表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
40/47

40話 きゅうしゅつたい

「習得していてよかった」


 カミーユが書き上げたロッティへの手紙を懐に、ジスランは車を走らせている。

 モンテスキュー公爵によって屋敷に軟禁されていた期間、有り余る時間をつかってジスランは車の運転方法を覚えた。


「あのときほど、庭が広大でよかったと思ったことはない」

 

 門扉から玄関までの無駄に長い道のりが、いい練習コースになった。

 いつか見張りの目を盗んで、ロッティと屋敷を抜け出してやろうと、考えていた計画が今になって役に立つ。

 おかげで、鉄道よりも船よりも早く、ホロウェイ王国に到達できるだろう。


「もうすぐ、ヴァイツ王国を抜ける。『昼と夜』がある港町へは、王都を通って行くか」


 ホロウェイ王国の観光地図をめくり、ジスランは最短の道のりを探す。

 しかし、国境を越えてホロウェイ王国に入った時点で、ジスランの心躍る旅は終わった。

 

「こういう人を見ませんでしたか?」


 衛兵が差し出した紙に描かれていたのは、メガネをかけたアビゲイルの似顔絵だった。

 ジスランの表情が凍りつく。


「彼女が……どうかしたのか?」

「事件に巻き込まれた可能性があります。発見した場合は、すぐに通報をお願いします」

 

 紫色の髪、オレンジ色の瞳、黒ぶちの眼鏡、年齢は23歳――。

 アビゲイルの特徴が書かれた紙をもらい、しばらくジスランはそれを茫然と眺めた。

 

「港町に行っても、彼女はいない?」


 アビゲイルは王都で、行方不明になったらしい。

 ジスランはきれいに紙を折りたたむと、それを懐に仕舞った。


(すぐに探しに行きたい。だが……)


 むやみやたらに走り回っても骨折り損になると、兄の捜索をした経験からジスランは知っている。

 しっかり情報を集めなくては、真実は見つからない。


「まずは港町へ行こう」


 アビゲイルがいなくなって、ロッティがどうしているのかも心配だった。

 深呼吸をして騒ぐ心を落ち着けると、ジスランはハンドルを握った。

 

 ◇◆◇◆


「しらみつぶしに国境付近を探しているけど、お義姉さまの目撃情報が集まらないわ」


 シャノンがダレルへ、こつんと頭を預ける。

 青白い顔色には、連日の捜査の疲れが出ていた。


「すぐに検問を始めたから、ハイデマリー王女たちはヴァイツ王国に出国できず、その近辺で身をひそめていると思ったのに……」

「もしかしたらアシュベリー公爵の発言に、俺たちは引っ張られ過ぎたのかもしれない」


 ダレルの言葉に、シャノンが顔を上げる。

 額にかかる髪を耳へかけてやりながら、ダレルが自分の考えを語った。


「ハイデマリー王女殿下もその侍従も、ホロウェイ王国で暮らして3年と日が浅い。王都の外の地理には、そう詳しくないんじゃないか?」

「っ……! もしかして、お義姉さまは……」

「王都のどこかで、監禁されている可能性もある」


 これまで、ヴァイツ王国へ向かっているとばかり思っていたから、足元がおろそかになっていた。

 

「すぐに調査をするわ!」

「アシュベリー公爵家の使用人たちにも、改めて話を聞いてみよう。侍従がよく通っていた場所など、わかるかもしれない」


 ダレルとシャノンは頷き合う。

 

 ◇◆◇◆


「ハイデマリーさま、あの者から『ウラ』のレシピを聞き出すのを、お手伝いしましょうか?」


 この数日間、アビゲイルと面会を続けているハイデマリーだったが、レシピを入手した様子がない。

 よほど相手の口が堅いのか、こうなれば脅してでも――と侍従は思っていた。

 だが、ハイデマリーがそれを断る。


「いいえ。……それよりも、お前はヴァイツ王国で戦争が始まったら、どうする?」


 そして、まったく違うことを尋ねた。

 戸惑いながらも、侍従はハイデマリーの求めに応じる。

 

