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第74話 見送って、包まれて

【Side サレ冒険者】



 エルミーたち――いや。

 恋人たちが……ホテルでとんでもないことを企んでいることなんて露とも知らない俺は、クリム婆の家がある岬にやってきていた。


「こんなもんでいいか、な――っと」


 その先端で作業していた俺は、手の土を払いながらその成果を見下ろす。


「不格好な墓だけど……ま、及第点かな」


 そこには、岩から切り出された四角い形の墓標が鎮座していた。綺麗な断面に、クリム婆の名前と文章が刻んである。


「『偉大なる龍神、ここに眠る』――埋まってんのは、残ってた鱗が少しだけどね」


 クリム婆の肉体は、ほとんどが魔力になって自然に還った。この豊かになりつつある近海すべてが、クリム婆の眠っている場所になるな。

 ここに墓標を立てたのは、その海を一望できるからってのも理由だ。

 なによりクリム婆を弔うなら、大事にしていた場所が一番いい。


「……クリム婆の言うとおりになったよ。エルミーと、レイナーレとも結ばれて……幸せだ、すごく」


 全身がなにかで満たされているような充実感で包まれている。

 フレイとマリアとはまだだけど、二人の気持ちもわかってる。早いうちに応えたいけど……どうなるかなぁ。


「俺はもうみんなのおかげで大丈夫だから。ゆっくり眠ってくれ」


 安心して眠らせるために、思いを口にする。

 また旅に出ても、墓参りには来るつもりだ。クリム婆の生前、いつもここに来ていたように。


「――こんなところでなにしてるのよ、アナタ」

「ん? ――よぉ、もう起きて大丈夫なのか」


 クリム婆に向けて話していたら、後ろから声を掛けられた。

 振り返った先で、クリム婆の家から姿を見せたのは……。


「アナタが斬ったくせに……平気よ。おかげさまで、ね」

「みたいだな――カリナ」


 透き通る水色のクリム婆と同じ髪色を持つ、カリナシャリオの人間態の姿だった。

 深い青のドレスを揺らして歩いてくる。その様子には、俺への敵意や殺意は見られなかった。


「真っ二つになったのに。相っ変わらず、ドラゴンの生命力ときたら反則だろ……」

「さすがに死んだかと思ったわよ。でも、まあ、治療してくれたおかげで何とかなったわ……人間の薬って、凄いのね」

「そりゃ、最上級の治癒ポーションを使いまくったからな。ドラゴンにも効いてよかったよ」


 クリム婆が逝った後、俺はなんとか息があったカリナを回収して治療し、この家に放り込んでおいたんだ。

 恩人の孫だ。できるなら殺したくなかった。


「それに……あのとき死にゆくワタシを、御婆様が()()()くれたもの」

「だな。だから一命をとりとめたんだ」


 俺がカリナを斬ったあの瞬間、クリム婆は魔法を使っていたんだ。

 カリナを斬撃が通り抜けた瞬間、傷口を()()、凍結して再生までの時間を稼いでいた。

 首の皮一枚繋がる程度の時間だったが、あれがなかったら完全に死んでいたからな。


「ワタシを殺さないギリギリの……凄まじい、魔力操作だった。御婆様がワタシに言っていたことの意味がよくわかったわ」

「扱い方どころか出力もケタ外れだろ……あの婆さん、なんて神業しやがる」

「神業ってねぇ、アナタも相応でしょう。龍を斬るなんて……龍玉も欠けてしまったせいで、せっかく集めて増やした魔力量が二割くらい無くなったわよ」


 カリナが呆れたようにため息をついた。

 ……なんだか、丸くなったな。以前だったら話すどころかブレスの一発くらいあっただろう。

 その理由はたぶん――


「はぁ……御婆様が言ってたことは本当のことばかりだったわ。ワタシが未熟だったのも、人間にも優れたところがあるのも……アナタがワタシより強かったのも」

「全部、納得するのか」

「御婆様が命を懸けて教えてくれたものだもの……理解しなければ孫じゃないわ。アナタだけを御婆様の孫にするわけにはいかないもの」

「孫だから、そうしたんじゃないのか? ま、それがわかりゃ十分だろうけどさ」


 死にかけたことで自分を見つめ返すことができたらしい。

 クリム婆がカリナに教えたかったことは全部教えられたみたいだ。

 俺も頑張った甲斐があったな。


「……それで? アナタはここでなにしてるのよ。土を触ってたようだけど?」

「クリム婆の墓を作ってたんだ」

「墓? 何かしら、それ」

「人間はこういうのに死者を葬って、故人を偲ぶんだよ」

「ふぅん」


 カリナは俺の作った墓標を覗き込んで言った。


