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第52話 仲違いはときに突然に


 孫娘ドラゴン、カリナの言葉は配慮というものが無かった。

 まるで「早く死んでほしい」みたいなその内容に絶句していたが、当の本人であるクリム婆は気にする様子もない。


「お別れは寂しいですが、きっと御婆様の魔力も使いこなして見せます!」

「会いに来てくれたのは嬉しいけれど……アタシの魔力をやる気はないよ」

「なっ……なぜですか!? ワタシが小さい頃、あんなに可愛がってくれたではありませんか!」


 端から聞けばひやひやする会話だ。

 そういえば娘たちを氷漬けにしたとか言ってたし、龍種(ドラゴン)には親族間の情が薄いのかな?

 だけど彼女の憧憬は本物らしい。

 涙目になってクリム婆を見上げている……。


「アタシたち龍の成長は『龍玉(りゅうぎょく)』の成長だ。それはわかるね?」

「はい! もちろんではないですか!」

「だからこそさ。そんな急速に魔力を身につけたって、猫にエルを持たせるようなもんさ」


 クリム婆が困ったようにカリナの頭を撫でた。――クリム婆にとっても、かわいい孫なのは事実みたいだな。

 ちなみに「猫にエルを持たせる」というのは「身に過ぎたものを持たせても無駄」という意味の言葉だ。ま、猫に金なんか持たせても盗ってくるだけだしな……。


「猫……? エル……? 急に意味のわからない言葉を仰らないでください!」


 カリナが地団駄を踏んで叫ぶ。

 明らかに見下してるんだから、そりゃ人間の貨幣とか格言とか知らないよな。


「龍、玉……?」

「アンタたちは知らなかったかね。あ〜、アベル坊は見ただろう? アタシの本来の姿じゃ(ひたい)にあった結晶だよ」


 会話の中にあった言葉に疑問を思ったらしいマリアの疑問に、クリム婆が答える。

 過去、爪や牙から魔剣を形成してもらう時にクリム婆が見せた、巨大な龍の姿を思い浮かべる。


「あぁ、あれか!」


 蒼く透き通った色が全身に輝いていたが、たしか頭部に光る結晶はさらに美しく煌めいていた記憶がある。


「龍はね。誰でも一つ、龍玉を持っている。それが龍の証とも言えるね」

「ドラゴンが討伐されたとき、宝石が見つかるって何かの本で読んだけど……もしかしてそれかな?」


 エルミーが言ったのは、俺も見たことがある。

 旅の途中、ドラゴンを倒したときにそれらしい物を拾った。

 必要無かったから売りに出したが、高額で買い取られていたな。


「この世界には魔力が満ちている。龍玉はその魔力を少しずつ吸収して、際限なく大きくなっていく結晶さ」

「へぇ。龍種独自の物体としては面白いけど、それが?」

「この龍玉の魔力は、その龍の魔力になる」

「あ……まさか」

「アタシらの強さは魔力を満たすことで圧倒的な力を発揮する強靭な身体だ。それを常に使い続ける膨大な魔力のタネが龍玉なのさ」


 魔獣は生きるのに魔力が必要だ。人間の空気のようなものらしい。