「騎士でしたから、闘うことは怖くありません。ですが私には、自分の命よりも大切な人がいます。戦禍がその人にまで及ぶのなら、きっと……安全な土地へつれて逃げるでしょう」

 

 それはヴァイツ王国を捨てるに等しい。

 王族のハイデマリーには、許しがたい行為かもしれないが、侍従は正直に答えた。

 

「お前ほどの忠臣でも、そうなのね」


 ハイデマリーの脳裏に、アビゲイルの台詞が蘇る。


『ホロウェイ王国やヴァイツ王国を戦場にしたいのなら、それでもいいでしょう』

 

 決して退かない戦士を、無尽蔵につくりだす――秘薬『ウラ』。

 安全な土地へ逃げると言っている侍従さえも、『ウラ』を飲めば豹変してしまうのだ。

 そんな『ウラ』の存在が大っぴらになれば、自国の兵士に使おうと無責任に言い出す輩が、わらわらと現れるに決まっている。

 そして駒がそろえば、遊戯が始まるのは世の理だ。


(だからヴァイツ王家は、レシピを隠し続けた)


 愚か者の手に渡って、戦争が始まらないように。

 しかし同時に、『ウラ』を捨てられなかった。


(他国から攻め込まれたら、使うしかないわよね。『ウラ』はヴァイツ王国の、最後の砦なんだわ)


 たやすく扱える代物ではない。

 そんなまがまがしさを、『ウラ』は孕んでいる。

 ハイデマリーはゆっくりと息を吐いた。

 

「私には難しすぎるわ」


 ヴァイツ王国のトップに立つ者にしか、知らされていない理由がわかった。

 考えすぎて、ズキリと痛むこめかみを押さえる。


「だったら、どうしてあの女は知っているの?」


 しかも、ハイデマリーよりも、『ウラ』の事情に明るかった。

 そのせいでキースは、アビゲイルを求めている。


「身分なら、私のほうが上なのに……」


 だが、ハイデマリーが勝てる点など、それくらいだ。

 黒ぶちのメガネを外せば容姿端麗、理路整然と話す頭の良さ、そして誘拐されたというのに、こちらを説得しようという度胸まであるアビゲイル。

 思い返すと悔しくて、きゅっと下唇を噛みしめた。


「……キースさまの気を引く存在なんて、消えてしまえばいい」


 アビゲイルをヴァイツ王国へ連行しよう。

 そして姉である女王へ訴えるのだ。

 王族でもないのに、『ウラ』のレシピを知る罪人だと――。


「お姉さまがあの女を、処刑してくれるわ。そうすれば、キースさまも諦めるでしょう」

 

 アビゲイルへの嫉妬が、ハイデマリーの心を真っ黒に塗りつぶした。


 ◇◆◇◆


「ロッティ、元気だったか?」


 港町についたジスランは、『昼と夜』でロッティと再会する。

 アビゲイルが王都で行方不明になった件は、大人たちの間では共有されていたが、ロッティには知らされていなかった。

 

「おじさん! あびーに、あいにきたの? いまね、おうとに『しゅっちょう』にいってるよ!」


 なぜかロッティに、アビゲイルに会いに来たのを、見透かされている。

 心中で慌てたジスランは、懐からロッティ宛の手紙をさっと取り出す。

 

「これをロッティに、届けに来たんだ。カミーユ皇子殿下から預かってきた」


 白い封筒をロッティの前に差し出した瞬間、一緒に懐に入れていた、アビゲイルの似顔絵が描かれた紙が落ちる。

 ひらりと床に着地したそれを、ロッティが拾い上げた。

 