「おかしなものね。御婆様はもうここにいないし、伝えたいことも伝えられないのに」

「だからって故人への想いが消えるってわけじゃない。なら空や海に願うよりなにかある物に願った方が――クリム婆だけに伝えられる感じがするじゃないか」


 そこに遺体が無い以上、墓の役割は半分くらい無いのだけど。

 願う、伝える対象にするだけでも、十分だろう。


「それもいいのかもしれないわね。なかなかいいじゃない、その……文化? も」

「いいものばかりさ。悪いものもあるけどな」

「そう……そういうのも、これから知っていこうかしら」


 それがいいだろうな。クリム婆が好きだったものを少しでも理解してくれるなら、俺も嬉しい。


「じゃ、俺はそろそろ帰るかな。お前どうするんだ? この家に棲み着かないなら、維持の依頼を人に出すつもりだけど」


 家と墓なんて放っておけばすぐに廃れる。

 Sランクの名前で維持・保守の依頼を出しておけば、盗難するような奴を宛行うこともないはずだ。


「しばらくはここに居るつもりだけれど……掃除なんてできないわ。やり方も知らないし」

「なら依頼しておくよ。ここを離れても、たまに顔出すくらいすればいいんじゃないか?」

「そうね。じゃあ頼むわ。――それと、その……ゥゥゥ」


 カリナは言い淀むと、躊躇うように、恥ずかしがるように唸り――


「せ、世話になったわね! ワタシを負かした奴に言うのもヘンだけど……あ、ありがとっ!」


 その氷の彫刻のような美貌を歪ませながら、指を突きつけてそう叫んできた。


「お、おう……俺はクリム婆に世話になったからさ。こういうのは、お互い様って言うんだよ」

「……そうなのね! じゃあさっさと帰んなさい!」


 カリナはぷいっ、とそっぽを向くと、そのまま家の中へ駆け込んでいった。


「……あぁ、照れくさかったんだな」


 人間に礼を言うなんて初めてだろうし。

 生意気な妹が恥ずかしがりながらお礼を言った、と考えれば可愛いものだ。


「ふふ、昔のミリアよりも数倍は可愛いもんだ」


 元婚約者のことを思い出しても、ちっとも痛まない胸に安堵しながら、俺は帰路についた。



 ・ ・ ・ ・ ・



 窓から覗く空は、暖かな橙色に染まっていた。

 ギルドへの「念を入れた」依頼も済ませた俺は、この時間になってようやくホテルに戻ってこれた。


「あっ、アベル!」


 部屋に入るとすぐに、エルミーが元気に駆け寄ってきた。


「エルミー、立てるようになったんだ。――あ、昨日はごめんな? ちょっと頑張りすぎちゃって……」

「わ、あ、あうあぅ……!」


 昨夜のことを謝ったら、顔を赤くさせてしまった。

 そんな彼女が可愛らしくて、思わず腕を回して抱き締める。


「あっえ!? あのあのあのっ! アベル……!?」

「――好きだ。好きだよエルミー」

「きゅう――――っ」


 耳に軽く口づけしながら伝えたら、エルミーの体が固まった。

 頬に当たるエルミーのツヤツヤした髪が心地よくて、強く抱き締めて頬ずりする。

 彼女が動かないのをいいことに止まらなくなっていたら――


「にゃんこかこの野郎、かわいいな……! オレにもやれよ、アベル」

「好きな相手に擦りつく猫ちゃんのアレよね……ベッドじゃ猛獣なのに、こういうとこは天然で可愛いんだから」

「それもまたギャップで、ギャンカワすぎるよアベル君……!」


 レイナーレ、フレイ、マリアがそわそわと寄ってくる。

 ――ミリアには裏切られて、人生のどん底に突き落とされた。

 けれど今は幸せだ。こうして暖かく、迎えてくれる人たちがいるから。

 ……そうだ、好きな人たちのところに〝帰ってきた〟んだから、しっかり言わないとな。

 

「――ただいま、みんな」


 俺は、自分が受け取ることの出来なかった言葉を、伝えるのだった。




第二章

  蒼き命脈は誇りを繋ぎ

       紅き血脈は(えにし)を掴む

                ―fin―



第二部・完


どうも、赤月ソラです。

サレ冒険者書籍化! 3/25発売!

ぜひお手に取っていただけると幸いです!

ここまでが書籍になるのか、レイナーレがイラストになるかも関わりますので……!


第一巻情報(KADOKAWAオフィシャルサイト)

https://www.kadokawa.co.jp/product/322510001632/

エルミーたちが可愛いので、ぜひご覧ください!

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