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33話 気もそぞろ

「さあ、仕切り直そう!」


 パンパン、と皇帝が手を叩くと、集まっていた貴族たちは散っていく。

 それにまぎれて、モンテスキュー公爵までもが、離れて行ってしまった。

 締め上げ足りないアビゲイルが、それを追おうと考えていると――。


「おや、イブラヒム、十数年ぶりだね!」

 

 皇帝がイブラヒムを見つけて、歓びの声を上げる。


「ちょうどいいときに来てくれた! 息子が親友を亡くして以来、沈みがちなんだ。幼馴染のよしみで、慰めてやってくれないか?」


 ぐいっとイブラヒムの首に腕を回すと、皇族が居並ぶ壇上へ連行していく。

 アビゲイルは知らなかったが、ミストラル帝国の皇太子とイブラヒムは、少年時代に交流があったらしい。

 引きずられ気味のイブラヒムが、「またあとで」と唇の動きだけで伝えてくる。

 7人の妃たちも、アビゲイルへひらひらと手を振ると、イブラヒムの後についていった。

 

(物理的な距離があっても、南方の国とミストラル帝国は、千年近い歴史のある国同士。お互いを尊敬しあっているんだわ)

 

 まるで親子のように、気兼ねなく話している皇帝とイブラヒムの姿が、それを物語っていた。


「――私も早く、ロッティに会いたい」


 今すぐ馬車を呼んで、モンテスキュー公爵家へ乗り込もう。

 締め上げ足りなかった分を、執事のハンスで補ってもいい。

 そう算段していたアビゲイルの独り言に、誰かが返事をした。


「会えますよ。ロッティ嬢は今、カミーユと遊んでいるの」


 声のしたほうに顔を向けると、そこに立っていたのは、ミストラル帝国の皇后だった。

 皇帝はやや、おちゃめな印象もあったが、皇后は凛としていて、威厳が感じられた。

 ただし、その隣に立つタチアナが微笑みを浮かべているので、怖い人ではなさそうだ。

 アビゲイルはすぐに、スカートをつまんで礼をしようとして、パンツスタイルの民族衣装だったのを思い出す。


「あ……!」

「いいんですよ、楽になさい。あなたの大胆な作戦に、いたく感心させられました。モンテスキュー公爵夫人に聞いていた人物像と、よい意味でかけ離れていて……興味深いわ」

 

 皇后の目尻のしわが深くなる。

 

「そんなあなたに育てられたから、ロッティ嬢も魅力的なのでしょうね」

「……?」


 含みのある言い方に、アビゲイルは疑問符を飛ばす。

 相変わらず高貴な方々特有の、あいまいな表現を理解するのが苦手だ。


「孫のカミーユが……いえ、実際に見てもらうのがいいわね。案内しましょう、ロッティ嬢のもとへ」


 皇后自らが、引率してくれるらしい。

 庶民のアビゲイルに対して、破格の扱いだ。

 それを見ていた貴族たちが、「さすが勲章をたまわった英雄だ」と言っていたが、そうではない気がする。


(ロッティに関して、何か困っているのかしら?)


 アビゲイルはとりあえず、大人しく歩いた。

 皇后を先頭に、皇后を護る騎士たち、その後ろにアビゲイルとタチアナが続く。

 タチアナがそっと身を寄せるなり、「ごめんなさい」と謝ってきた。


「スパイの件なら、気にしていません。モンテスキュー公爵夫人が、私のために動いてくれたと知って、とても嬉しかったです」

「……そうね。その件についても、私たちは謝らなくてはいけないんだったわ」


 ズーン、とタチアナが沈んでしまう。


「ど、どうしたんですか?」

「私もジスランも、ロッティのドラゴンの威力を……見誤っていたの」


 決して遠回しな言い方ではないのだが、意味不明だった。

 ジスランの名前が出て、アビゲイルは先ほどまで一緒にいた二人を思い出す。


(手紙に書いてあった通りだった。ジスラン卿とソランジェ嬢は、お揃いの色味や生地で、服装を合わせていたわ)


 騎士然としたジスランと、その一歩後ろに控えていた可憐なソランジェは、誰が見ても似合いの男女だった。

 もしかしたらこのパーティは、そんな二人の噂で持ち切りになるはずだったかもしれないのに、とんだ騒動を起こしてしまったのをアビゲイルは悔いる。


(いいえ、今からでも遅くないはずよ。まだダンスは始まっていなかったし、いくらでも挽回できるわ。頑張って、ジスラン卿!)


 そんなアビゲイルのエールが届いたのか、パーティ会場では音楽が奏でられ始めた。


 ◇◆◇◆


「ジスランさま、踊りましょう」


 皇后に連れられて遠ざかっていくアビゲイルの背を、目で追っていたジスランだったが、ソランジェに腕を引かれてハッとする。


「あ、ああ……そうだな」


 リュシーから厳命されている。

 ソランジェに恥をかかせてはならない。

 しかしアビゲイルに気を取られて、エスコートをないがしろにしてしまうのは、今日これで何度目になるだろうか。

 

(このパーティに、彼女が参加すると知っていれば……ソランジェ嬢の願いを引き受けなかった)


 頬を染めているソランジェの手を取り、ジスランは曲に身をゆだねる。

 そつなく動いているが、胸中はアビゲイルが気になって仕方ない。

 

(この曲が終わったら、ソランジェ嬢に頼んでみよう)


 指輪でもドレスでも好きなだけ贈るから、約束を無かったことにしたい……と。

 そうしたらジスランは、アビゲイルのそばに行ける。


(彼女はおそらく、カミーユ皇子殿下と遊んでいるロッティを、迎えに行ったのだろう)


 長らく離ればなれになってしまったロッティとアビゲイルだったが、ようやく再会できる。

 二人とも、嬉しくて泣いてしまうかもしれない。

 