「なに、これ?」

「あっ……!」


 ジスランが手で隠そうとしたが、遅かった。

 書かれていた内容を、ロッティは間違うことなく理解する。


「ゆくえふめい? あびーが?」


 ロッティの周囲にいた『昼と夜』の従業員たちの、声にならない非難の眼差しが、ジスランの全身に刺さる。

 これまでみんなが苦心して遠ざけていた事実を、あっさり漏らしてしまったのは大失態だった。


「こ、これは……」


 なんと言い訳をしよう。

 だが、そう思ったのは一瞬だった。

 ジスランは腹をくくる。


「ロッティ、一緒に探しに行かないか?」


 以前、アビゲイルと離ればなれになったとき、ロッティは小さな胸に不安を押し殺し、ずっと我慢をしてくれた。

 もう二度と、そんな思いをさせてはならない。

 そのためには、どうしたらいいのか。

 答えは簡単だった。

 

「これから俺と、王都へ――」

「いく! ろってぃも、あびーをさがす!」

 

 ロッティは返事をすると、ジスランの体によじ登る。


「きっと、あびーはとらわれのおひめさまに、なっちゃったんだ! ろってぃが、どらごんになって、たすけないと!」

「よし、行こう!」


 心に火がついてしまった二人を、止められる者はいなかった。


 ◇◆◇◆


「執事や侍女たちに聞いた話では、ハイデマリー王女はアシュベリー公爵夫人として、キースと共に外出することが多かったらしいわ。行き先は、パーティだったり観劇だったりお茶会だったり、おもに社交の場ね」

「それなら怪しいのは、単独で動けた侍従だな。ホロウェイ王国に知り合いも少ない中、どうやって監禁場所を探したのだろう?」


 聴取を終えたシャノンとダレルは、王都の地図とにらめっこする。


「アシュベリー公爵家の生活圏を、洗い直してみる?」

「辻馬車が通れるような、広い道沿いにあるかもしれない」


 二人は周辺の地理に詳しい衛兵を呼び、条件を絞っていく。

 窓に格子がある建物は監禁向きだとか、建物の高層階も逃げ出しにくいとか。

 

「だんだん目星がついてきたわね」

「有力な場所から突入してみよう」


 アビゲイルを救出するための捜査網は、着々と狭められていった。


 ◇◆◇◆


 ジスランたちは警備隊の詰め所を訪ねて、最近のアビゲイルについての聞き込みをした。

 『ユーラ』を狙ったとおぼしき泥棒など、物騒な事件があったと知って、ジスランは顔面を蒼白にする。


「そんな中、ひとりで外を出歩くなんて――」

「港町にいるときは、まだよかったんだよ。俺たち隊員が、そこらじゅうにいるからさ」


 気さくな隊員が、ジスランの相手をしてくれる。


「だけど王都も、治安が悪いわけじゃない。それが分かってるから、護衛をつけなかったんだろう」

「……俺は郵便配達員ではなく、護衛になるべきだった」


 落ち込むジスランの肩に、ロッティがぽんと手を置く。


「おじさん、これからだよ! ろってぃといっしょに、あびーをたすけるんでしょ!」

「そうだ、これからだ!」


 意気投合している二人に、隊員がさらなる情報を教えてくれる。


「アビゲイルさんは、王都の商業街にある『ユーラ』の本社を訪ねたらしい。そこから実家のハウエル侯爵家へ向かう途中で、行方がわからなくなった」


 ジスランは似顔絵が描かれた紙の裏面に、隊員の言葉を漏れなく書いていく。

 その速度に合わせて、隊員はゆっくりとしゃべった。


「通りを走る流れの辻馬車を拾って、乗り込んだところで目撃が途絶えている。犯人はその辻馬車の御者じゃないか、と俺たちは睨んでいるんだ」


 王都には、辻馬車など星の数ほどいる。

 しらみつぶしに調べるのは、無理があった。

 そこで捜査が滞っているのかもしれない、とジスランは想像する。


「なるほどな」


 犯人の目的が『ユーラ』のレシピならば、身代金の要求がないのも当然だ。

 アビゲイル本人が、金のなる木のようなものだ。

 それゆえに、すぐに殺されたりはしない、とわかったのは収穫だった。


「ロッティ、ここでの情報は集まった。次は現場へ向かうぞ」

「うん! あびーきゅうしゅつたいの、しゅつどうだね!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