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22話 ドラゴンとお姫さま

「はじめまして、ろってぃだよ!」


 並んで座る皇太子と皇太子妃が、目を丸くしている。

 それもそのはず、ドラゴンになりきったロッティが、自慢のドラゴンポーズを決め、どや顔をしているからだ。

 ドレスではないため、タチアナに教わったカーテシーの出番はない。

 

「これは驚いた……モンテスキュー公爵が、謁見を先延ばそうとするはずだ」


 笑いをこらえているのか、皇太子の肩が震えている。

 

「可愛いじゃないですか。カミーユだって、話し相手ばかりではなく、本当の友だちが欲しいと思いますよ」


 隣から皇太子妃がフォローしている。

 どうやら目論見通り、ロッティは婚約者候補の枠から外れたようだ。

 ジスランはホッと胸をなでおろす。


「ジスラン、カミーユが奥庭で、ピクニックをしているはずだ。そこへロッティを、つれていってくれないか」

「かしこまりました」


 皇太子の声掛けに、恭しく礼をする。

 皇子のカミーユとも、顔合わせをするだろうとは予想していた。

 その席が格式ばったお茶会ではなく、屋外でのピクニックであったのは、無理を言った皇太子なりの配慮だ。

 

「御前を失礼します」


 ロッティを抱き上げ、ジスランが立ち去ると、皇太子がしみじみと呟いた。


「髪や瞳の色、顔立ちは似ているのに……中身はまったく違うんだな。フレデリクは小さいころから、もっと真面目で大人しかった」

「その通りですわ。ロッティの性格は、母親譲りだそうです」


 こうしてフレデリクの思い出を語る者も、今では少なくなった。

 昔を懐かしむ皇太子に、タチアナも目の奥を熱くする。

 

「フレデリクは、自分とは正反対の女性を愛したのか」


 その口調は、とがめるものではなかった。

 ミストラル帝国一の貴族といっても過言ではない、モンテスキュー公爵家を捨てたフレデリク。

 生半可な覚悟で、できることではない。


「もっと爵位の継承が柔軟であれば、フレデリクの選択肢も増えていただろう。……モンテスキュー公爵夫人、女性にも継承権を与えるように、中枢で話し合われているのを知っているか?」

「存じております。画期的な意見だと思います」

「私の母上である皇后を中心に、賛同者を集めているところだ。あいにくとまだ議会には男性が多く、重要な役職に就いている数名の支持を得られていない」


 モンテスキュー公爵も、反対派だった。

 

「頑固者たちをうなずかせるためには、女性の力が必要だ。皇后の助けとなってもらえないだろうか?」


 ロッティの付き添いに、ジスランだけでなく、タチアナも呼ばれた理由がわかった。

 皇太子はモンテスキュー公爵がいない場で、この話をしたかったのだ。

 すぐにタチアナは首を垂れる。


「私ごとき微力で、お役に立てるならば是非とも」

「善は急げですわ。ちょうど今、皇后さまのお茶会があっていますの。モンテスキュー公爵夫人、私と一緒に参加しましょう」


 皇太子妃に誘われ、タチアナが謁見の間を出ていくと、皇太子はひとりになった。

 ぼんやりと宙を見つめ、在りし日のフレデリクに話しかける。


「駆け落ちする前に、どうして相談してくれなかった。同じ長男として、大きなものを背負いながら、今まで支え合ってきた仲じゃないか」


 皇太子の瞳に、涙の膜が張る。


「さびしいよ……フレデリク。せめて、お前の遺した娘が幸せであるよう、見守ろう」


 ◇◆◇◆


「ぴくにっく! ぴくにっく!」

「お腹も空いた頃だろう?」

「ろってぃは、ちゅるちゅるが、たべたい!」

「ピクニックの定番と言えば、ローストチキンにアップルパイに――」

 

 会話も弾む二人が、奥庭に踏み入る。

 まるで森に迷い込んだような、風景が広がった。

 自然のかたちをそのままに残した樹々が、そこかしこに涼し気な木陰をつくる。


「おおきなきだね!」


 ロッティのあげた歓声に、少年が顔を上げる。

 使用人たちによって敷かれた分厚いブランケットの上に、ちょこんと礼儀正しく座っているのがカミーユだった。

 容姿は皇太子妃に似ていて、ピンク色の髪と金色の瞳、日に焼けていない白い肌をしていた。

 ジスランの腕に抱かれたロッティと視線が合うと、少しはにかんで下を向く。

 そのせいで、ロッティは盛大な勘違いをした。


「おひめさまだ!」


 あわててジスランから降りると、カミーユ目掛けて走り出す。


 ロッティがそう思ったのも、仕方がない。

 カミーユは男の子にしては髪が長く、可憐な顔立ちをしている。

 フリルのついたブラウスが、より一層、カミーユを少女らしく見せていた。


 気が利く使用人たちが、ロッティがブランケットにあがる前に、素早く靴を脱がせる。

 

