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愛しているから、ヒニンして。  作者: 月立淳水


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4/4

愛しているから、ヒニンして。(4)


 翌日、悩みを打ち明けられたアヤノは、ハヤトも呼び出し、引きずるように『寺』へ向かった。


「分かる? 二人とも。たぶん二人とももう、元の二人じゃない」


 寺の階段を上る道すがら、アヤノが言う。


「そんなこと言わないで。真剣に悩んで、ハヤトとはもうおしまいにしようって思ったんだから」


「ああ、僕も、ユウナに本当にひどいことをした」


「してないの! してない!」


 アヤノは叫ぶように言葉を遮る。


「あなたたちは『避認』に失敗しただけ! ちゃんと処置すれば、治るから」


 ――しかしアヤノの言葉は、的を射ていなかった。


「ただ、情念のようなものが共有されて、気持ち悪い、と思う程度なら、まだ救いがあります」


 蓮花は、二人の様子を見て、そう言った。

 その手には、何かを調べるプローブのようなものが握られている。細長い金属に取っ手がついたようなもの。ケーブルは、後ろの大きな解析装置につながっている。


「パーソナリティが侵食されています。このままでは別人になってしまいます」


「どうしてそんなことに」


「愛が、強すぎたのです」


 その意味を、今度は、アヤノは、正しく理解した。

 愛――執着。

 言葉、行動、思考、感情、――相手のすべてを、自らの見識のうちに収め、愛撫し、閉じ込め、まとわりつき、引きずり落とす、ドロドロの粘つく液体。


「どうにか、ならないのですか」


 訴えるアヤノを、ユウナとハヤトは、心ここにあらずという目で見つめている。自分がおかしいとは全く思っていないし、ともすれば、アヤノと蓮花の会話が自分のこととさえ思っていないかもしれない。


えにしを、断つしかありません」


「……縁?」


「そう。愛も業も、縁より生まれます。縁は――BCOネットワークは、一度形成されると、離れても強め合います。触れ合わない人との間にもネットワークを形成し始めます。縁を通じて業が継承され、継承された業がまた縁を通じて自らを苛む。ゆえに、縁を断ち、世俗から離れ、慈悲を得るしかありません」


「慈悲……ですか」


「はい。おそらく、世間の言葉でいう愛というのは、慈悲なのです。慈……相手を楽しませること。悲……相手の苦しみを除くこと。そこに我はありません。ゆえに縁もありません。その境地に向かい、お二人には――出家、していただきます」


 息をのむアヤノ。

 だが、そんなアヤノを放って、蓮花は、ユウナとハヤトに向き合う。

 ハヤトの犯した罪、ユウナの自己否定に真摯に向き合い、言葉を交わし始める。

 執着の心は、相手を苛み、自らも苛む。

 それが、罪を生み、自己否定を生んだ。

 それは、ハヤトとユウナに対してではなく、彼らの混濁がもたらした別人格を、説法により救おうという試みだ。


 長い長い説法の果てに。


「蓮花様。よくわかりました。愛したいという気持ちさえ、私の迷い……一度、断たなければならない」


「ああ、ユウナ。僕もよく分かった。ただ愛されたいなんて、なんておこがましいことを思っていたのか……ここで二人が終わろうとも、僕は変わらなきゃならない」


 そうして、二人は、出家を、決意する。


***


 静かな処置は、二時間に及んだ。

 電磁バリカンにより丁寧に髪の毛ごとBCOが除去されていく。

 ぱさり、ぱさりと髪が落ちる。

 そこから這い出ようとする粘りとしたものが、即座に焼却されていく。

 二人の愛や業は、煙となって空に立ち上っていく。

 蓮花が小さくつぶやくように続けるお経の声だけが、静けさに吸い込まれていく。


「……ここまで。よくこらえました」


 蓮花の言葉に、ようやく顔をあげた二人は、それぞれに、微笑みを浮かべる。


「修行の日々はまた続きます。ですが、お二人はきっと乗り越えられます」


 蓮花が言うと、ユウナは、小さくうなずいた。


「はい。頭が軽くなると、心も軽くなりました。もう何も、悩むものはありません」


 ユウナの平坦な声に、アヤノは思わず口を押さえる。

 その声色は、その目線は、あまりに人間離れしている――。


 あらゆる情念を吸いあげるBCOを、ひとつ残らず駆除するということは、つまり、()()()()()()()()()()()()()()()ということなのだ。


「……ユウナさま」


 と、まっすぐに前に視線を向けたまま声をかけたのは、ハヤト。


「ユウナさまとの縁は、これで切れましたが、それは、別れを意味するものではありません」


「ええ、ハヤトさま。私はこれから、ハヤトさまを『あなた』として慈しむことができます」


「はい、ユウナさま。僕はユウナさまを『あなた』として悲しむことができます」


「この気持ちを知らなかったとは、つくづく、私たちは若かった」


「はい。僕たちは、もう愛に苦しめられません。ユウナさま、どうぞこれからも、お健やかに」


「はい、お健やかに」


 二人はすっと立ち上がると、あらかじめ指定されていた修行坊に向けて、お互いを一瞥さえせずに立ち去って行った。


「……あんまりだ。あんなに好き合ってた二人が。愛し合ってた二人が」


 アヤノは、知らずに涙をこぼしていた。


「本当に! 本当にほかのやりかたはなかったんですか、蓮花さん!」


「――やり方? もちろん、二人が他人の業まで背負って業火のごとき恋を全うする道もあったでしょう。ですが、それを慈悲とする心は、私にはありません。私もまた、愛に苦しむもの。私の知る涅槃への道を示すことでしか、人を救えないのです」


 蓮花は静かに手を合わせ、目を閉じて頭を下げた。

 まだ足元で、BCOの粘液が、煙を上げていた。



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