王宮では12
長旅、悪天候、深夜の帰着、それらを踏まえアルフレッドはジョイスを早めに帰らせた。そしてテレンスと二人、今後の打ち合わせを続けたのだった。
「本当にスカーレットの情報はいいのか。アルだって、スカーレットの心配をしているだろう?探ると言っても、悪い意味ではない。ただ彼女の状態を知るだけだ」
「分かっているさ。でも、ジョイスが言ったように止めておこう。どうせ、その内耳に入る。キャリントン侯爵がマーカム子爵を動かしたんだから、そういうことだろう。ジョイスだってそれは百も承知。ただ、自分達が探りをいれて知るより、聞こえてきた内容を知るほうがマシだと感じたからああ言った。どうせ、情報の出所が同じなら」
「その内と、分かり次第ではタイミングが違う」
「それでも、俺にはスカーレットを探る資格などない」
「幼馴染として…」
「どこに幼馴染を探らせるヤツがいるんだ。大切な幼馴染はファルコールにいる、それだけで十分」
本当に十分と言えるのか、テレンスは疑問に思わずにはいられなかった。謝罪の手紙を送ることは、スカーレットを傷付けることに繋がりかねない。けれど、状況を確認しておくことはそれとは別だ。もしも、スカーレットが困るようなことがあれば陰ながら助けることは出来る。マーカム子爵がファルコールへ到着後ならば。
そしてアルフレッドの言った『大切な幼馴染』という言葉にも引っ掛かった。
「なあ、聞いていいか?本当にそれで十分だと思っているのか。俺には分からない。十年だぞ、アルがスカーレットと婚約していた期間は。スカーレットはアルフレッドにとってはただの幼馴染ではなく、少なくても十年は将来を見据えた関係、婚約者だった」
「そして、勝手にこうだと決めつけ、スカーレットを裏切った元婚約者だ、俺は。テレンス達も知らない思い出を二人で多く共有したというのに、どれ一つとして今や語り合うことも出来ない元婚約者。しかも、少し前まで金で全てが解決出来たと思い込んで、次の婚約へ向かっていた愚かな男だ。な、スカーレットの今を知る権利のない男なんだよ」
「…」
「愚かな男のくせに、身分だけは高くて、体調を気遣う手紙すら簡単に送れない」
テレンスはアルフレッドもまた手紙を送ろうとして、断念していたことに気付いた。内容はテレンスの謝罪に対し、アルフレッドは体調を気遣うものだったようだが。
確かに手紙にアルフレッドの封蝋印があれば、王宮の使者がファルコールのスカーレットまで確実に届ける。そして、使者は手ぶらでは帰って来ない。受領したとの一筆を認めてもらうだろう。しかし、本当に一筆な者などいるはずがない。皆、時候の挨拶に始まり体裁の良い文章を王族のアルフレッドへ書く。
元婚約者、病気療養中の侯爵令嬢、スカーレットだって例外になることはない。
それがどれだけスカーレットに負担を強いるか。
「分かるだろ、テレンス。俺の手紙はスカーレットに負担しか与えられない。気遣うどころか、心や体を更に追い込む」
謝罪、気遣い、どんなにスカーレットのことを思おうと、アルフレッドもまた何も出来ないのだとテレンスは理解した。
でも、本当にそうだろうか。
「国王陛下は何も知らないのだろうか?」
「知っていても俺には何も言わないだろう。父上はキャストール侯爵の信頼を失うようなことはしない」
そうだった、テレンスはこれから様々なことを考え、それを実行する為の根回しをしなければならない。一番、協力してもらいたいキャストール侯爵家に頼ることなく。
本人からではないが、過去に自分がしたことが降りかかって来たのだ。スカーレットの言うことは信用ならないと聞かなかったことが。
信用を失っているテレンス達の言葉をキャストール侯爵が聞いてくれることはない。
ジョイスが止めておけと言ったのは、このこともあるのかもしれない。いつかテレンス達がスカーレットの様子を探ったとキャストール侯爵に知られれば、本当に取り返しのつかないことになっただろう。




