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「ジョイス様、本当に申し訳ございませんでした。わたしのせいで」
「違う、判断を見誤った俺の責任だ。ここに滞在できなければ、おまえだってどうなっていたことか。クロンデール子爵に顔を向けられなくなるところだった」
アルフレッドからの命令は勿論内々になされたものだ。当然馬車でのんびり隣国へ向かうことは出来ない。それに、護衛を何人も引き連れて行くことも。
だからアルフレッドはジョイスを指名したのだろう。馬の扱いに慣れ、剣の腕もそれなりということで。それに、リプセット公爵家には数多くの名馬がいる。そしてその名馬を産出しているのが、ハーヴァンの実家であるクロンデール子爵家だった。
「ところで、わたしは未だ呑み込めていないことだらけなのですが…」
「それは俺もだ。まあ、ハーヴァンよりは理解しているがな」
ジョイスは昨夜意識が朦朧とするハーヴァンを抱えここにたどり着いた経緯を話した。スカーレットがした説明だけでは、ハーヴァンが気に病むと思いジョイスの視点での話をしたのだった。
しかし視点が変わろうと、ハーヴァンからしたら主へ迷惑を掛けたことには変わりない。
「本当になんとお詫びをしたらいいのか」
「詫びなど不要だ。考えようによっては、スカーレット、違うな、キャロルに会えたのだから…。ああ、そうだ、彼女はスカーレット・キャストール侯爵令嬢ではなく、このホテルで働くキャロルだ。ハーヴァンは体調が回復したらキャロルへ労働で奉仕をすること。いいか、余計なことは探るな。ただ、キャロルから依頼された仕事をすればいい」
「はい」
「それと、時間がある時には二頭の馬の世話を頼む。無理をさせてしまったからな」
「それはキャロルさんにお願いをしてでもやらせてもらいます」
「あと…、俺がキャロルの質問に答えたことだが、報告はハーヴァンの判断に任せる」
「…はい」
「さあ、ハーヴァンはもうしばらく休むといい。まだ辛いだろ」
「それが、意外と回復しているようです。キャロルさんのご用意下さった食事や薬が良かったようで。それに昨夜浸かった温泉とやらは切り傷に良いとおっしゃっていた気がします」
「そうか。起き上がれるようならば、今日の夕食は共に取ろう。ここは、全員で食事をするのだそうだ」
「恐らく、夕には更に回復していると思います」
「分かった。でも、無理はするなよ」
「はい」
ハーヴァンとの話を終えるとジョイスは外の空気を吸いに行こうと一階へ降りていった。そこで偶々キャロルに出くわしたのだった。
「ハーヴァンさんの様子は?」
「本人曰く、回復してきているそうだ」
「そう、良かった」
「あと、薬まで用意してくれてありがとう」
「どういたしまして」
感謝に対し屈託のない笑みを見せる薫に、またもやジョイスは見とれてしまった。どれだけの種類の笑みをスカーレットは持っているのだろうか。けれど、まだあの頃の笑みは見せてもらえないことが残念だ。
「そうだ、ジョイさん、嫌いな野菜はある?」
「特にはない。あの頃は嫌いな野菜だらけだったが…」
「ないって言った?」
「ああ」
ジョイスの言葉の後半は声が小さ過ぎたのだろう、薫には拾ってもらえなかった。
「良かった。今日のお昼はハーヴァンさんのことも考えて、カブのクリーム煮にしようと思っていたから。カブは煮込むと柔らかくて食べやすいの。葉や茎も入れることで、体にとても良いしね」
「ありがとう、色々気遣ってくれて」
「だって、あなたは沢山お金を使ってくれているのだもの。こちらも出来る限りを尽くさないと」
「だとしても、色々考えてくれていることには変わりない。ありがとう、キャロル」
虫のいい話だが、ジョイスはキャロルと友人としての関係を作っていきたいと思った。スカーレットとの関係を再構築するよりは、キャロルの方が上手く行くように思えたのだ。どうせジョイスもそのうち公爵家を出る、だったら侯爵令嬢のスカーレットではないほうがいい。
スカーレットという侯爵令嬢の殻を取ったキャロルは、幼い頃のスカーレットに近い気がした。ジョイスが初めて恋をした頃の。