 強い魔獣ほど多くの魔力が必要だし、他の魔獣を捕食することで栄養とともに取りこんでいる。

 だが、周囲の魔力を吸収して自身の魔力量を引き上げる魔獣なんて……聞いたことがない。

 まさに、龍の特権。龍種が最強である理由だ。


「フンッ、人間などに殺されるなど龍種の恥さらしです!」


 苛立たしげに鼻を鳴らしたり、かと思えばプンスカと祖母に詰め寄る。


「それより御婆様! 魔力を下さらないってどういうことですか!?」

「アタシたち龍は()()()()()じゃないんだよ。まだ若いアンタにゃ難しいかもしれないが……アタシの魔力なんかに頼らなくても強くなれる。そのうちね」

「ワタシはすぐにでも御婆様のようになりたいんです!」


 まさに、憧れに振り回される孫と頑固な祖母。

 見てくれは微笑ましいが、片方の命が亡くなるという状況だ。

 クリム婆の助けになりたいけど、こっちを歯牙にもかけていないカリナにどうしたものかと迷っていると。


「お前ら龍種は無駄に尊大なのが面倒だなぁ……あまり増えないくせに、子に教育もできないのはどうかした方がいいと思うぞ」

「うるっさいね、種族単位で放任主義のアンタに言われたかないよ!」


 呆れた様子で首を振るレイナーレに、少し気まずそうな顔で反論するクリム婆。

 赤髪の吸血鬼は大きな胸を支えるように腕を組んで言い放った。

 

「オレはいいのさ。子らとの繋がりは希薄だしな」


 子ら――ニュアンス的に、レイナーレ以外の吸血鬼のことか? 種族全体の始祖だから他の吸血鬼は子供みたいなものってか。


「それに、お前のように相手に対する言葉は控えていないからな!」


 クリム婆はバツが悪そうに呻いた。

 うん、まあ、確かに遠慮や照れもないもんな、レイナーレ……。先日からの態度に、クリム婆と同じように目を逸らした時だった。


「さっきから、御婆様を愚弄してるわね!? 引きこもりのコウモリ如きが出てきたからって調子に乗って! 割り殺すわよ!」


 レイナーレの言動に耐えかねたカリナの魔力によって、空気が震えた。

 魔法でも放ちかねない剣呑とした様子だったが……クリム婆がそれを止める。


「やめなカリナ。ソイツは昔、アタシとタメを張ってた吸血鬼の始祖だ」

「な……御婆様、この女がですか!?」

「それだけじゃあない。横にはおんなじくらいヤバい人間もいるよ。アタシが力を分けてやったアベル坊だ。大怪我したくなきゃ、おとなしくしときな」


 そのとき初めて、カリナの視線が俺という存在を見据えた。

 人間姿でも縦長の瞳に、頭から爪先の隅々まで視られている。


「御婆様が、この人間に……力を?」

「――どうも、やっと目が合ったな」


 朗らかに挨拶、しようとした。

 抑えようとしたが、言葉に剣呑さが現れた……隠そうと思ったけど、どうにも駄目だ。


「人間の間じゃSランク冒険者ってのをやってる《四剣》のアベルだ」


 俺はこの娘が理解できない。

 クリム婆を慕っているのはわかる。だけどなんで……こんなに明るいんだ? クリム婆が死ぬって言ってるんだぞ?

