王都リプセット公爵家3
スカーレットへの手紙を書こうとペンを取ったものの、ジョイスはかれこれ二十分程考え込んだまま。出だしすらまともに書けないでいた。
時候の挨拶はキャロルと名乗るスカーレットにはインクの無駄遣いだと思われそうだし、簡単な挨拶で始めればそんなに親しくないと言われそうだ。そうかと言って、ファルコールでの滞在に対する礼で始めれば、本当に宿泊客と迎えた側という関係になりかねない。
それに、出だしが何とかなったところで、デズモンド・マーカムの毒牙に気を付けるよう伝えるにはどうすればいいのか。スカーレットに対しあからさまな表現を使うのは憚られる。
結局ジョイスは手紙の宛先をスカーレットからハーヴァンに変えることにした。ハーヴァンならば、ファルコール滞在中はスカーレットを守れる。ついでにあのケビンとノーマンにもデズモンド・マーカムの為人、特に女性に関しての部分をしっかり伝達することが出来る。
しかし、ジョイスにとってこの手っ取り早い方法は、最も取りたくないものだった。スカーレットに手紙を渡すという大切な機会を失いたくなかったのだ。
けれど大切なのは、スカーレットを守ること。ジョイスの恋心を守ることではない。何より、スカーレットが会ってくれるかも分からないというのに。
もとよりジョイスが隣国へ向かうのは国の為。本来、途中で私用の寄り道など言語道断。少しの時間を利用するならハーヴァンが確実だ。
「ジョイス様、旦那様の時間が出来ました」
ジョイスが諦めてハーヴァンへ手紙という名の指示書を書き始めて少しすると家令がやって来た。父と二人で話す時間の調整が出来たことを伝えに来てくれたのだ。
スカーレットに手紙を渡すのは断念するが、ジョイスには絶対に諦めてはいけないことがある。それを叶えるには、どうしても父の協力が必要なのだ。三男だから甘えていると誰かに後ろ指を指されようと、目的を達成する為なら形振など構っていられない。
家令に先導され到着した父の執務室。いつもに増して扉が重く感じられた。
「随分重要な話があるようだ、そんな顔をしている。まあ、掛けなさい」
「はい」
「茶、それとも酒がいいか?」
「茶でお願いします」
ジョイスの答えを聞き家令に視線だけで指示を出す父。そして、茶の用意が整うまでの時間を利用しジョイスに今回の道中のことを報告するように言った。
既に邸の者から、ハーヴァンがいない理由も馬が一頭、しかも元々の馬とは違うことも聞いているだろうが、当事者であるジョイスからの話も聞いておこうと思ったのだろう。
「では、ハーヴァンはファルコールにいるのだな?」
「はい」
「しかも、不思議なことに他に宿泊客がいない宿とは。悪天候でそんなことがあるのか?そして、その宿の者が動かなくなった馬と下りに強い馬とを交換してくれたと…。随分懐の深い人間に助けられたな」
邸に戻ってから、ジョイスが敢えて話さないようにした部分を、父はわざわざ明るみに出すよう質問し始めた。
父は何をどこまで知っているのか。もしかしたら何も知らない可能性もある。でも、全ての質問がこれからジョイスの話したいことへと繋がっているのも事実だった。




