第62話 赤は天空に舞う 【レイナーレ Side】
【Side 両刀始祖】
弟子たちが暴れている氷海での騒がしさにも負けず、オレがいるその上空もなかなか賑やかになっていた。
主に風切り音と、それと悲鳴でな。
「だぁーもう! 痛いっての! すんげー恰好したイイ女かと思ってたのに!」
「フン、堪え性のない若造だな。アベルとは一晩この逢瀬を楽しんだというのに」
エルミーたちが暴れているのを尻目に、オレも任された火龍と戯れていたところだ。
激しい動きではじけ飛びそうなアロハシャツのボタンは心配だが、戦いは一方的だった。
「《血糸鋼線》」
龍の翼で飛ぶ火龍に向けて、紅い糸を放つ。
手首のスナップによる加速と極細のワイヤーによって生じた摩擦は、人の皮膚など容易に斬り裂く。
もっとも――。
「いててててッ! さっきから何これ!? 糸!? すっごいねぇ、そんなのでオレに傷つけるなんてさ!」
「ちっ、やはりトカゲの皮膚は無駄に硬いな」
「無駄ってことはねーかもよ? ほら、アソコは――あぶなっ!」
また五月蝿い口を開こうとしたので、顔面に向けて糸を飛ばす。
先ほどから傷をつけてはいるが、すぐに治ってしまって手ごたえが無い。
ドラゴンの面倒なところだ。
「ったく、こーいうメスは、叩いて黙らせるのが一番なんだけど、なぁ!」
声と共に、不自然な急加速で接近してくるチャラ男火龍。
「速いな……翼から炎を出しているのか?」
その勢いで、普通の翼で飛ぶより速いのか……これは避けられんな。
奴は龍翼と同じように《龍魔法》による人化の一部を解いて、手を龍の爪にして振りかぶってくる――が。
「うっそ、これでもダメなの!?」
「オレに物理攻撃は効かんと言っているだろうが」
すり抜ける。
これまでにも攻撃を何度も繰り出して来たが、《変身》による霧化でオレには当たらない。
「どうすりゃいいんだっての!」
「自分で考えろよ、愚図」
「そんなこと初めて言われたぜ~。女のコたちはみーんな、オレの顔でメロっちゃうからさぁ」
「ならその顔に切れ込みをいれてやろう。箔がつくぞ?」
傷は男の勲章だぞ? 今ならオレの糸で自慢の顔に跡をつけてやる。
「《始祖》による傷など一生モノの自慢だぞ? ……生きていればの話だがなっ!」
奴の左腕に糸を放つ。
今までのように斬らずに糸が巻き付いた腕を引っ張ってやれば、僅かに火龍が体勢を崩す。
「躾の基本はリードだな! さぁ、捕まえてやったぞ?」
「オレがつけられんの!? ま、その意見には同意だけど、さッ!」
グンッッッ!!! ――と、逆に強烈な力で引っ張られる。
龍に力で勝てないのは自明の理。
オレの身体は急速に火龍に近づいていく。
「力勝負じゃ勝てねーに決まってんでしょ! さぁてとッ捕まえて躾をしてやん――」
「勝つ必要などない、その力が欲しいんだ」
「いいっ!?」
「ハッ、喰らえ……!」
そんなこと織り込み済みに決まっているだろうに……馬鹿なのかコイツは。
引っ張られることで得た速度を乗せて繰り出すのは顔面に向かう膝蹴りだ。
「あぶねっ……!?」
「こら、避けるなよ……? ――逃がすものか」
色気すら含んだ声を微笑みながら投げかけて……避けようとする顔面に糸を絡めて引き寄せる。
「そぉら!」
「グホッ!?」
十分速度の乗った膝が、奴の鼻っ柱にめり込んだ。
「いってぇ~……! 若手の中で一番の色男になにすんだよ! 一方的に好き放題しやがって! 積極的なのはいいけど、上に乗られんのは好みじゃ――」
「《撃血巨剣》」
「ごぶあ……っ!?」
膝蹴りでバランスを崩した隙をついて、瞬時に血の大剣を作り出し、脳天に叩きつける。
バランスを崩した火龍に糸を絡めて、自前の羽で奴を中心に飛びまわる。
上下左右すらわからなくなるほど振り回しながら、ワイヤーを伸び縮みさせて連続の蹴りも食らわせてやろう。
気分はまるで蜘蛛だな! 深い意味はないがっ!
「そら、そら。男にとって美人に蹴られるのはご褒美だろう? 喜べよ色男」
「それっ、はッ! 一部のっ! オレは違うってぇ!?」
「男前にならないのが残念だなトカゲはッ!」
いくら殴ってもすぐに治ってしまうからな。他の男なら今頃、膨れ上がったイイ顔になっているのに!
