出会いたるは誠実なる星の貴族 前編
「我が主、エルンスター様のお屋敷にございます。」
恭しい仕草でセバスチャンが指し示したのは、石造りの重厚な壁に覆われた屋敷だった。
「一時はどうなることかと思ったが、思ったよりも普通に案内してもらえたことに俺は感動すら覚えている。
(屋敷を守る兵士さん達も視線は向けても、私達に敵意を向けない……すごい練度ですね)」
セバスチャンに引き続き馬車から降りたアンジェは、内心で感心しながらしみじみと呟いた。
「お嬢さん相手には強気なオスカーさんが、お爺さん二人に押され気味なことにはビックリしたっす。
アンジェさんも、牢屋の場所が変わるか、たくさんの兵士さんが待ち受けているかのどっちかだと思ってたんすよね。」
アンジェに引き続き馬車を降りたランスがアンジェへとニコニコと笑顔を向ける。
しかし、その手はガッツリとアンジェの服の裾を掴んでいる。
「おい……お前ら、それはどういう意味だ?
糞ジジ……ではなく、私の自慢のお祖父様がお仕えする旦那様の言いつけを破ったりは致しません。」
「うわー……オスカーが糞ジジイと言いかけた瞬間にピンポイントで殺気を飛ばすなんて芸の細かい爺さんだな。」
「主家のお嬢様相手でも、ふつうに皮肉を言うオスカーさんのお祖父様とは思えない礼儀作法っすね!」
旅の最中で見てきたオスカーの言動との違いに、アンジェとランスは別々の関心を示した。
「ばっ?!ランス!ソレはバラすなっ!あとでジーさんに拳骨され……ひぎっ?!」
「おやおや……オスカー?
あとで詳しく確認するべき事が有るようですね?」
いつの間に近寄ったのか?
オスカーの頭部を老人とは思えない握力でミシミシと締め上げる。
「お、おおお、お祖父様!
ゆびっ!指がめり込んでっっ!!
あだだだだだっっ!!アンタほんとに年寄りかよっっ!?」
頭の痛みにギャーギャー騒ぐオスカー。
どんなにオスカーが暴れても、涼しい顔をしたセバスチャンの手が決して緩むことはなかった。
「全く持って仲のいい祖父と孫だな。」
「そうっすねえ……ちょっとバイオレンスな気がしやすけど。」
「何処をどう見たらそうなるっっ!!
お前ら目玉を医者に見てもらっ、ぐあっっ!!!」
「オスカー、騎士たる者何時、如何なる状況においても冷静さを失ってはなりません。
そして、相手への礼節を失えば、エッケルハルトの阿呆のようになると思いなさい。」
「ぐっ……も、申し訳ございません、お祖父様……!」
頭を押さえるオスカーを尻目に、アンジェとランスへと微笑むセバスチャン。
「愚孫が失礼を致しました。
さあ、此方へおいで下さいませ。」
「いやいや。
心温まる素敵な祖父と孫のじゃれ合いを楽しませてもらったぜ。
(……一連のバイオレンスやオスカーとのやり取りを全く感じさせない素敵な物腰。
全く隙のない立ち振舞ですし、何とも油断ならない方ですね。)」
「……作用でございますか。
では、お客様方。
此方へお越し下さいませ。
(ふむ……稀に見る今日も強者、ですね。
エッケルハルトが旦那様の判断を待つために牢へと放り込むはずです。
恐らくは、全盛期の私やエッケルハルトでも時間を稼ぐのが精一杯の相手ですな。)」
頭を押さえて蹲るオスカーを尻目に、セバスチャンは一部の隙もない素敵な笑顔でアンジェ達を屋敷の中へと促す。
「「…………」」
アンジェも、ランスも、言葉にはしないが、初めて入った貴族の屋敷に思わずキョロキョロと視線を彷徨わせた。
「旦那様、件の方々をご案内を致しました。」
「入りなさい」
既に先触れは通っていたのか、間髪入れずに室内より落ち着いた男性の声が応えた。
一拍の後に開かれた扉の先には、三人の人物がいた。
「お初にお目に掛かる、ナサニエル・エルンスターです。
我が娘はすでにご存知でしょう。
後ろに控える者は、レイフォードと言います。
この度は我が愚娘と部下が大半失礼を致しました。
更に、娘達の命を助けて下さったこと、心より感謝を申し上げます。」
椅子より立ち上がり、アンジェを真っ直ぐに見詰めるナサニエルの眼差しは凪いでいた。
「頭を上げて下さい、エルンスター様。
牢屋の件に関しては些細な行き違いがあったのでしょう。どうか、お気になさらないで下さい。
そして、お嬢様に関しましては偶然にも己が通りすがっただけのこと。
困った時はお互い様と申しますから、運良く助ける事ができ良うございました。」
出来る限り人畜無害な優しい笑顔を意識したアンジェは淀みなく応えた。
「そして、己の方こそこの度は平和な街に騒ぎを起こして大変申し訳御座いませんでした。
また、先にエルンスター様のお名前を頂いたこと、重ねてお詫び申し上げます。
申し遅れましたが己はアンジェ、共にある者をランスと申します。
この街には見聞を広げる旅の道中、冒険者として活動するための登録を行うことを目的として立ち寄りました。
どうぞお見知り置き下さいませ。」
「「「「「………………」」」」」
一気に言い切ったアンジェの周囲が沈黙に包まれる。
「申し訳ありません。
己は何か粗相を致しましたでしょうか……?
