1話 砂漠の出会い
荒地が広がっていた。見渡す限り地平の果てまでが暗い岩と細やかな砂に染まり、時々吹き抜ける風に飛ばされて顔を叩いた。日中に散々体を嬲り焦がした忌々しい太陽は西へと姿を消し、代わりに底冷えする寒気が脛を伝って忍び寄り、膝を震わせる。
丸山 海がこのふざけた土地で目を覚ましてから既に4夜を数えていた。なんて事はなかった下校路は気がついた頃には姿を消し、いつの間にか見渡す限りのクソ砂漠へと姿を変えていて、そこから放浪が始まった。
食事は初めから無かった。500mlの水筒には4割ほどの水があったが、ほとんど底をついた。人の営みの気配はどこを探しても見当たらない。枯れた草と死に絶えた動物の骨ばかりが時々見え隠れするだけだ。
自らの末路を暗示するようなそれから目を背けた。足を早めたかったが、そうする気力も体力も、彼にはもう残っていなかった。
やがて一つの大岩の影に倒れ込んだ。四肢の先に虚脱感が広がり、もはや一歩を踏み出すことが無限の苦痛に感じられた。頭の芯が薄ぼんやりとしてきて、まともな思考がまとまらなくなり、くだらない事ばかりが頭に浮かんできた。ベランダのサボテン、読んだ漫画の続き、母が作った濃い唐揚げ、高校の階段、夏休みの市民プール。何ら異常ない日常生活のどれもが、今や届かざる理想郷だった。
良くブラッシングしてアイロン掛けもした学ランが砂に塗れる事も、今は気にすることが出来なかった。
自身が遭遇した異常現象。一文の得も無い、理不尽極まりない、想像も絶する苦難と死を齎すだけの超常。それに対する怒りが、孤独絶望を掻き分けて沸々と心底から湧き上がってきた。
だが打つ手など無い。下校中、何の準備などない一般的男子高校生が人里一つない砂漠に放り出されて出来ることなど高が知れている。
無意味と知っていてもせざるを得なかった。靴の上から足を掻くような、石の壁に生爪を突き立てるような気持ちで彼はひび割れた舌を無理やり動かして叫んだ。
「ちくしょう!」
もちろん返事はなかった。もう一言小さく何かを呟いたつもりだったが、それは殆ど声にならず、細い吐息として砂漠を撫でる夜風にかき消された。
砂漠に背を向けて岩の方へと寝転がりうつ伏せになった。
もう随分と疲れた。久しぶりの睡眠を取ろう。出来ればこのまま目覚めなければいい。それも早ければ尚のこといい。朝日が昇る前に逝ければ最高だ。
すぐに眠りの時間は訪れた。死にはしなかったが、限りなく死に近い眠りだった。
しばらくして、何かに揺すられる感覚で丸山は目を覚ました。小さな声も聞こえる気がする。これが幻聴か。遂に、ようやくこの悪夢から解放される時が来たのだ。そうだ、もしかすれば帰れるかもしれない。多分母が起こしに来てくれたんだ。
だが声の主は母では無かった。しかし結果的に救世主であることには違いなかった。やや、起こし方に難があったが。丸山は思いっきり頭部に食らった衝撃で飛び上がった。
「いってぇ!」
「あ、ぁあっ!?ご、ごめんなさいっ、かっ肩、狙ったのに...」
少女らしいか細い声がした。丸山にとっては念願の、久しぶりの人間だった。
だが感動は無い。なんて事しやがるこのノーコンバカ、文句の一つでも言ってやらないと未練タラタラであの世にも行けやしない。そんな、さっきとは違う怒りだった。
曲者へと顔を向けたが、月光の影にちょうど隠れていて顔は見えなかった。ただ、ほっそりした、あまり頭身が高くは無さそうな少女らしいということは分かった。
「やろ、ぉっ...」
「違うんですっ、ちが...っ!助けようとしただけで...」
クソみたいな救助方法だな!そう言ってやりたかったが、声が殆ど出なかった。喉を湿らせる唾も湧かないし、2度も大声を出したせいで舌の付け根あたりの痛みがひどくなっていた。
「お、怒らないでください...っ!ととっ、とりあえず頭を冷やさなきゃ...」
誰のせいだ、と言いたいのをグッと堪えて睨みつける。しかし、すぐにその目は皿のように丸くなった。
少女が革袋を取り出すとそれに手を翳した。その左手は突如として淡い燐光を放ち、岩陰を優しく照らす。それに彼女の顔が照らし出された。
胸に掛かるくらいの水色の髪。少し垂れ下がった猫科のような金色の目。砂埃で汚れているようだったが、顔つきは鼻筋が通っている美少女だった。
コポコポと革袋から音がした。それは、丸山が何より求めている音で、彼の耳は敏くそれを聞き分けた。
「そそそのっ、とりあえず、今はここ、これで冷やして...」
「うあああ水だーっ!助かったーっ!」
「あああああボクの水筒ーっ!」