 ――死に別れるってのは、もっと惜しんで……もっと悲しむものだろう……。


「Sランクとか知らないけれど……御婆様を誑かしたのはオマエ? 御婆様が自分の力を渡すなんて、ワタシにもなかったのに……!」

「俺のせいじゃない。それより、そんなことの方が気になるのかよ」


 静かな苛立ちを感じ取って、エルミーたちの魔力もざわつきだす。

 レイナーレは余裕でリラックスしているけどな。万が一戦いになったところで、彼女が負けることはない。

 万が一の事態になるかもしれないのに、俺の考えを尊重してくれている。

 みんな、頼もしい限りだ。


「尊敬している祖母を心配するより、力にしか興味がないのか?」

「はぁ? ドラゴンは力がすべて。ワタシたちは強いからこそ龍であり、強くなければ龍じゃない」


 弱った祖母を認めていない……のではなかった。


「御婆様は最強だった。かつての御婆様……最強の龍神の孫娘として、ワタシは最強にならないといけないのよ!」


『龍神』。それは長く生きたとされる分類の古老龍(エルダードラゴン)の別名だ。

 今でこそ気前のいい老婆なクリムだが、その昔は南の海に覇を唱えたという伝説の龍だ。


 曰く、常夏の南部を雪と氷に閉ざした。今もたびたび流れ着く龍氷はその名残りだ。

 曰く、怒りの余波で津波を起こし、沿岸部全てを滅ぼした。

 曰く、干ばつに苦しむ国の全土に雨をもたらし多くの人々を救った。


 神に等しい力を持つと言われ、恐れと畏怖と、そして尊敬と共にそんな伝説を残している。

 カリナは、当時のクリム婆に陶酔しているようだった。


「――それしか考えてないから、クリム婆の話も聞かないのか。俺の話はよく聞いてくれるんだけどな」

「――は?」


 そのとき、カリナから沸き上がった魔力に対して、俺は反射的に右に跳んだ。

 瞬間――その場所は巨大な氷に呑み込まれていた。


「……チッ、逃げ足だけは随分と速い」

「キミの言う、羽虫なもんでね」


 とんでもない魔力量と魔力出力だ。

 後ろにいた四人も避けていたからいいものの、まともに食らったら一瞬で氷漬けだった。


「なっ、何するんだよ! このっ……」

「エルミー! ……手は出すなよ」


 エルミーが剣に手をかけたが、レイナーレに制止される。


「なにをする? 目障りだから潰してあげようと思っただけよ?」


 こともなげに言うカリナ。さっきの魔法にはなんの躊躇もなく、うっとおしい虫を叩き潰すかのように無造作に攻撃を放ってきた。

 つまり彼女にとって、俺たちにはその程度の興味関心しかないってことだ。


「そりゃ悪かったな――だけど、君の逃げ足は随分遅いみたいだ」


 だが――羽虫の中にも、突然変異のバケモンがいるということを知らないようだ。


「はァ?」


 クリム婆に話すときとは打って変わって、絶対零度の声音。

 だがその声と同時に……彼女の縦ロール、その片方が地面に落ちた。


「あんまり(のろ)かったから、ついつい斬っちゃったよ。恨まないでな、片っぽドリルちゃん?」

「……ッ! この……っ、人間風情が!」


 俺のスタンスは礼儀には相応の礼儀で返す、だ。

 今のように、な。

 彼女の髪を切った穿風剣(ブレスレイト)で肩をぽんぽんと叩く。


「種族に誇りを持つのは勝手にすればいい……だけど、婆ちゃんをもう少し労ったらどうだっての」

「下等種族に何がわかるのよ! そんなに死にたいなら、そうして――」

「なにやってんだいカリナ! アタシの客だっつってんだろう!」


 ガヅンッ――! と、派手な音が響き渡った。

 怒鳴り声と共に振り下ろされた、軽快に跳んだクリム婆の拳骨の音だ。無論、落とされたのはカリナの脳天だ。


「ひぇっ、御婆様!? で、でもこの人間が!」

「でももだってもないよ! アンタにはやめろと言っただろう!」

「お、御婆様……?」


 頭を押さえながらも拳骨を落とされたことに抗議する孫に、クリム婆は裂帛の声で説教した。


「龍の死因は何が多いか知ってるかい? 同族や他の魔獣との争いの他に、暴れすぎて人間の冒険者に討伐されることも多いのさ!」


 それは、たしかだ。

 龍種――本物のドラゴンは強い。だが過去に何頭ものドラゴンが討伐され、その素材をバラ撒かれている。

 そしてそれを成したのは大抵の場合――。


「カリナ……アンタはその齢にしちゃ強いが、まだ力不足だ。魔力量は確かに目を見張るもんだ、だけど今の――」

「なぜ、なんで……そんなに人間の味方をするのですか……」

「ん、カリナ……?」


 祖母から叱責されて下を向いていたカリナ。

 それはかすかに震えた……そして冷たい声だった。


「なぜワタシに魔力をくれないのですか、そんな人間を目にかけて……!」

「だから話しているだろう? アンタじゃまだ――」

「まさか、御婆様。……その人間に、力をお渡しになるおつもりですか?」


 

ドラゴンの強さは燃費を犠牲にした性能バカ振り。

燃費とか考えないで性能ぶち上げた車体に特大燃料タンクをつけたようなものなのです。


サレ冒険者書籍化! 3/25発売!


KADOKAWAオフィシャルサイト

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その他、一部店舗にて特典もあります。

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