(え?
出来うる限り丁寧に対応したつもりだったのですが………?
もしかして、対応を間違ってしまった?)」
自分の発言後に沈黙に包まれた室内に、アンジェは表情には出さずに内心で焦ってしまう。
「……アンジェさんの喋り方がいつもと違うっす……」
「アンタ……そんな喋り方も出来るのか……」
「は……?
(そっちかーいっ!!)」
恐らく周囲の気持ちを代弁しているランスとオスカーの言葉。
目を丸くしている周囲にアンジェは頬を引きつらせる。
「あのな……!
お前ら人をなんだと思ってやがる?
お貴族様を前にして丁寧な喋り方の一つや二つできるわっ!」
「あれ……?
私とは出会った時より普通に喋っていたような……?」
「ああ、普通に喋ってたな。
あの時はアンタは自分の身分を隠そうとしていたじゃないか。
それによぉ、隠すということは面倒な何かがあるってことだろう?
俺一人じゃなくて、ランスも一緒にいるのに好き好んで危険なことに首を突っ込めねえよ。」
「そういうことでしたか……私はてっきり世間知らずの愚か者に敬意など必要ないと思われたのかと……」
「お嬢様……ご自分のことを客観的に理解できる頭が育ったので……大変申し訳ございません、麗しいお嬢様。
決して短くはない危険な旅の果てに輝かんばかりに驚異の成長をなされましたお嬢様の賢さに、浅学の己が恥ずかしい限りです。」
驚愕の表情でポロッと漏れた本音に鋭い殺気がニ方向よりオスカーへと飛ぶ。
敏感に殺意を感じ取ったオスカーは素敵な笑顔に瞬時に切り替えた。
「愚息が大変失礼を致しました。
大切なお嬢様を守り切れた喜びで心が緩んでいる様子。
ポロッと本音が漏れてしまったようです。
大変申し訳ありません。
しっかりと教育をやり直します。」
オスカーの父であるレイフォードがノエルへと頭を下げる。
「オスカーを責めないでください。
全ては私の愚かさがまね……あれ?待ってください。
え?レイフォード?
今あなたもポロッと漏らしてはいけない本音を漏らしませんでしたか?」
「……………旦那様、宜しければ我が愚息、オスカーに大恩ある彼らの世話役としての任を与えては頂けぬでしょうか?」
「ふむ……本来ならば我が家で歓迎したい所だが……招かざる客を考慮すれば……礼を失することになるが……致し方あるまい。」
「あれ?え?
お父様まで私をスルーですか?
……これも我が身から出た錆というやつなのですね……」
「あー……お嬢様、貴女様の成長が有ってこその信頼の証なのではないでしょうか?
実際にお嬢様は周囲の言葉に耳を傾け、判断をなられるようになりましたから。」
「え……!
なんで私に対して、そんなにも他人行儀な言葉遣いで一線を引いちゃってるのですかっ?!
えっやだやだやだやだ!
いつものちょっぴりぶっきらぼうだけど、私のことを思って諭して下さる優しいアンジェさんとの距離感がいいです!
私への敬語も、他人行儀な対応も、断固拒否です!
地団駄踏んで本気で泣いて暴れるくらいに嫌です!!」
「いや、あの……普通に考えて貴族のお嬢様相手に今までの言葉遣いは……」
「いぃやぁでぇぇすぅぅっっ!!」
「……なんてこった……
(いや、こっちの言葉遣いの方が素に近いんですけども……)」
いぃやぁぁぁぁっっ!と父親の前だと言うのに泣いて縋り付くノエルに、アンジェは頭を抱えるのだった。




