第73話 復讐の逆NTR記録レター 【シタ賢者 Side】
【Side シタ賢者】
「そっか……じゃあ、シエルは旅に出るんだ」
『えぇ。それが蒼天教の決定ですから』
夜。
ミリアは王都の自宅で、親友であるシエルと遠見水晶を使って互いに近況報告をしていた。
主に、シエルの近況について。
「いろんなところを回らなくちゃいけないんでしょ? その――『巡礼』だっけ?」
ミリアの浮気を見逃したことへの処遇が決まったのだ。
『えぇ。古くから高位の聖職者に罰として与えられる活動です。巡礼と言っても特定の場所を巡るわけではなく、各地で傷ついた人を癒す旅ですね』
「でもたった一人で行くんでしょ? せめて護衛でも雇ったらどうなの? ほら、冒険者とか……」
『大丈夫ですよ。一人で行くのは私が十分戦えるからですし、無理な旅路にはしませんから』
そうでなければ罰にも償いにもならない。
遠見水晶に映るシエルは、こともなげに言うが、きっと不安だろうとミリアは思った。
「ごめんね、私のせいで……」
『いいえ。これは私の罰です、貴女になにも言えなかった私への……だから、私の罪を取らないでください。ミリア、貴女は貴女の贖罪を』
ミリアのばつが悪そうな顔に気付くシエルだったが、内心はすでに見限っているので何も言わない。
『お互いに、頑張りましょう。巡礼は明日からなので、気軽に会うことはできなくなりますが……水晶でなら、こうしてお話できます』
「う、うん、ありがとね。シエルも、頑張って……」
少しだけ気まずくなって、どちらともなく口を閉ざしてしまう。
このまま切り上げる流れになった、その時だった。
『――あの、ミリア。私はそろそろ、明日からの巡礼に備えて休みますが。……ひとつ、渡すものがあるのです』
「大変だもんね。でも渡すものって?」
『それが……《四剣》の、アベル様から』
「アベルからっ!?」
シエルが紡いだまさかの名前に、ミリアは自分の遠見水晶に飛びついた。
「それって、何!? 呪いを解いてもいいよってこと!?」
『落ち着いてください。そういうことではなく……その、記録映像なのですが』
「き、記録……」
ミリアの脳裏をよぎるのは、あの日アベルに別れを告げられたときのこと。
地獄の日々の始まりを思い出して怯んでしまう。
「なら、みんなで見ないと……」
『いいえ。これはミリア個人に送られたものです。私も内容は知りません。それと「一人きりの時に見るように」とのことです』
「一人で……?」
『はい。伝言と共にどこかの教会から送られてきました。どこの教会かは、私にも……』
「そう……わかったわ。ありがとね」
『はい。通信が切れたあとにお送りしますね。……では、おやすみなさい。ミリア』
「おやすみ〜、シエル」
挨拶を最後に、遠見水晶の魔力が途切れた。
「ふぅ~、シエルには悪いことしたなぁ――あ、来た。一人で見ろって言ってたよね、このまま見ればいっか」
そう時を置かず送られてきた記録水晶の映像を、ミリアは緊張しながらも再生し始めた。
映ったのは、アベルと二人の美女が結ばれる光景だった。
「――――――――え?」
再生してから、どれほど経った頃か。
絶句していたミリアは、呆然としたまま、ようやく言葉を漏らした。
「っあ、えっ……えっ? えっ、アベル? それにこれ、エルミー……えっ、なにこれ」
理解が追いつかないミリア。
一人は知っている、エルミーだ。もう一人は知らないが、目の覚めるような美人である。
そんな女たちが、アベルと愛し合っている。
下手くそで、痛い思いしかさせてくれなかった、情けない男だと思って「童貞くん」と見下していた元恋人と結ばれていた。
「はっ……はぁ……っ! うそ……えっ、こんなにぃ……なんで――」
記録の中の女たちは何度も何度も、獰猛な獣のようなアベルに激しく牙を突き立てられ、貪られている。
聞こえる悲鳴も女として酷くはしたなく、まるで獣同士の鳴き声なのに。
けれど、どこまでも美しく、艶めかしく乱れていた。
(なに、これ……こんなの知らない……ユートとだってあんな……!)
「すっご、ぃ……!」
どくどくと心臓が加速する。
女としての歓びをあの頃より理解してしまったミリアは思ってしまった――羨ましい。
これほど気持ちよくしてもらえるなんて、羨ましい。
自分は今、イけない体にされているのに、羨ましい。
羨ましい、羨ましい、羨ましい、羨ましい、羨ましい――ッ!
