第70話 乗り越えて
【Side サレ冒険者】
瞼を開くと、カーテンから漏れ出た明るい光を感じ取った。
体が重い……けれど、感じたことがないほどの満ち足りた感覚に包まれている。その気持ちよさに任せて目を閉じながら、身動ぎして――腕がとても温かいものに触れた。
すべすべしていて、肌触りがいい……ずっと触っていたくなるような感触。
それを確かめたくて目を開けた。
「…………ぁ」
「……エルミー」
――それは、目を開けた瞬間にバッチリ視線が合った、エルミーの腕だった。
シーツに包まれた身体を縮こませながら、どんどん顔を赤くしていくエルミーが口を開いた。
「その……おはよう……? えへへ……!」
エルミーは恥ずかしがりつつも、幸せそうにはにかむ。
可愛い……そしてとても愛しく思えて、俺は何も言わずに彼女の唇に、唇を重ねた。
「ん……っ、ふわぁ……!」
「――おはよ、エルミー。可愛いよ」
昨夜のこともあってか、素直に口から言葉が出る。
真っ赤になって照れるエルミーが愛しくて、もう一度……と手を伸ばしたが、薄いシーツに包まってしまった。
「――昨日のケダモノっぷりとは大違いじゃないか。こっちにはナシか?」
「えっ――んむっ!?」
後ろから声がかかった。
振り向くと、身体を預けるようにのしかかってきた赤髪の美女が唇を重ねてくる。
熱く抱きしめるように押し付ける唇に応える。少しの間互いに堪能していると、やがて満足げに離れていった。
「――ン、応えてくれるなんて、嬉しいぞ?」
「そりゃ……あんなことしたんだから、これくらいできるようになるさ」
こっちの首に腕を回したまま話すレイナーレの言葉に、今度は俺の頬が熱くなる。
「フフ、行動で示してくれるようになったな。――少しは楽になったか?」
「……うん、おかげさまで。エルミーも、ありがとう」
「ボ、ボクもアベルと一緒に慣れて、嬉しかったから……!」
「こんなにいい女が二人がかりで癒してやったんだ。もう寂しいなんて思わせないぞ? ――手を貸せ」
重力に任せてズレ落ちていった彼女に手を差し出す。
俺の指を口に含んだ吸血鬼は鋭利な牙で優しく皮膚を裂き、血を味わい始めた。
「ゥン……芳醇な魔力、蜜よりも濃厚に甘く肉よりも強い旨味……っ! ――最っ高だ……!」
彼女は恍惚とした表情でほぅ……と息をつく。まるで極上の美酒美食を口にしたときのように。
「やはり愛しい相手の血は美味い。そもそもアベルは極上の味だしな。あんな雑味が無くなれば……んふぅ――! ……うん、孤独な味はしないな」
「二人のおかげでな」
ミリアとの初体験が失敗したのは、俺にとって密かなコンプレックスだった。実際それで勇者に寝取られてしまったのかもしれないしな。
だけど、今回はレイナーレのおかげで失敗せずに済んだ。二人と結ばれたことで、重荷が外れた開放感と、これまでにない充足感が体を包んでいる。
「言っただろう? 女に傷つけられたときは、女で癒やすのが一番いいと。まぁ――」
紅い髪を垂らす彼女は、自分で噛み切った傷を舐めながら目を細めて言う。
「『お前を愛している』と頭につく女だけだがな♪」
「お、おま……!」
「昨日あれだけオレたちを鳴かせたんだ。もう自信が無いなんて思わないだろう?」
その光景を思い出して、湧き上がってきた衝動に身を任せてしまいそうな、そんなときだった。
「「ゆうべはお楽しみでしたね♪」」
「「うわぁああっ!?!?」」
扉の方からそんなお約束を投げかけられ、俺とエルミーは飛び上がった。
「な、な、な……フレイ!? マリア!?」
振り返れば、ドアを開けて部屋の中を覗き込んでいる姉妹が二人。
お揃いの紫髪を揺らして愉しそうに笑って……いや、にやついていた。
三者三様シーツに包まった裸体を晒す俺たち――俺とエルミーだけ――わたわたとシーツで体を隠す。
「ふふふ、上手くいってよかった」
「やっと結ばれたねっ!」
「えっ、まさか、知ってたの……?」
昨日のアレって、エルミーとレイナーレだけの行動じゃなくて、四人で示し合わせてたとでも……?
「ええ、だって普通なら抜け駆けなんて許さないわよ? あっくんだってわたしたちのキ、モ、チ、気付いてるでしょ?」
「……まあね、うん」
「一気に全員で押しかけちゃ失敗すると思って、昨日は二人に譲ったんだよ~。――まあ、男の人とはしたことないし、あたしたちが行っても不安だったしね……」
そうか……二人にも見えないところで世話に……って、まさか昨夜のアレとか覗かれてたりしてないよな……!?
「まあ、その、お姉ちゃんたちも期待してるわね?」
「お姉さんも楽しみっ!」
顔を赤くする姉妹がそわそわと期待のこもった眼差しを向けてくる。あぁ……そっかぁ……。
「だけど、こっちが先だけどね。――アベル君」
けれどマリアの言葉がトーンダウンすると、その表情も落ち着いていく。
二人は居住まいを正すと頭を下げた。
「あっくん。またしても、ごめんなさい」
「あたしたち、また自分たちの気持ちばっかりだったよ。アベル君が寂しがってるのに気付けなかった」
「いや、それは違うよ……!」
カーヘルでの時みたいに責任を感じている二人には、なんら悪いところはない。
誰が悪いとかはないだろうけど、しいて言うなら問題は俺だった。
「寂しがってるというか、立ち直ってなかったのは俺だって気付いてなかったんだ。せいぜい無意識で……だから、気付けなくたって仕方ないよ」
「でも……!」
「それに、みんなの好意に気付いてたのに、怖がって答えなかった俺も悪いところがあるしさ」
だから、なんとも思ってない。むしろ申し訳ないくらいだ。
みんなはこんなに優しくて、暖かく想ってくれてたのに。
「これからはさ、互いに本音を言い合おう。不満も希望もさ」
そうすればきっと……あんなことにはならないだろう。
「……わかったわ。お姉ちゃん、これからもっとあなたを理解できるように頑張るから」
「そうね。アベル君にもあたしたちのこと、たくさん知ってもらいたいしね」
姉妹と笑い合う。
エルミーとレイナーレも微笑ましく見守ってくれていた。――うち三人の、シーツに包まった格好だけが締まらないなぁ……!
「そういえば、貴方たち早く起きなさい? 朝食のビュッフェ、もう時間ないわよ?」
「それもあって呼びに来たんだよ」
「あっ、マジで?」
カーテン越しにこんな明るいってことは、もう日が出て時間が経ってるってことだ。
かなり寝坊したな……まあ、それも仕方ないくらいにはその、盛り上がったけども……。
「そうか。そんな時間か――なら、オレは朝食には行けんな」
え? レイナーレだって空腹だろうに、なんで――
「フフフ――腰が抜けて、立てん。部屋に持ってきてくれ」
「あ……ボ、ボクもお願い、します……っ!」
幸せそうに、くたっ……と脱力するレイナーレと、羞恥で震えるエルミー。
そんな二人のために、朝食は部屋に持ってきてもらうことに。
少し気まずい俺は二人を介抱して、動けるようになったことを見届けてから、ある場所に出掛けるのだった。
昨夜気になったインテリアのことは、すっかり忘れていた。
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