってるから、護衛をつけなかったんだろう」
「……俺は郵便配達員ではなく、護衛になるべきだった」
落ち込むジスランの肩に、ロッティがぽんと手を置く。
「おじさん、これからだよ! ろってぃといっしょに、あびーをたすけるんでしょ!」
「そうだ、これからだ!」
意気投合している二人に、隊員がさらなる情報を教えてくれる。
「アビゲイルさんは、王都の商業街にある『ユーラ』の本社を訪ねたらしい。そこから実家のハウエル侯爵家へ向かう途中で、行方がわからなくなった」
ジスランは似顔絵が描かれた紙の裏面に、隊員の言葉を漏れなく書いていく。
その速度に合わせて、隊員はゆっくりとしゃべった。
「通りを走る流れの辻馬車を拾って、乗り込んだところで目撃が途絶えている。犯人はその辻馬車の御者じゃないか、と俺たちは睨んでいるんだ」
王都には、辻馬車など星の数ほどいる。
しらみつぶしに調べるのは、無理があった。
そこで捜査が滞っているのかもしれない、とジスランは想像する。
「なるほどな」
犯人の目的が『ユーラ』のレシピならば、身代金の要求がないのも当然だ。
アビゲイル本人が、金のなる木のようなものだ。
それゆえに、すぐに殺されたりはしない、とわかったのは収穫だった。
「ロッティ、ここでの情報は集まった。次は現場へ向かうぞ」
「うん! あびーきゅうしゅつたいの、しゅつどうだね!」