不頂の呪いによって久しく性的絶頂を得られていないミリアの身体は、情欲の熱で燃え上がっていた。
「――……? 何?」
不意に、画面に変化があった。
画角が急に狭まり、ある一点へとズームしたのだ。
それはたった今、頂きを突き抜けて獣から解放され、ベッドに沈んだ赤い髪の女。
ミリアは自身を女として魅力的だと自負しているが、そんな誇りを粉々に打ち砕き、自分など霞んでしまうほどの爆裂的なプロポーションを持つ美女だ。
彼女は荒く息をして胸を上下させる中、映像越しのこちらに気付いたかのように視線を向けてくると――
「――はぁ?」
笑ったのだ。
哀れに食い散らかされ、息も絶え絶えな状態だというのに。
勝ち誇るように口角を上げ、欲望に汚された姿で美しく……嗤っている。
「この、この女……なに、見てんのよ……っ!」
もちろん、その視線の先にいる敗北者に、ミリアに勝ち誇っているのだ。
「私はこんなにもいいオスを手に入れたけど、コイツは逃したんだよな」という嘲りを込めて。
「こ……のッ……!」
ミリアは血管が破裂しそうなほど怒髪天を衝いたが……記録映像に、何ができるわけもなく。
唇を咬んで見ているうちに、獣の捕食は終わりを迎えた。
あの後ふたたびアベルに抱きつきに行った赤髪の女も、散々鳴かされたエルミーも、意識を失っている。
喰い散らかされたのだ。ミリアが捨てた男に、徹底的に。
最後に写っていたのは、アベルがそんな彼女たちに寄り添いながら眠りにつくところだった。
「なに……これ」
ミリアでは経験したことも、見たことすらないほど凄まじい求め合い。
こんなものを経験したのなら、彼女が考えていた軽すぎる妄想など上手くいくはずもない。
衝撃的すぎる光景と共に、未来に立ち込める暗雲にミリアは呆然としていた――だが。
『――おい浮気女、見ているか?』
「ッ!? この女――!?」
映像から声が聞こえてくる。
場面は切り替わり、赤髪の女が覗き込んでいるようなアングルに切り替わっていた。
『オレの愛するアベルをよくも傷つけてくれたな。だが残念、お前が裏切った男は、最っ高のオスだったぞ? ――捨ててくれて、ありがとなァ』
「なっ、なぁ……っ!? 何言ってるのよ! 私はまだ捨ててなんか――」
『自分から手放したんだ、納得するんだぞ? アベルは、そうしなければならなかったんだ……ッ』
捨てられた方は、どうすることもできず事実を受け入れるしかない。
『お前は一人で、惨めに、満たされることなく、手に入るはずだった幸せを羨みながら……渇き果てるがいい。そうでなければアベルを裏切った罪に釣り合わん』
愛するアベルのために、レイナーレもミリアに結果という凶器を突き刺す。
『オレは――オレたちは、お前を許さない――ざまぁ見ろ、クソ女』
「くぅ、なぁ……っ!」
レイナーレの鋭い眼差しと、ドスの効いた宣言に、ミリアはしばらく何も言えなかった。
……だが、ダムの決壊はすぐに訪れる。
「許さない……ッ、許さないこのブス! なによ、見てくれが良くたって性格が終わってるならブスなのよ! そうだ……っ! この映像をスラムにでも映し出してやるわ! 《賢者》なら水晶の映像を拡大投射するなんて簡単よ! せいぜい貧乏人のオカズにでも使われればいいわ! エルミーも、アベルを取るなんて生意気なのよ!」
言葉の限り、心の底から罵声が溢れ出る。
女としては勝っていると思っていたエルミーに、自分のものだった男を取られたのも業腹だが……何よりあの女だ。
プライドを徹底的に砕かれた……なら、こっちも恥をかかせてやるっ!
「あんたにも一生分の恥をかかせてや――」
『なお、この記録は一度再生したら終わり次第消える。オレたちの男の雄姿を見せてやっただけでも感謝しろ。ではな』
バツン――――ッ!!
その言葉を皮切りに、映像記録は跡形もなく消えてなくなった。
「……ぁ、え?」
呆然とするミリアが何度確認しても映像は消えており、最低な報復は不可能となった。
ミリアはなにも行動することができず……。
ただ、その日は夜を通して、記憶を頼りに満足のできない自慰を続けるミリアの声が、止むことはなかった。
【Side 厄オタ聖女】
水晶による通信を切ったシエルは、透き通るようなブロンドの髪をまとめながら寝支度をしていた。
「……まだ、反省できてないのですね。貴女のような愛の尊さすら理解できない浮気女にも、悔いる心があれば――と、思っていたのですが。残念です」
ため息と共に、反省の欠片も見えなかったミリアに対して残念に思う。
共に魔王に立ち向かった仲間としては、少しでも後悔していれば……とも思っていたのだが。
残念ながら、浮気女の辞書に反省の文字も、後悔の文字も無いようだった。
「仕方ありません。地獄を見せてから、地獄に落としましょう」
スン……と感情を消したシエルは無表情で言い切った。
今の彼女は勇者パーティーでも地位ある聖女でもなくなった、ただの《四剣》厄介ファンなのだ。
「それにしても明日から巡礼ですか……はァ、緊張して眠れませんね」
旅を前に眠れないことを憂い……なぜか、その氷のような冷たい美貌から、熱を帯びた艶めかしい息を吐いた。
巡礼。それは人々に向けた癒しの旅であり、自らの罪に向き合う過酷な贖罪である。
「――ふ、ふ」
……だがそのルート次第で、苦行でもなんでもなくなる人種がいることを、人々はまだ知らない。
「いざ、アベル様の足跡を辿る旅へ……!」
シエルは推しの旅路を辿ることにしたのだ。
これは、自分が傷つけてしまった者の旅路を辿り自分の罪に向き合う行為なのだ。
勿論人々への奉仕も手を抜かない。……だが、ついでに推しの辿った道を追うくらいはいいだろう。
仕事と趣味、両方の実益をとれる者こそ優秀なオタクなのである。
無表情のまま、シエルは期待に豊満な胸を躍らせていたのだった。
「それにしても、ミリアに送ったのはなんだったのでしょう――あら、またフレイさんから何か連絡が来ましたね。……記録?」
翌朝。
「あれ、シエル様は? 予定ではそろそろ巡礼に出発されるはずでは?」
「それが珍しいことに、なかなか起床してこられないのです」
「まあ……毎晩祈りを捧げていたものね。心から悔いていらっしゃるのでしょう――報われるといいですね」
「えぇ、本当に」
シエルの自室の惨状を知らないシスターたちは今日も平和だった。
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