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28話 近況と進捗

「ソランジェ嬢からの手紙だわ!」


 アビゲイルは届いた手紙をさっそく開封する。

 前回は、家庭教師からダンスを習っているロッティの、踊り方が非常に個性的だと書かれていた。

 ジスランが褒めるものだから、ロッティはそれを『ドラゴンの舞』と名付けたそうだ。


「ロッティも、頑張っているのね。私と離ればなれになって、つらくないはずがないのに……」


 ロッティのそばに、ドラゴンの服や絵本、そしてジスランがいてよかった。

 それらがロッティの心の支えになっているのは、間違いない。


「今回は、何が書かれているかしら?」


 アビゲイルは便せんをひろげた。

 美しい筆跡で、時候の挨拶がしたためられた後、ロッティの日常風景が始まる。

 

『字に興味があるようなので、ジスランさまがミストラル語を教えています。最初は家庭教師が単語の書き取りをさせたのですが、ロッティちゃんとの相性が悪くて続かず――』


 じっと座ってなにかをするというのは、ロッティに限らず幼児には苦痛だ。

 これは仕方がないとアビゲイルは思う。

 そこでジスランは、ちょっと変わった授業をしているようだ。

 

『モンテスキュー公爵家の屋敷中のありとあらゆるものに、名札がつけられました。ジスランさまが問題を出して、ロッティちゃんが字を綴ったら、二人で答え合わせのために名札を確認しに行くのです』


 まるで宝探しみたいだ。

 体を動かすことが好きなロッティだから、これなら楽しく学べるだろう。

 よく考えられていると、アビゲイルは感心した。


「バイオレット先生も、字が書いてある積み木を勧めていたし、遊びながらのほうが取り組みやすいのね」


 ぜひ港町の学校でも、採用したい手法だ。

 アビゲイルは忘れないうちにメモに書きつける。

 そして便せん一枚ほどのロッティの近況が終わると、なぜかここから、ジスランとソランジェの進捗の報告が始まるのだ。


『建国記念日を祝うパーティへ参加するにあたって、ジスランさまと色を合わせたドレスをつくることにしました。これで私たちがどのような関係なのか、多くの者が理解するでしょう』


 まどろっこしいことをする、とアビゲイルは呆れる。


「これが貴族流なの? 大々的に発表をしてしまえば、関係の周知なんて一瞬で済むのに」

 

 はっきり言わずにほのめかすなんて、商売人がやっていたらチャンスを逃してしまう。

 事業を始めてから、よりアビゲイルの思考は、効率を求めるようになっていた。

 

「それとも、気まずいのかしら? もともとソランジェ嬢は、ジスラン卿のお兄さんと婚約していたし……」


 兄弟姉妹間で、婚約者が入れかわるなど、貴族にはよくある話だ。

 政略結婚は家同士の関係が重視されるので、誰であろうと家名を背負っていれば問題ない。

 だが、個人的な感情は、別だろう。


「ソランジェ嬢の繊細な気持ちを、ジスラン卿が慮っているのかもしれないわ」


 さすがジスランは、本物の騎士道精神を持ち合わせている。

 結婚詐欺師(仮)の自称騎士とは、心のゆとりが違う。

 

「ということは、ジスラン卿とソランジェ嬢は、いずれ婚約するのね」


 前回の手紙にも、ふたりがデートを繰り返しているような匂わせがあった。

 どうしてアビゲイルに、わざわざ知らせるのだろうと訝しんでいたが――。

 

「わかったわ! 大きくなったロッティが、もしも貴族になる道を選んだら、ジスラン卿はロッティを養子として迎え入れるはず。つまり、ソランジェ嬢がロッティの義母になる。それを私に伝えたかったのね!」


 言い方が回りくどすぎる。

 やっと納得がいったアビゲイルは、大きく頷く。

 