「おひめさま、どらごんがたすけにきたよ! ろってぃは、すごくつよいんだよ!」


 ロッティがカミーユの目の前で、渾身のドラゴンポーズを披露すると、数名の使用人が噴き出すのをこらえきれずに変な咳をした。

 当人のカミーユは、ぽかんと口を開いている。


「ロッティ、お姫さまではないよ。カミーユ皇子殿下だ」


 ジスランが近づき、ロッティに耳打ちする。

 そしてお手本のように、カミーユへ礼をして見せた。


「カミーユ皇子殿下、お久しぶりでございます」


 すぐにロッティが真似をする。


「かみーゆおうじでんか、おひさしぶりでございます」

「ふふっ、キミと会うのは、初めてのはずだよ」


 カクカクとお辞儀をするロッティがおかしくて、カミーユが笑った。


「ボクは、カミーユ。キミのこと、なんて呼んだらいい?」

「ろってぃって、よんでいいよ!」

「ロッティ、よろしくね」


 人見知りをする性質のカミーユだったが、ドラゴン姿のロッティとは、すぐに仲良しになった。

 そして、しげしげとロッティの服を眺めては、感心している。


「とても立体的だ。ここの裁縫技術が、素晴らしいね」

「このとげとげ、いいでしょ? わるいやつを、やっつけるのに、つかうんだよ!」

「ロッティは……ドラゴンは、戦うの?」

「とらわれたおひめさまを、すくいだすためにね!」


 興がのったロッティの、ドラゴンごっこが始まった。

 ドラゴンが空を飛ぶシーンでは、黒子としてジスランが駆り出される。

 悪い奴をちぎっては投げ、ちぎっては投げるロッティの姿に、カミーユが涙を流して笑い、奥庭ではにぎやかな時間が過ぎていた。


 しかし、同じ頃――モンテスキュー公爵家では、アビゲイルの断罪劇が始まろうとしていた。


 ◇◆◇◆

 

「これが、動かぬ証拠だ。お前はヴァイツ王国のスパイで、ミストラル帝国の重鎮である儂を、探りに来たのだろう?」


 モンテスキュー公爵が、リュシーが持ってきた手紙を、テーブルの上に放り投げる。

 身に覚えのないアビゲイルは、きっぱりと否定した。


「違います」

「では、スパイではないという証拠を示せるか?」


 それは悪魔の証明だ。

 どれほど難しいか、アビゲイルにもわかる。


「私がミストラル帝国にきた経緯は、ご存じのはず。ロッティを親族に会わせようと――」


 ダン、とモンテスキュー公爵が、拳をテーブルに打ち付けた。

 その音で、アビゲイルの発言は遮られる。

 

「口先での誤魔化しは効かん! ミストラル帝国では、スパイの嫌疑がかけられた者の辿る道はふたつ。罪を認めて刑に処されるか、罪を認めず国外追放されるか、そのどちらかだ」


 はかりごとの全貌が見えてきた。

 どちらの道を選んでも、アビゲイルはロッティと引き離される。


(私から親権を買い取ろうと思ったのに、うまくいかなかった。だから、こんな強硬手段に出たんだわ)


 先ほどまで図書室で手にしていた法律の本を、もっと隅々まで読んでおくべきだった。

 モンテスキュー公爵の言っている事例が、正しいのかどうかもわからない。

 今は時間を稼ぐくらいしか、アビゲイルにやれることはなかった。

 

「犯してもいない罪を、認めるわけにはいきません」

「ならば……すぐに出て行ってもらおう」


 アビゲイルの両脇に、モンテスキュー公爵家の警備兵が立つ。

 まさか、このまま国外へ連れ出されるのか。


「待ってください! この件について、公的機関は捜査しないのですか!?」


 証拠だという手紙の吟味すら、行われていない。

 あまりにも一方的な制裁に、アビゲイルは反論した。

 だが、馬鹿にするように、モンテスキュー公爵が鼻を鳴らす。


「スパイに関してだけは、迅速に動かねばならないため、司法権が当主にある。儂の屋敷内で事を起こしたのが、運の尽きだったな」


 ホロウェイ王国行きの船に乗せろ、とモンテスキュー公爵が警備兵へ命じた。

 アビゲイルは腕をつかまれ、後ろ手に回される。

 これではまるで犯罪者の扱いだ。

 文句を言おうとしたら、モンテスキュー公爵に先んじられる。

 

「浅はかだったな。嫌疑をかけられた時点で、国内での活動は制限される。万が一、お前が本物だった場合に、被害が拡大してしまうから」


 満足そうに笑うモンテスキュー公爵の顔を、蹴り飛ばしてやりたい。


「たとえ、ミストラル帝国を追い出されても、ロッティの親権は私にあるわ!」

「今からホロウェイ王国へ強制送還されるお前に、なにができる? 二度とミストラル帝国には、立ち入れないのだぞ?」


 ぎり、とアビゲイルは奥歯を噛む。

 アビゲイルにかけられたスパイの嫌疑を、晴らさないことにはどうしようもない。

 しかし、現状のアビゲイルには、その手立てがなかった。

 抵抗むなしく警備兵に引きずられるのを、執事のハンスがにやにやと見ている。


(執事だったら、全室のスペアキーを持っている)

 

 あるはずのない手紙がトランク内に存在したのも、リュシーがアビゲイルたちの客室へ入り込んだのも、このハンスの手引きによるものだろう。

 ジスランやタチアナの不在時を狙った、狡猾なやり口だった。

 

(そうやって私に、冤罪をかぶせたのね)


 ふつふつと、腹の奥から湧いてくる怒りが、オレンジ色の瞳に火をつける。

 アビゲイルは、モンテスキュー公爵とハンスにむかって、一喝した。

 

「絶対に後悔させてやるわ! 私を敵にまわしたことを!」

「わはは! 聞いたか、ハンス! あれが負け犬の遠吠えだ!」


 腹を抱えて嘲笑するモンテスキュー公爵に、ハンスも追従する。


 こうしてアビゲイルは、屈強な警備兵に連行され、ホロウェイ王国行きの船に無理やり乗せられた。

 ロッティにお別れの挨拶もできないまま、無情にも港を出発してしまう。

 離れていく波止場を、アビゲイルは闘志を込めて睨みつける。


「目に物を見せてやるわ。モンテスキュー公爵、首を洗って待っていなさい!」

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