まあ、傷跡が良いのは男だけでなく、傷だらけ美女というのも良いものだがなっ!
「ほぅら墜ちろ。――《破血杭槌》!」
ラスト、血で形成した血のハンマーが、回転と落下のエネルギーを乗せて火龍の腹に突き刺さった。
「グォ――――!」
空に呻き声を残して、火龍はまっすぐ凍り付いた氷海に墜ちていき――叩きつけられた。
腹筋を抜いた手応えがあったが……。
「どうだ? これでいくらかダメージになれば楽だが」
ハンマーを肩に担ぎ、一息ついた。
こうはいったものの、あまり期待はしていない。
なぜなら……奴が龍の姿にならず、人間態でいる時点で舐めプされているのはわかりきっているからだ。
「くっ、はぁ……効いたァ~……!」
案の定。奴はしっかりした足取りで、氷の穴から這い出てきた。
「すんごいね~キミ。人間の身体で遊んでるとはいえ、こんなに痛いの久々だよ」
「フン、お前らが硬いだけだ。だが遊んでいると言っても、ダメージがないわけではないだろう?」
「まっ痛いのは痛いけどさぁ……オレわかっちゃったぁ」
途端に、奴の声色が粘ついたものになる。
オレの肢体に絡みつくような視線を飛ばしながら……奴の言葉は止まらない。
「レディさ、オレをぶっ倒せる手段、ねーんだよね? それとキミ、たしか吸血鬼って種族だろー?」
「それがどうかしたか? もしそうでも、お前が泣くまで殴るのを止めないが」
「おっかねえって! いやー結構色々変わると思うよ? オレ思い出しちゃってさ」
奴はオレを見上げながら、ベラベラと喋る。
「前に可愛がったコの中にいたんだ~、吸血鬼。あれオレの血を吸おうとしてたのかな? 無理だったけど」
「……ほう。それで?」
子らの中にも、こんなのに引っかかる者がいたか。
見る目がないな。
その子らにも、調子の軽い赤トカゲにも呆れながら聞いてやる。
「オレ、人族のメスとも交尾すんの好きでさ~。だって気持ちいいじゃん? 蹂躙して、鳴かして、嬲ってさ。特に人族のコは数が多くていいんだぁ。使い潰すのに」
「……使い潰す、だと?」
「そ。さんっざん可愛がった後にさぁ~――潰すの。首とか腰とか、ペキャってさ。そんときすっげ~気持ちいーんだよね」
笑いながら何かを捻る動作をする火龍。
「……チッ、下衆が」
――この数日間で一般人がどれほど《始祖》に恐ろしいイメージを持っているのかわかったが、オレはこれでも普通なんだ。
リゾートで日光浴もするし、店屋で買い物もする、そこの店員とも雑談をする――恋愛もする。
だからこそ、唾棄すべき行為に思わず顔を顰める。毒牙にかかった子らはソイツの責任だが、聞いていて面白い話でもない。
「んでその吸血鬼のコもさ、潰そうとしたら何度でも治ンの! 聞いたら、スキル? ってので死ななかったんだって。キミもソレだろ?」
「……それがどうした」
「そのコさぁ。何度でも楽しめたんだけど飽きちゃって。最期は工夫して楽しんだんだよね~」
奴がすぅ――と息を吸い、
吐いた。
「――燃やしてさ」
その瞬間。
オレの右腕は――根元から炎に焼かれ失われていた。
「……ちっ」
「お、アタリぃ? やるぅオレ!」
ブレス。
強大な龍が誇る、奴らの奥の手。本来であれば地形すら変える、最強の一撃だ。
人間態でのブレス、本来の威力と比べて弱い方だったろうが……まるで一本の光線のように凝縮された炎が吐き出されていた。
《変身》によって出血は無いが……その熱線が巻き込んだ右腕は元に戻らない。
腐ってもドラゴンか……。
「そのコもだけどさ。燃やしたら元に戻れなくなったんだよね~。たぶん、焼けたりして身体がなくなっちゃうと戻れないんでしょ?」
オレの不死は《変身》スキルによる損傷の復元によるもの。
そこに《始祖》のジョブの不老になるスキルが重なって”不死”に見えるだけなのだ。
実際は不滅でも不死でもないために――その部位が消失などで失われれば、元には戻せない。
「ってことはさ。こうすればいいジャン?」
下衆は笑みを浮かべながら、部分的に変化した龍の爪に、炎を纏わせていく。
「これで引っ掻くたびに焼きつぶれちゃうね〜! 死んじまう前に観念しろよ~? キミは極上だ。何度でも楽しんであげるよ」
ニタニタと。
醜悪に笑って、不相応な力を持った火龍は翼をはためかせ、空に上がってきた。
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