「スパイ容疑をかけられて、ミストラル帝国から追い出された私に、ロッティの詳細を知らせてくれるだけでもありがたいのに……今後の将来についても、安心して欲しいってことよね」


 ソランジェは、アビゲイルを嫌っていたリュシーが、慕っている令嬢だった。

 だから、手紙が届いた当初は戸惑ったけれど、すっかりその誤解はとけた。

 便せんを胸に抱き、アビゲイルは感謝をささげる。


「ソランジェ嬢、なんていい人なのかしら! ジスラン卿は果報者ね!」


 ジスランとの意味深な仲を、アピールするためのソランジェの手紙は、アビゲイルにまったく効果がなかった。


 ◇◆◇◆


「ダレル、やりすぎよ! 高貴な方に、なんて格好をさせているの!」


 庶民に扮して『昼と夜』を訪ねる、と言っていたダレルは、シャノンのロイヤルらしさを消すのに、相当な困難を極めたらしい。

 肌の色を化粧で変えて、南方の国のお嬢さまとその付き人という装いでやってきたが、問題なのは南方の国の民族衣装だった。


「仕方がなかったんだよ、義姉さん! 王族の証の赤紫色の瞳を隠すには、不自然にならないようにベールをかぶらないといけなくて……」


 日差しの強い南方の国では、女性は外出時に、ベールで顔を半分ほど隠している。

 それをうまく利用したつもりなのだろうが、かえって逆効果だった。


「だからって、これじゃ人目を集めすぎでしょう!」


 シャノンのほっそりした体が、涼し気な生地に透けて見える。

 パンツスタイルのせいで、女性であるのに男性のような、どこか艶めかしい中性さもある。

 豊かな金髪と合わせて、あまりにも雅びなその容姿は、ある種の神聖なオーラを放っていた。

 警備隊の隊員たちも目をさまよわせ、オロオロしっぱなしだ。

 シャノンの護衛をしなくてはならないのに、見つめ過ぎては不敬にあたる。

 おっかなびっくり、つかず離れず――いつもの元気のよさはどこへやら、みんな挙動が不審だった。


「愚弟が本当に申し訳ありません!」

 

 アビゲイルは直角に腰を折って謝罪すると、すぐにシャノンを応接室へ案内した。

 これ以上、店舗の前で言い争いを繰り広げていたら、目立って仕方がない。

 シャノンは『昼と夜』の店内を興味深そうに見ながら、階段を上がる。

 そのすぐ後ろに、ダレルが続いた。


(自然とシャノン王女殿下を護れる位置につくなんて、本当に大切に思っているのね)


 階段を昇り降りするとき、ロッティが転んでも助けられるよう、常にアビゲイルは一段下へ身を置いている。

 まさにダレルが今いる位置が、そうだった。


 二階の応接室の扉を開くと、シャノンを大きなソファへ誘導する。

 

「どうぞ、おかけください。すぐに飲み物を持ってきますわ」

「でしたら、私は『ユーラ』がいいわ。その……瓶のまま、いただけるかしら?」


 恥ずかしそうに言うシャノンは可愛かったが、アビゲイルはぐるんとダレルへ怖い笑顔を向けた。


「どういうこと? まさかとは思うけれど……」

「シャノンは『ユーラ』が好きなんだ。小さな口で、けっこう上手に飲むん――」


 アビゲイルは容赦なく、ダレルの耳たぶを引っ張った。


「痛いって! 悪かったよ! 俺も最初は冗談で勧めたんだ……まさか瓶から飲むのを、あんなに気に入るとは思わなくて……!」

「ホロウェイ王国で最も尊い身分が王族って、知ってる?」

「知ってるよ! 婚約の許可をもらうの、大変だったよ……!」

「そんな王族のシャノン王女殿下に、庶民がやるラッパ飲みを教えるなんて――」

 

 アビゲイルから大目玉を食らおうとしていたダレルだったが、シャノンの可憐な声がそれを助けた。

 