(それを見た母上も、もらい泣きするだろうから、ハンカチが足りないな)

 

 ジスランは胸ポケットに視線をやる。

 そこには、ソランジェのリボンと同色のハンカチが刺さっていた。

 早くアビゲイルを追いかけて、このハンカチを差し出したい。


(ロッティにも、つらい日々を過ごさせてしまった)

 

 すぐに家に帰りたがるだろう。

 そんなロッティの願いを、アビゲイルが叶えないはずがない。

 

(……帰ってしまうのか、ホロウェイ王国に。それならば、なおさら今夜のうちに、彼女に会っておきたい。まだ俺は、父上の愚行を謝罪していないし……)


 心ここにあらずなジスランとのダンスに、ソランジェは業を煮やしていた。

 こんなに相手にされない経験は、生まれてこのかた初めてだった。

 

(目の前に私がいるというのに、あの女のことを考えているのね)

 

 清楚なソランジェよりも、踊り子まがいのアビゲイルに、ジスランは目を奪われていた。

 プライドの高いソランジェにとって、それは許しがたい侮辱だった。


(あんな破廉恥な姿で、ジスランさまの気を引くなんて……あばずれだわ!)


 ソランジェの怒りの矛先は、アビゲイルへ向けられる。

 憎くて憎くて、ぎりっと歯ぎしりをした。


(イブラヒム大王と懇意らしいけど、どういう繋がりなのかしら?)


 異国情緒あふれるイブラヒムの容姿は、ソランジェの好みではなかったが、未婚の令嬢たちの熱視線の的になっていた。

 文化の違いか、多くの妃たちをつれていたが――。


(そうだわ! あの女はきっと、妃候補なのよ! だから、イブラヒム大王の隣を歩いていたのね!)


 すっかりソランジェの頭から、勲章のことが抜け落ちている。

 アビゲイルが英雄だなんて、信じたくないせいだ。

 スパイの疑いが晴れたことで、アビゲイルは国外追放されなかったが、他の男のものになるなら、ソランジェにとっては都合がいい。

 

(庶民にしては、落ちぶれた大王の何番目かの妃でも、上等でしょう)


 イブラヒムが治める南方の国が、好景気に沸いているのをソランジェは知らない。

 くすり、と笑うと、ジスランの耳元へ唇を寄せた。


「ジスランさま、もうアビゲイルさんの心配は、しなくてよさそうですね」

「ああ、ミストラル帝国への出入りも自由になったし――」


 ホロウェイ王国へ帰ったとしても、また来てくれるかもしれない。

 それにジスランが訪ねて行ったっていい。

 二度と会えないわけではないのだから、否定的な考えをするのは止めよう。

 そうやってジスランがなだめた心を、ソランジェが砕いていく。


「これからは、イブラヒム大王がアビゲイルさんを護ってくれますわ。だって、どの妃よりも着飾らせていたんですもの。それって、寵愛してるってことでしょう?」

「っ……!?」

「イブラヒム大王が久しぶりにミストラル帝国のパーティへ参加されたのも、アビゲイルさんのためだと思います」


 ソランジェの言葉を、ジスランはうまく飲み込めない。

 きらびやかな南方の国の民族衣装に、つつまれていたアビゲイルを思い出す。

 ほかの妃たちが、どんな格好をしていたのかは覚えていないが、この会場にいる誰よりも、アビゲイルは光り輝いていた。

 その理由は――。

 

「寵愛……されているのか」

「数いる妃たちの先頭を、アビゲイルさんは歩いていたでしょう? あれは、正妻の立ち位置ですわ」


 どくん、とジスランの心臓が、嫌な跳ね方をした。

 アビゲイルがすでに結婚していて、さらには離婚していると聞いたときは、こうはならなかったのに。

 

(なぜか……落ち着かない)


 もやもやする気持ちを、ジスランは持て余す。

 そうしているうちに、2曲目が始まってしまった。


(断らなくては。立て続けに踊るのは、婚約者にしか許されない行為だ)


 ステップを止めようとしたが、ソランジェは強引にダンスを続ける。

 そして満面の笑みで、ジスランの知らない出来事について語りだした。


「モンテスキュー公爵と私の父との間で、ジスランさまと私の婚約話が持ち上がっていますの」

「え……!?」

「もともと私は、モンテスキュー公爵家に嫁ぐ予定でしたから、問題ありませんわよね?」

「しかし、それは公爵を継ぐのが、兄上だったからで――」

「フレデリクさまが亡くなった今、その役目はジスランさまに引き継がれました。だからこそ、父も乗り気なんです」


 家格がつりあうから、婚約は成り立つ。

 将来、モンテスキュー公爵となるならば、侯爵令嬢のソランジェにふさわしい。

 しかし、ジスランはそれを否定した。


「いや……公爵位を継ぐ権利は、次男の俺よりも先に、長男の娘のロッティにある」

「そんなはずはありませんわ。ロッティちゃんは、女の子じゃないですか」

「皇后陛下を中心として、女性も爵位を継承できる法を、制定しようとする動きがあって――」

「っ……!? でも、まだ先のことでしょう?」


 うろたえるソランジェの、足元がふらつく。

 転ぶ前に、ジスランがうまくカバーした。


「それが、そうでもない。あと数人の了承があれば、議会で可決されるそうだ」

「ロッティちゃんには、無理だわ! 庶民に育てられて、なんの教育も受けていないのに――」

「次期公爵を目指すかどうかは、ロッティが決めることだ。それ以外の人間が口を出すべきではない」


 きっぱりジスランに言い切られ、ソランジェは唇をかみしめる。

 

(ジスランさまを誘惑したところで、私はモンテスキュー公爵夫人にはなれないというの?)

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