「アビゲイルさん、どうぞ私のことは、シャノンと呼んでちょうだい。私も……お義姉さまと呼ばせてもらうわ」

「っ……!?」

「私って、兄弟ばかりでしょう? 姉妹が欲しいと、いつも思っていたのよ」

 

 女神のごときシャノンの微笑みを浴びると、警備隊の隊員でなくとも、真夏のアイスクリームみたいに溶かされそうだ。

 アビゲイルはなんとかコクリと頷き、『ユーラ』を取りにふらふら厨房へと向かう。

 

(あの麗しいロイヤルスマイルに……なんでも肯定してしまいそうになるわ!)


 案外、ダレルがシャノンを射止めたのではなく、シャノンがダレルを射止めたのかもしれない、とアビゲイルは思った。


 ◇◆◇◆


 両手でしっかり瓶を持ち、真剣な面持ちで少しずつ『ユーラ』を口中に流し込むという、非常に萌えるシャノンの姿を堪能した後、満足したダレルがなれそめを話し始めた。

 

「義姉さんに言われて、婚活を始めたんだけどさ、俺って目つきが悪いだろ? 出会いの場のはずの舞踏会で、ことごとく令嬢たちに怖がられて、ダンスの相手をしてもらえなかった。それこそまさに、連戦連敗ってやつ!」


 何度も断られるうちに、ダレルの心は摩耗していった。


「今日こそは、と思って挑んだ王城のパーティでも駄目で……。会場を抜け出し庭園を歩いていたら、そこにシャノンがいたんだ」

「あのときのダレルは背中を丸めて、すごく落ち込んでいたわね。泣いているのかと思って、声をかけずにはいられなかったわ」

 

 月光の下、美しいシャノンからハンカチを差し出された。

 完全に参っていたダレルは、自分の境遇をとうとうと語ってしまう。

 それをシャノンは黙って聞き、慰めてくれた。

 落ち着きを取り戻し、はっと我に返ったダレルは、すぐさま無礼を詫びると、真っ赤な顔のまま脱兎のごとく走り去る。

 その手の中に、シャノンのハンカチを握りしめて――。


「ハンカチのお礼をしたくて、それから王城で開催されるパーティに足しげく通ったけれど、シャノンには会えなかった。後から聞いたんだけど、当時は療養中という名目で、公の場に出ていなかったんだ」


 腫れ物に触る扱いをされているというのは、本当だったらしい。

 シャノンに会えず、しびれを切らしたダレルは、いよいよ強硬手段に出る。

 

「俺は、想いをこめて手紙を書いた。そして次の舞踏会で、俺のパートナーになって欲しいって、お願いしたんだよ」


 5年も社交界から離れていたシャノンは、年下のダレルから希われて、どう感じたのだろう。

 ハンカチの一枚くらい、紛失しても困るものではない。

 庭園でのダレルとの出会いを、なかったことにもできたのだ。

 アビゲイルがおそるおそる、シャノンの顔をうかがい見る。


「とても迷ったけれど、私も……もう一度、ダレルに会いたいと思っていたから、了承したの」


 頬をうっすら染めて、シャノンがはにかむ。

 それにダレルがでれでれと相好を崩した。

 正面にいたアビゲイルも、巻き添えを食らう。

 

(これよ、これ! シャノンさまの必殺技! その乙女の微笑、まぶしすぎます!)


 ダレルは完全に愛の虜囚になっている。

 とてもじゃないが、アビゲイルにはシャノンの真似はできない。

 もしかしてソランジェなら得意かもしれない。

 

(マライアみたいな小生意気な義妹であれば、私も義姉然としていられるんだけど)

 

 光り輝くシャノンの『お義姉さま』になる自信は、アビゲイルにはない。

 だがシャノンはすっかり、アビゲイルを『お義姉さま』と認定していた。


「……私、どうしてもキースの件で、お義姉さまに謝りたいと思っていました」

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